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わが家ばんざい!! [日記]

懐かしい我が家へ帰って五日目になります。

 曇り空の羽田発、雷雲を突き切ってガタガタ揺れる飛行機はあっという間に陽の光が
まぶしい青空のてっぺんに。
 離陸して十五分飛行機に雷が落ちるというおまけまでついて。
ピカッと光ってドンと音はしました。本を読んでいた私は光は猛烈に感じたけれど
音はたいしたことなくて、飛行機も揺れもせず十分後機長の説明がなければ乗客は
誰も気がつかなかったと思います。
 とにかく快晴のわが街に就きました。

 出かけるとき見事に咲いていたつつじの花が、枯れはてた花をその木の上に落とし
無残な姿を晒していました。
庭の木々は若緑に光り、ついでに雑草も自由自在に伸びてわが世の春を。
 あれもこれもしなければならない仕事が次々に頭を駆け巡ります。
最低限度のことだけして、それでも本当に疲れました。
 これが齢を重ねるというのでしょう。
 東京ではのんびり今回は子供たち九連休でも温泉にも出かけなかったのに。
 
 「帰りました」と仲良しさんにご挨拶すると
「あらちょうどよかったタケノコとぶん豆たっぷりのちらし寿司今できたところ」
早速沢山頂いて今夜のご飯作らなくていいや!と嬉しい私。
 電話で「ただ今」と留守電いれたらにこにこと飛んで来た友は、お裾分けと
真っ赤な大きなトマトを差し出しました。
「貴女がここにいないと思うと寂しくて。ああよかった」社交辞令でも嬉しい。

 この頃時々、年のこと考えてちらっと東京の子供たちの顔が浮かぶ時もあったけど
ああやっぱりここがいい。と改めて思ってしまうのです。

 お花を飾って「ただ今、子供たち元気だったよ。貴方が一緒ならどんなにいいか。」
いつもと同じセリフを言ってお線香炊いて夜はゆっくり少し長めのお祈り。

 三日間、歯科 草引き、電話報告、お墓詣り、その間に大谷君にも目が話せない。
ああ疲れました。
 
 今日も歯科。今週お出かけ予定三日。倒れるくらいしんどいのに、リポビタン三口で
元気を出すのです。
 昨日の雨がうそのように快晴の昼下がりです。
 なんだか頑張れそうな気がしてきました。いい季節なのだから。

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春子さんの茶の間 その2 [短編]

「きれいに咲いたねえ」「豪華だと言ってもいいくらい」「だってもう植えてから
四十年にもなるらしいよ」
 二階に行こうと階段を上がりか時、話声が聞こえた。
 春子さんはにんまり、玄関先のつつじの花に見入っている三人の顔が浮かんだ。
五月晴れの素敵な昼下がり、今出ていったら長くなるだろうと思いつつ、ドアを開けた。
「あら春子さんお出かけでなかったの」三人がにこにこしている。
「はい今日はお出かけの予定はありません」春子さんも少しおどけて応える。

 話題のつつじは直径半間はある大きさで、こんもりと傘を広げたようにブロック塀の
うえまで盛り上がって濃いピンク色の花がびっしり。
 春子さんも玄関の出入りについ立ち止まって見入ってしまうほど見事に美しいのだ。
南の道路に面していないのが残念なほど。
 春子さんの家は団地の東南のかどにあるので、東の玄関まで来ないと気づきにくい。
それでも気が就いた人がわざわざ見に来て、いろんな褒め言葉でこのつつじを愛でている
のを窓のそばで聞きながら、内心自慢たっぷり、嬉しくてたまらない春子さんである。

 このつつじは結婚した時、春夫さんの実家から小さな苗木を持ってきて二人で植えた
記念樹なのだ。
 なかなか大きくならなくて、花も咲かず毎年期待しすぎたからかなあ、などと話して
いた。長い年月にいつからか花が咲き木も少しづつ成長した。
 そして二人がこの木にばかり関わっていられない間に、こんなに大きく花が咲いた。
 特に春夫さんがいなくなってから一際きれいになった気がしている春子さんである。

 春子さんは上機嫌で三人を家に招きいれた。コーヒタイムにはもってこい。
三人は春子さんが心を許せる人たちだった。
 明るくて誰とでも付き合える人、とみんなはいうが、本当の花子さんはそうではない。
けっこう神経質で知らない人に話しかけることはまずない。
でも気心のしれた人となら、一人で喋っていると言ってもいいほど喋る。
 なぜか 春子さん自身にも理由は分からない。

