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ゆったりのんびり思い出路線 [エッセイ]

 今年になってから一番春らしい日。空には雲一つなく気温十五度、風もありません。

数日まえからの天気予報に違わず快晴、つい嬉しくてにんまりの私です。

 義兄の一周忌法要に出かけます。「子供たちと孫だけでやるのだけど、よかったら

来てほしい」義姉からの電話で他人?は私だけと思いつつ即座に「お参りさせて」と

答えていました。

 訪ねる家は夫の実家、結婚した私たちの家が完成するまでの十日ほど、ここで父母

と四人で過ごした懐かしい家です。

 義兄がなくなる少し前、大々的にリホームしたから一度見に来てと言われながら

父母も夫もいない今更と思いつつ、そのままになっていましたがいつかは訪ねたいと

思っていました。

 ここからは各駅停車の電車で一時間半、一人旅で退屈するから特急でおいでという

義姉に私は電車の旅が大好きだから、のんびり行きますと。

 その日一輛だけのワンマンカーは、ざっくりいっぱいの乗客を乗せて出発しました。

 始発駅から窓に射すうらうらと優しい早春の陽の光の中を十分も走ると車窓には

瀬戸の海が広がります。

 青く澄んで濃く薄くたゆたう波は静かで、水平線で同じ色の空とひとつになります。
 
 遠くかすむ島影も、ぽつんと立つ赤い灯台も見ていると何故か切なくて泣きそうになり、

反対側の窓をみると、広々とした畑や田んぼ、点在する家々、かたまって咲く菜の花の

黄色が。川岸に咲く緋寒桜だろうかその紅色の美しいこと。

 私は目を閉じました。夫の住む町と私の住む街を結ぶこの路線には、二人だけの青春が

いっぱい詰まっているのです。

 一か月に一度会えない時もありました。駅での別れの寂しさは今思い出しても切ない。

 電車に揺られながら若かった頃に帰ってほんわかしている自分に気が付いて苦笑い。

 そうこの距離が昔は二時間半もかかったことも思い出してしまいました。

 実家では義姉や姪たち一家に歓迎してもらって、血のつながりがないのは私だけ状態

にも拘わらず楽しいひと時をすごしました。

 さすがに農家の広い家のリホームは、間取りは畳の部屋はひとつ残して、後はすべて

フローリング、今は必要ない車いすがゆうに通れる仕様です。

 外観は玄関の引き戸も今風で焼杉と瓦屋根が不思議な感じでマッチしていい感じです。

 二階の夫の部屋もすっきりした洋間になっていました。

昔「僕の部屋」だと初めて案内された畳の部屋の隅っこにおいた小さな文机と、壁際に

おいた大きな本棚に、難しい本がびっしり詰まっているを見てびっくりしたこと突然思い

出しました。

 私は小説ばかり読んでいたから、心配になったのでしょう。

 この家を夫に見せたいと思いました。彼はきっと喜んでいるでしょう。

義兄ももっと長くここに住みたかっただろうと思うと、切ない気持になりました。

 帰りの電車はゆったりのんびりと、何も考えずに今日はいい一日を頂いたと、感謝の

気持を胸に、夕影の色増した穏やかな瀬戸の海をぼんやりみていました。






 




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面影草  15 [短編]

彼と私のそれぞれの生活が始まった。理由もなく単身赴任してもらっていると
いう後ろめたさはいつしか消えて、私は一人を満喫していた。
 私の母が近くで一人暮らしをしていて、毎日のように様子を見にいっている
ことが私のなかでは少し心の負担を軽くしてくれていたのかもしれない。
 こういった生活について、彼も特に不満を口にはしなかったし、私も訪ねた
時の彼の仕事ぶりに安心していた。
 休暇が取れると二人でよく旅をした。私の母も連れ出して車で、列車でそして
飛行機で。
子供たちも東京に居を構えたので春や秋に誰からともなく話が出て、家族揃って
旅に出たこともあった。
 その合間を縫って私は古い友達と海外にも出かけた。
彼は外国は嫌だと笑って、一人で出かける私をのために空港までの送り迎えを
してくれた。
 私は結局彼が退職するまで彼と一緒に暮らすことはなかった。
二人ともその距離感の心地良さに慣れてしまっていたのかもしれない。
 