 今日は三人いるからいつもの春子さんの茶の間ではなく、リビングへ案内する。

 

一人住いには大き過ぎるテーブル。真ん中にチューリップの花がガラスの花瓶に数本。
ゆったりした椅子が六脚。
 レースのカーテンも、海老茶色の地にオフホワイトの模様が美しいどっしりした厚手の
カーテンも、春夫さんが気に入って決めたものだ。
 大きな本箱には春子さんの本がびっしり。好きな古典の専門書から小説、最近奥の方から
前面に置きなおした「日本国憲法」かなり古びてみえる。
 ぼーっと座っているとき、前文と第九条を読み返している。
 ピアノの横の戸棚に控えめに家族の写真が数葉、一つの額にいれてたてかけてある
壁には春夫さんの淡彩画の額がいくつか掛けてあって、この部屋にしっくりなじんでいる。

「ここに来ると落ち着くよねえ。だから好き。」とМさん。五歳年下の優しい人。
「コーヒーも美味しいしね。」と同い年のSさんは一番長いお付き合い。
「前通るたびに春子さんいないかなあ」とつい思ってと笑うHさんは、ひとつ年上で陽気で
声が大きい。
三人とも春子さんが心を許しているいい隣人である。

 コーヒーが入って有り合わせのお菓子などつまみながら楽しい時間が過ぎて行く。
 春子さん以外は同居の子供さんがいるが、夫を亡くして遺族年金生活者の似たような
境遇だから、いいのかもしれない。
 でもみんなそれぞれ忙しくて、三人揃ってコーヒータイムなんて滅多にない。

 春子さんも一人になってもこういう隣人がいることはとても心強い。
いざという時頼りになる気がするのだ。

 それにしてもあのつつじの花は素晴らしい、人間で言えば花も恥じらう二十歳かと
誰かが言えば、いやいやあの妖艶さは....とまた花の話でもりあがる三人である。

 いつの間にか傾き始めたガラス越しの陽の光を気にしつつ、リビングに穏やかな
時が過ぎて行く。

 久し振りに賑やかで楽しい時間だと春子さんも幸せな気分の午後だ。

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近くて遠い? 遠くて近い? [日記]

昨日の雨がうそのように晴れ上がって心地よい朝です。

 ゴールデンウイークを東京で。恒例になって十年になります。

家からタクシーで空港まで二十分。飛行機は一時間二十分で羽田空港に到着します。

リムジンバスの時間まで約一時間あるけれど、長い長い通路を到着ロビーまで

かなり歩きます。

 バスは約一時間で目的地の駅へ。息子のマンションまで徒歩三分。

 合計四時間です。

 飛行機の出発が遅れたり、リムジンバスが渋滞にかかるという不測のことが

ない限りはこの時間設定で大丈夫です。

 私はこの時間を長く感じたことはないのですが、待ち受けてくれる親友は

「やっぱり遠いねえ」

 そりゃあ二人の娘さんがすぐ近くに住む彼女にしてみれば、私たち親子の距離は

遠いです。いざという時間にあわん。と思っているのでしょう。

 それでも子供たちも生まれた土地より東京で過ごした年月の方断然長くなりました。
 
 とりあえず私は私のやり方で、遠くて近い子供たちと素敵なこれからが過ごせたら

いいなあと思っています。




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卯月のこころ模様 [エッセイ]

 今年の桜はもう葉桜。
 卯月半ばだというのに目に飛び込んでくるのは、きらきらと若緑の輝き。
 我が家の゜庭も遅咲きの藪椿の一二輪が小さく赤く咲き残り、紫木蓮と花周防のほかは
初夏の感ありというところ。

 私の中で卯月は大切で嬉しい楽しい思い出がいっぱいつまっている季節なのだ。

 卯月の声を聞くとそわそわ、朝から晴れ渡り降り注ぐ太陽の光までが微笑みかけて
くれるような日は、思いははるかうん十年前に猛スピードで遡り、若かりし頃の自分を
みつけて満足だげと、我に返れば苦笑い。
 
 私のそばで勿論、彼もしっかり若返ってにこにこしている。

 今日は四月十一日。ふと閃いて確信にも似た想いで思い出のひとつを持ちだしてきた。
便箋の色も赤茶けて、何度も読み返した私の指紋と涙で薄汚れている彼との往復書簡

 少しドキドキしながら、そっと最後のページの日付を見る。
 「昭和三十五年四月十一日」私は大声を上げたい衝動にかられた。「やっぱり」

 「これがフィアンセとして貴方に贈る最後の手紙になるでしょう」
 心を込めて書いた私の万年筆の文字が、あの時の私の気持ちを鮮明に思いださせた。
 そこには離れ住んでいた結婚までの切ない三年の日々、いつも我儘で自分の思いを通し
続けた私を、優しく見守ってくれた彼への感謝と、結婚したらあなたが望むいいお嫁さんに
なりますと、可愛らしい?私の決意がしっかりと書かれている。

 三日後の彼からの返信には、こんな理想の家庭を作りたいという彼の三つの「信条」が
書いてあり、それは、若い二人で生きていくこれからの生活が容易でないことを、私に
知らしめるに十分な説得力があり、身の引き締まる思いがしたものだった。
 手紙の最後には私にたいする約束事が三つ、彼の優しさが溢れる言葉で綴られている。

 今日のこの手紙を読むことになった偶然を、私は彼からの贈り物だと信じている。

 そうそう「これから二人で生きていく歳月は長ければ長いぼといい」手紙に書いてあった
この言葉だけが唯一彼が果たしてくれなかった私との約束だ。

 彼が逝って十年余、時々取り出してみるこの手紙が、私に生きる元気をくれる唯一の
ものとさえ思えるのだ。

 卯月 うらうらと暖かで優しいのに、青い空をみているとふと胸が痛くなる。
 白山吹の花が、やさしい風にゆれている卯月の昼下がり、ひとりの私。
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あっという間に桜満開 幸せな私 [日記]

 「桜見物は来週だね」つい先日友人とそんな話をしたばかりなのに、今どこの

桜も満開です。

 暖かくなってさすがのノラの私も、あれもこれも家事全般やる気になっていました。

でも桜の様子を見に行かなくては。一週間前ふと思いついて一人で城山に登りました。

 登りはリフト真っ青の空に透き通る陽の光。城山の木々は緑に茂っていたけれど

かなりある桜はつぼみのまま、咲いていたのは一、二本。お城広場も同じ状態。

 久し振りに上った天守閣からも、桜の花は見えませんでした。

 まあ二、三日前に開花宣言したところだから、こんなものだろうとそれでも春の

気配は十分感じつつ、下りはロープウエイにしました。

 観光客は結構多くてお城も街も賑わっていました。

  あれからたった三日なのに、あっという間に満開。もうどこを見ても桜さくら。

このところの気まぐれな気候の変化にはついていけそうにありません。

 これで朝夕は結構肌寒いし体調を整えるのも大変です。

 
 あまり早く満開になったので突然ですが、ご都合はいかがですかと、昨日は若い

友人のお誘いに嬉しくて、二つ返事で十一時頃から五時過ぎまで、車であちこちの

桜に逢いにつれて行っていただきました。

 大きな川岸に何十本と咲き競う白やピンクや紅の桜の花。満開の満開。その桜の下で

風に散る花びらを浴びながら食べたお弁当の美味しかったこと。

 見渡す限り黄色い絨毯を敷き詰めたような、菜の花を見るおまけまでついて幸せな

私でした。

 わが子より若い友人の優しさが胸の底までしみて涙が落ちそうでした。

 有難う。

 こんなおばあさんと行くより旦那様やお友だちと行く方がきっと楽しいに違いない

のに。

 この感謝の気持ちは言葉では表せません。桜や菜の花も美しかったけれど、彼女の

心根の優しさ、美しさも負けていないと思いました。

 私も彼女を見習って可愛らしいおばあちゃんにならなくてはと秘かに決心しました。

 明日も歩いて十分ほどの桜の名所へ、ご近所の人たちとお花見の約束が出来ています。

 あれもこれもやること沢山あるのに.....。桜の花には勝てません。





 








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春子さんの茶の間 [短編]

 激しい雨音が気になって眠れずにいると「ぽっぽ」古い鳩時計が一時をを告げた。
年のわりにはよく眠れるたちで、いままで寝付きが悪いと思ったこともない。
それなのにこの頃そうもいかなくなった。
 六十五歳を過ぎたころから友たちが眠れない話をするのを、よく聞くようになった。
そんな時春子さんは
「寝ようと思ったら三分で眠れるし眠ったら最後、朝まで目が覚めない」
と言って皆に呆れられたものだ。
 あれから何年過ぎたのだろう。