 彼は定年まで働いたら即リタイアして、のんびりと余生を送りたいといつも
言っていた。
少し早めに退職すれば後四年か五年関連事業に就職する道を殆どの同僚は選んだ。
 彼は言葉通りきっぱりと職を辞して嬉々として五年振りの我が家に帰って来た。
 本当にお疲れ様でした。家族のために頑張ってくれた、健康だったし離れていても
私たちに何ひとつ心配をかけることもなく、私は感謝の気持でいっぱいだった。
 二階の自室に運び込んだ荷物の多かったこと。彼が欲しがっていたものすべて
揃っていた。多趣味の彼がこれからここで過ごす日々には充分過ぎるほど。
 私は二人で頑張ったあの若かった日々、励ましあって切り開いて来た我が家の
歴史を胸が痛くなるような感動とともに思い起こしていた。
 彼は感傷に浸る間もなく乞われて町内会長を引き受け、あっという間に「浦島」
状態から抜け出て、いろいろな行事もこなして生き生きと毎日張り切っていた。
 私は何だか遅れてきた新婚気分で、今までの罪滅ぼしとばかりに頑張った。
 彼は自分流を貫き庭の手入れ、日曜大工、家の中の不具合は何でも修理できた。
趣味の切り絵も年に一回の東京上野での展覧会には大作を出品した。上京すると
一週間くらいは滞在して子供たちと温泉へ行ったり「命の洗濯」を忘れなかった。
 ハーモニカも教室の仲間と発表会に出たり、お年寄りを慰問したり楽しそうに。
若い頃から好きだったクラシック音楽や、演歌も好き、歌えば結構上手だった。
 版画、スケッチ、篆刻、まあなんて多趣味、私はただあきれ返ってみていた。
 穏やかな日々が静かに流れて、彼が夢に描いていた余生は永遠に続くものだと
私は信じていた。


 

 


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面影草  14 [短編]

  楽しく充実している年月はみるみる過ぎていくものなのだ。
 
 彼がまた転勤になった。今回は職場の責任者ということになり、家を離れる
寂しさよりも、彼が張り切っている様子が垣間見えて私は少し不満だった。
 この時これから後、七年間の単身赴任が続くことになろうとは思っても
みなかった。

 今度は瀬戸大橋を渡って岡山県の星の美しい町だ。車で三時間はかかる。
着任の時は私も一緒に行った。かなり高い山の上に忽然と現れた施設は立派で
広々として自然が大好きな彼はすぐ気にいるだろうと思えた。
「いいなあ。ここならちょっと歩けば野草や山菜が沢山ありそうだ。」
案の定彼はきらきらした目で私を見た。
 私はごめんだ、遊びに来るのなら楽しいだろうが住みたくはない。
宿舎も素敵でマンションのよう、一人で住むのは勿体ないくらいだ。
 彼が生活に必要な諸々のことを二人で準備したり、車で十五分町に出れば
何でもあって不自由なく生活出来そうなので私は少し安心して家に戻った。

 一日の仕事を終えて誰もいない家に帰るとやっぱり一人は寂しい。彼も同じ
思いだろう。新しい職場で張り切っていても家に帰れば「お疲れ様」の一言が
欲しいのではないだろうか。それとも案外うるさい私がいないのをいいことに
羽を伸ばしているだろうか。
 生活のために、子供たちの学費のために働いていた時は考えてもみなかった
ことを考えたりする。私に少し余裕ができたからか、それとも年のせいか
仕事が嫌になった訳でもない。

 私も二十年余働いた。老境に入りつつある二人が離れ住んでまで働くべきか。
仕事を辞めて彼のところへ行こうか。
 社長からは辞める時は半年前に言ってくれ、と冗談まじりに言われていた。
総務会計も一人で引き受けて二十年、本当に居心地よく働いた会社だ。
辞めたいなど思ったこと一度もなかったのに私は決意した。
 突然の話に驚きつつも、彼や子供たちは「お疲れ様。これからは自分の
好きなようにしたらいいよ」と賛成してくれた。

 半年後の早春、職場のみなさんの暖かい拍手に送られて大きな花束を胸に
私は二十年余通い続けた会社を後にした。
 
 本当の自由を得て胸いっぱいに吸い込んだ空気、やりたいことやるぞ!
その気持ちも一か月経つと後悔に変わった。いろいろな手続きが終ると
何もすることがない。仕事がしたい、ああ会社辞めなければよかった。
 すぐにも彼の処へ行くはずだったのに、それもせずに悶々としていて私は
見つけてしまった。
 カルチャースクール。あったあったやりたいこと。
「時々様子見に行ったのでいい」私はここに居座り「亭主元気で留守がいい」
生活を満喫することになった。
 月二回ほど帰って来る彼と、彼が向うへ行く時車で一緒に行ってしばらく
滞在して主婦らしいことをやってお茶を濁していた私。
 ずいぶん我儘だったけれど老境の入り口で、呑気な私の青春がそこにあった
ことは紛れもなかった。
 

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しのびよる春の気配 [エッセイ]

 昨夜当地には珍しい雪ダルママークの天気予報を見ながら洗濯をするか

止めるか迷っていました。でもその後も同じ日が続くというので、よしと

そのうち乾くでしょうと。

 今朝目が覚めた時肩口が寒いと感じました。こんなことはこの冬初めて

のことです。

 空は鉛色の雲が垂れ込めて、風もかなり吹いていそうです。

 いつもは朝日がさんさんと降りそそぐベランダは、冷たくてしっかりと

着こんだ私をあざ笑うように、風が東からまともに体当たりしてきます。

 ああ洗濯止めたらよかった、たった一人のちょっぴりの洗濯もの、なんで

こんな寒い日にするんかい。自分に言いながらそれでも干し終わりました。

 ところが雲の隙間から陽の光がさーとさして辺りが明るくなりました。

ええ嘘でしょう。と思いつつにんまり。心なしか風も弱まった感じです。

 私はほっとして何気なく下の庭をのぞき込みました。

そして目に飛び込んできたのは数輪の白梅の花です。気高く凛として。

 数日前はつぼみも固いと思いながらみたのに。この梅の花は小さくて

気をつけていないといつの間に咲いてしまったの?と思う年もありました。

 急いで庭におりてみました。水仙はの花はまだまだ元気です。さくらんぼ

のつぼみは固くて少しがっかり。でも見つけました。いつもの垣根の下に

ひっそりと薄紫の寒あやめが一輪。

 寒い寒いと庭をみる余裕もなく縮こまっている私を励ますように。

つい昨日も訪ねてきた友が、椿咲いているよと教えてくれました。

 夫の大好きな椿が花開いたのに、そそくさと出入りする私は、大切なその

花にも気がつかなかったのです。

 自分のいい加減さに呆れてしまいました。

 こんな私なのに自然はなんて素晴らしいのでしょう。どんなに寒くても

ちゃんと時期がくると自分の本分を全うするのです。

 日差しはどんどん広がり青空さえ見えてきました。本当に雪がふるの?

暖かいこたつに潜り込んで、私の心も体もほんわかしています。


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面影草  13 [短編]

六年ぶりの転勤で彼は我が家に帰ってきた。
充実していたこのところの私の一人暮らし。まわりの人たちの声は
「大変になるよ。勝手気ままにやってきたことが癖になっているからね。」
私はそんな声を聞きながら、なんだか浮き浮きしいいる自分の気持を
大切にしたいと思っていた。

 ところが職場の決まりで管理職は自宅があっても、一応施設にある
宿舎に入らなくてはならないとのこと、結局市内別居ということに
なってしまった。
 彼は少しがっかりしたようで、知らなかったなあとつぶやいていた。   
ほほほ、やったね望むところだ。神様は私の味方私の自由は確保された。
 こうして彼は立派な3LDKにひとまず落ち着いた。
肝心の食生活も施設の食堂を利用すればいい。
 私は彼の世話など何ひとつすることもなく、いざという時には電話
一本で駆けつけてくれるほどの近く彼がいてくれるのが嬉しかった。
 本当は自分が楽することばかり考えていた私だったのだ。
 彼は休みになると帰ってきて庭の手入れに余念がなかった。
見捨てられていた木や花たちはみるみる元気を取り戻し、そんな庭を
見ている彼の眼は、優しくて幸せそうで、そんな様子の彼を見る私も
ずっと忘れていた心のゆるやかさのような、安堵感に充たされていた。
 彼が忙しいときには私が行って、ご馳走を作ったり、掃除や洗濯
するのも楽しかった。
 ふとあの赤い屋根の小さな家で過ごした若い日々を思い出したりした。
 