 目が覚めたらカーテンの隙間から明るい早春の陽が差し込んでいて、嬉しくなった
春子さんは飛び起きた。
「あらら朝ドラ終わってるよ」
 春子さんの日課は決まっていて、特に食事は規則正しく時間も決めてある。
 一人暮らしの気楽さで、のんべんだらりの生活はしたくない。
 それでも寒い冬は特別で、わりにのんびりラジオを聞いていてぎりぎり「えいっ」と
飛び起きる。

 朝食は茶の間で朝ドラを見ながら八時、昼食はニュースをみながら十二時、夕食は
ローカルニュースを見ながら六時。
 季節によって多少変わるけれど原則これを貫いている
 朝食の後片づけをしたら、一時間は新聞を読む。
経済面はざっと項目を見るだけで一面と三面記事は大見出しを見て関心のある記事には
さっと目を通す。
念入りに読むのは文化文芸とスポーツ。これでも結構頭の体操にはなる。
 本を読むのも心の通い合う友と長電話するのも、春子さんの好きなこの茶の間だ。

家事は最低限、必要不可欠以外は無理をしないと決めてある。元気が一番。

 若い時は友と連れ立って遊びに趣味に、たまにはカルチャースクールによく出かけた。
今はそれぞれ事情があって、お出かけもままならない。

 夫の春夫さんとも、彼が定年退職してからは、思いついたら即旅に出たし、絵を見たり
コンサートにも出かけた。
 それぞれの趣味にお互い干渉はしないが理解して、協力を惜しまなかった。
 
 子供たちも自分たちの思うままに、頑張っていたので春子さんたちに何の気掛かりも
なくこういうのを悠々自適というのかもと思ったり。

 夫の春夫さんと二人で過ごした約十年余は今考えると本当に 素敵な日々だった。
 春子さんは人が感心するほどさっと子離れできたし、心の片隅に「自分が一番大切」
という信念のようなものを若い時から持っていた気がする。
 我儘と言われても、それを春夫さんも子供たちも容認してくれていた....と思っていた。
 そして本当に自分の思う通りの人生が送れたと満足していた。
春子さん自身も心の底から幸せで、嬉しいことだと秘かに自慢に思っていた。
 でもそれは春夫さんという理想の伴侶がいたからこそだと一番良く分かっているのは
春子さん自身のはずだ。

 しかし、春子さんがそのことに気がついたのは、最愛の春夫さんが遠い遠いところへ
旅立った後だった。

 「思い知った」というべきか。「傲慢だった」というべきか。涙ながらの反省ばかり。

 春子さんのすべての景色が無色になった。
 ただ悲しさだけが虚しさだけが、寂しさだけが朝から晩まで、春夏秋冬春子さんに
ついて来た。

 長い時が過ぎて行った。
 この頃になってやっと、今でもいつもそばにいる春夫さんと春子さんは茶の間で
涙なしで昔話がいっぱいできるようになった。
 喋っているのはいつも春子さん。
 昔と変わらず、にこにこ優しい眼差しでその様子を見つめている春夫さん。

 一足飛びに桜が咲いて春がきた。

 茶の間の飾り棚に寄り添って嬉しそうな笑顔の春夫さんと春子さんの写真。
「おはよう」
 セピア色のそれに向かって毎朝春子さんは大きな声でご挨拶をするのが朝一番の仕事。

 今日も春子さんの茶の間から素敵な一日が始まりますように。

 このまま元気でいたいなあ。春子さんの贅沢な願望である。


 

 
 
 

 
 
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春がそこまでやってきた [エッセイ]