 そして計画されていた彼の施設の二年をかける改築工事が始まった。
すっかり忙しくなった彼はほとんど自宅へ帰れなくなり、私が彼の処から
職場に行くこともしばしばあり、私もそうのんびりとはいかなくなった。
 東京で働いている子供たちとも、新年や夏休み帰省した時に会う
くらいで、それでも充実していた頃て゜はなかったろうか。

 二年後施設は立派に出来上がり、盛大な行事が次々に行われ職員たちも
晴れ晴れと元気に笑顔で営業を再開することができた。
 彼も忙しかったけれど、大きな仕事をやり遂げたという満足感があった
だろうと私は内心彼に尊敬の念とともに、羨ましさも感じていた。

 そして人事異動がありやっと彼が我が家に帰ってきた。
この頃、仕事にも少し余裕ができたという彼を誘って休みによく出かけた。
 もともと旅好きだったから、相談はすぐにまとまっていつでも飛びだせた。
 「結婚以来初めてだね。お金のこと考えずに思ったことが出来るのは」
 思えば三十年近い厳しい月日を二人で歩いて来たのだ。
その間少なくとも私は大きな不安や不満をもったことはなかった気がする。
 今横にいる彼はすっかりおじさんになって鬢のあたりに白いものも見える。
私だって友人の中でどちらかといえば一番汚くなった。
 遠くに見える山、少し走れば穏やかな海の青い色。大好きなこの街で
自分の仕事があり、家族が健康で、こんなに素晴らしいことがあるだろうか。
 私は今この時を大切にしたいと心から思った。
  
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ぶらりと街に出てみたら

 早いもので一月ももう終わりです。

初旬の穏やかさとは打って変わり厳しい寒さに襲われた後半でした。

 留守の間の諸々がやっと終わり、少し疲れたけれど日常の生活に戻り

炬燵でふとジパング倶楽部の手続きがまだだったことを思い出しました。

 
 曇ってはいるけれど今日は少し暖かい。よーし行ってこよう。

バイクで走れば十分でJRまで行ける。でも今日は久し振りにバスにしょう。

 バスはぐずぐず走るので十七、八分はかかる。信号の加減では二十分か。


 手続きはすぐに終わったけど、その辺りにある大きなショッピングビルに

寄り道する気など毛頭ない私です。


 バスを待つ数分の間、私は駅前開発計画の大きな看板を見ていました。

今の県都とは思えぬ貧弱な駅舎の建て替えや、私鉄の電車の延伸など夢の

ような未来図が薄緑を基調にしたイラストで描かれています。

 この看板が掲げられたころ、嬉しくて熱心に見ていた私です。でも最後の

完成予定の年月日をみて「ふぇー私には関係ないわ。」
 
 工事期間  平成二十年~平成三十二年 


 それからこの看板に目をやることもなく月日が過ぎたのです。

 今日久し振りに、しげしげとこの看板を見て「えっ」びっくりポン。

 あれほど先のことだと思っていたのに後三年だよ。

 辺りの様子は何ひとつ変わってないのに何処で゛とんな工事をしているのかしら。

 「絵に描いた餅」

 駅前は地下街になるとあるから、見えないところで工事しているのかなあ。

 少し膨らむ夢。


 でも私は今生きているのです。夫に放って行かれて、側に行くことばかりを

考えていた頃、そうこの看板を初めて見たのはそんな時だったのです。


 もしかしたら、私完成した素晴らしいこの絵のような街並みを見ることが

できるかも知れません。

 うへへへ心の中で笑いました。そして私随分厚かましくなったよね....とつい夫に。

 バスに乗っても何となく浮き浮きしている自分にあきれ顔の本当の私がいます。


 そのバスの後ろの席でさっきから声高に話している女の人、

「ねえ、そこのけそこのけ蛙の子だったかね。あれ俳句かなあ。誰の句だった?」

 私は後ろを見たい衝動に駆られながら、何だかほんわかした気持でバスに揺られて

いました。

 そしてバスもいいなあ。世の中こんなに平和で穏やかなのだから、今年は子供たちに

心配かけながら、バイクでバタバタするのは止めようと思いました。

 「ただ今~」ご挨拶はつい、いつもより大きい声になりました。

 庭の水仙の花すっきりと、寄り添って咲いています。



 
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面影草  12 [短編]

 巡る季節をゆっくりと感じる暇もなく、私たち一家に時は流れた。
その間、皆が健康で仲良しで明るくて、それぞれが自分の道を思い通りに進む
ことが出来た。
ただ肝心の家計だけは想定内とはいえ、転職による厳しさが続いた。
それでも彼も私も頑張って子供たちの小学生時代はなんとか切り抜けた。

 娘が中学生になった時、私は家族の賛成を得てフルタイムの仕事に着いた。
 運よく昔の職場の子会社に入れた。私の仕事は最初から事務は全部引き
受けるというもの。でも昔の仲間が同じビルにいて、大らかな役所関係の下請
会社で、五時にはきちっと帰れるのが何よりだった。
 夜は食事が終わると、少しの間は皆でテレビをみたりその日の出来ごとなど
話合うがすぐにそれぞれが自分の部屋に入ってしまう。
 彼までが自分のやりたいことに熱中してしまうので、私はひとりリビングで
テレビをみることが多かった。

 この頃のことを思い出しては成人した子供たちに私は良く聞いた。
私の作る毎日の食事のこと、中学から持たせたお弁当のこと、彼にもお弁当を
作っていたかなあ。などと。
 彼と息子は気のない返事だが、娘は
「ご飯もお弁当も美味しかったよ。他の人のを羨ましいと思ったことなどなかったよ」
と優しい。
 そうかなあ。と忙しくしていたあの頃のことを懐かしく思い出す私なのだ。
 息子は私立中学へ、娘は国立の中学に進んだので、友だちは立派なお弁当では
なかったのかと、後になって気にかかったりしたのかもしれない。

 息子が大学進学のため東京に出た、その年彼が初めて単身赴任で家を出た。
 わが家は女二人、寂しかったけれど彼は赴任地の隣県から毎週のように帰って
来てくれた。

 三年後娘が大学進学で大阪に出て、とうとう私は一人でわが家を守ることになった。
 庭の木々や花たちもすっかり大きくなって、この家は愛しい自分たちの家になった。
私は家族のキーステーションのここで、随分頑張った気がする。

 そしてとうとう私も念願叶ってこの年、地元の国立大学夜間主コース文学科に入学
することが出来た。
 同級生に遅れること二十八年、念願し続けた大学だった。私たちの世代は高校進学
さえ女子はクラスで数人の時代、その当時弟三人が続くわが家の経済を考えると、
大学へ行きたいとは言い出せなかった。
 でも私は飽きらめてはいなかった。

 働く青年に門戸を、と各地の国立大学で夜間主コースが誕生し始めたからだ。
当地でも法学科、経済学科と開設されたが、私は焦る気持ちを抑えた。数年先に
文学科が開設されると聞いいてた。私は少しづつ勉強を始めていた。
 そしてわが家にたった一人になった時、偶然にも最高のタイミング、誰に遠慮もなく
昼は職場、夜は学校と最高の私の時代が来たと張り切った。
 受験したいと彼に相談した時、かれは即座に賛成してくれた。嬉しかった。
 その夏に彼は遠く筑後に転勤となり、わが家族はそれぞれ九州四国、東京、大阪と
別れ住むことになったのだ。
 当然のように家計は火の車、彼も私も力の限り頑張ったけれど、子供たちも最低の
仕送りに文句をいわず、アルバイトをしながら頑張ってくれたようだ。

 私の人生でこの四年間ほど充実した時はなかった。本当に楽しかった。
一番犠牲になったのは彼だと思う。ひとりで放っておかれたのだから。私が本当に
感謝していたことで許して欲しいと、心では思っていた。
彼は毎晩私が家に帰る九時半頃には必ず電話をしてくれた。「元気、今夜のご飯は何」
私は毎晩のように卵焼き、彼は料理が好きでこれが一番経済的と、よく鯛のアラ炊きを
作っていたみたいで、「電話線に括りつけて上げようか」と言ってくれた。
 私はポロポロ涙がこぼれるのを拭いながら「そんなもんいりません」と憎まれ口をきいた。
 兎に角激動の四年間があっという間に過ぎて、皆が社会人になりそれぞれの場所で
仕事に着いた。そして彼は六年振りに懐かしいわが家に帰り、約三十年振りの二人の
生活が始まった。

 

 
 

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雪がちらちら寒い日曜日 [日記]

 二十二日目にわが家に帰り、色々やるべきことをしてやっと落ち付きました。

遅ればせながらやっぱり年賀状を読むのは楽しいものです。

皆さんの変わらぬ様子に安心しつつ、正月気分にもどります。

 東京での三週間は締めくくりの別所温泉の雪景色の素晴らしさが象徴的

で満足なものでした。

 今年も頑張ろうと元気が出て来ました。気がかりな病気の友もいますが、

出来るだけ見舞って早く元気になりますように念じています。

 留守を頼んでいた弟夫婦も教は早速来てくれてスーバーで買い物もして

来ました。二人ともまだ週三日ほどは仕事をしていて生き甲斐だといいます。

 私もぼつぼつブログなど綴りつつ楽しい日々を過ごせたらいいなあと。

 帰った日にお墓にお参りして、東京での子供たちの様子や親友のことなど

報告を済ませました。

 久し振りの一人の家の中は少し寂しいけれどこれは仕方なし。

 雪の中の県別女子駅伝みてスポーツ好きの私の日常に戻りつつあります。

 少し薄日が差してきました。明日は晴れるのでしょう。
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穏やかな新年 心も優しく

 元日から続く晴天につい浮き浮きとしてしまいます。

何をするでもなく、ただ静かに過ぎていく日々もいいなあと。

東京滞在もあと少し。六十年来の親友とはもう三回もデートしたし

 元日は初めて娘夫婦も一緒にお雑煮を食べてにこにこの私。

今までみんなが仕事の都合もあってなかなか揃いませんでした。

後は温泉行を終えたら、東京でののんびりお正月も終了です。

今年の温泉は「真田丸」で盛り上がった様子の別所温泉

大雪の場合を考えて新幹線にしました。

 私はだいぶ前に夫と行ったことがあるので一入懐かしい気がします。

ひなびた静かな町のたたづまぃを思い出しています。

上田からの電車が風情があって、夫は子供のように喜んでいました。

 さて三週間も留守にする我が家はどうかしら。

毎年のことなのにやっぱり気になります。里心でしょうか。

 ああそうだ。誕生日が来る....今年はなんだか複雑な心境!! 
 
 私もう少し頑張って、トランプさんの政治手腕とやらを見届ける

ことにしましょうか。

 もうちょっとだけ待っていて欲しいのだけどいいですか。

 夫の苦笑い私には見えるのですが。
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年の瀬、今年も東京で越年です [日記]


 少し早いけれど色々あって東京へやってきました。

東京で年の瀬を過ごし、新しい年を子供たちと迎えるのも十回目となりました。

 私が一人で過ごしてきた年月の流れの早さと、重ねた年を思うとぞっとします。

あちらで彼はどんな気持ちでいるのだろうと、時々考えます。

 「もうそろそろいらっしゃいませんか。待ちくたびれましたがな。」

と言っているのではと思ったり、

 「もう少し子供たちの近くにいたらどう。まだ世話をかける訳でもないのだから」

と思っているのではと自分の都合のいいように解釈したりで大笑いです。

 今年はそこそこ元気でいられたし、体力も気力もまあまあだったから、もう少し

頑張ってみましょうか。と

 住みなれた?十二階のベランダから抜けるような空色の空に美しい富士山

輝いて見えます。

 後一週間で今年も終わります。忙しい年の瀬、暖かい日が続きますように。
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