 庭の白梅もいつの間にか満開になり、固い蕾だと思っていたさくらんぼの花も

薄紅に開いて朝の日差しをうけています。

 朝昼夜と食事をするだけでのらのらの私は、イマイチの体調のこともあって

まるで入院しているのと同じ、ただ違うのは自分で食事をつくることくらいだと

娘に言って苦笑されていました。

 でもこのところ急に暖かくなり、お雛様を出し桃の花を飾るとなんだか嬉しく

なって元気が出てきました。

 デパートへでも行ってみる気になって、二人のもっとも親しい友に電話してみました。

 「そうねえ久し振りに出かけようか」という返事を期待していたのにがっくり。

 同じ年の彼女は

「買いたいものもないし、昨日眼科へ行ったばかり、その上旦那の食事つくりも大変で」

 二歳年下の彼女は

「風邪がまだはっきりしないし、好きでもない犬の世話でくたくた出かける元気がない」

 ああ二年前までは月に二回カルチャースクールに行って、楽しいお昼ご飯食べてお茶を

飲んで喋って、夕方帰って来ていたのに。

 確かに年はとったかもしれないけど、寂しい気持ちが私を不機嫌にさせました。

 そして又他の友に声をかける元気もなくなりました。

 でもあまりに春らしい今日という日、私はちょっとおしゃれをれをして一人で街に

でかけました。

 といってもバスで二十分あまり、思いつきさえすれば何のことはないのです。

バスの窓からみえるお堀の水はゆったりとして、白鳥があちこちに羽を休めています。

岸の寒桜や紅梅白梅も美しく、私の好きなせんだんの大木には今薄黄色の実が鈴なりで

辺りの芽吹いてきた木々との調和は、ここでバスを降りたいと思うほど。

 そして見えてきた、青い空のした城山のてっぺんにそびえるお城の天守閣。

どこのお城より美しいと私は思っています。

 仰ぎ見るたたづまい、天守閣からの眺めも文句のつけようがありません。

 デパートも疲れるほどの人もいなくて、いつも行く店の彼女が歓迎してくれました。

予定にもなかった買い物もして、市内一の商店街を歩きます。

 半世紀以上も前からあるアーケード街も昔からある店は数えるほどしかありません。

でもなんだか気持ちは浮き浮きして、遠い遠い昔の思い出が胸をよぎります。

 街行く人はみな楽しそうで若い人が多い気がしました。

そういえばあまり年配の人は歩いていません。

 足がわるいのか、病院か、デイサービス?

 嫌だいやだ、自分の思いを打ち消して、私は必要以上に背中を真っすぐにして

さっさっと歩きました。    転ばないように細心の注意をはらって。

 一人ではダメな私。コーヒーも飲まずに二時間半後にはもう我が家にいました。

 それでも出かけてみれば一人でも結構楽しかったし元気もでました。

 暑さ寒さも彼岸まで、春がそこまでやってきました。





 

 

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悔しくて少し切ない節分の夜 [日記]

 このところの寒さはただ事ではありません。

天気予報は毎日平年よりかなり寒くて雪がふります....と。

 最高気温が五度とか六度と聞くだけで寒くなってしまいます。

まあ出かける予定もないままにエアコンとコタツを全開にしてのんびりしています。

 でも今朝ふと見た庭のいつもの場所にはあの可憐な寒あやめの紫が三輪。

どんなに寒くても時期を違わず咲くけなげなさに、少し心が温まります。

 日暮れになって食事の支度をしょうと台所でテーブルの上の節分の豆を見つけました。

えっ! 今日が節分だということすっかり忘れていました。

 ずっと一人の豆まきは続けていて、翌朝近所の奥さんに

「豆まきしたのですか。」と玄関先から道路にまで飛んでいる豆を見つけられて、ちょっと

恥ずかしかったりしたものです。

 私は季節を先取りする暦の言葉が好きで、それに伴う行事にも関心がありました。

だから節分を忘れていた自分に腹を立てて、これも年のせいにして。

日がすっかり落ちてから、いつものように豆まきをしました。

「鬼は外 福は内 」小さい小さい自分にだけ聞こえる声でひっそりと。

 玄関にも庭にも勝手口にも。道路へは少し少なめに。

 ああよかった今年もいい年でありますように。

福は来なくても絶対に鬼は来ませんように。

 そして年の数だけの豆をコタツで食べはじめました。二十くらいはさっと食べて

あれ、後が続きません。テレビを見ながらぼつぼつ食べても一向にはかどりません。

 去年まではすいすいと食べられたのに、固いのはダメといちばん上等の豆だのに。

柔らかくてすぐ噛めてふっくらと美味しいのに。

 ふっと泣きそうになりました。元気そうに意地をはって若いと思っていても、

節分に年の数の豆がさーと食べられないなんて。悔しくて切なくて。

 確かに豆たくさんあるもの、昨年より一個増えただけよ。

 でも無理は禁物、考えた末今流に「分割」で食べることにしました。

 改めて自分の年を思いました。

 仲良しの同級生はみなさん元気で旦那様のお世話もしながら自分が死ぬことなど

考えてもいません。いいえ夫より先には死ねない。と信念をもっています。

 その点。私は....

明日は立春、この言葉を聞くだけでも元気が沸いてきます。

 それにしても分割食べ? 何日かかるかなあ。

考えているとおかしくなって、声をあげて笑ってしまいました。

 
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決意 へっぴり腰なれど母は強し [日記]

 今日も鉛色の空から今にも白いものが落ちてきそうです。

ああ~と朝から又ため息ひとつ。とりついていた鼻風邪はやっと退散してくれたようなのに。

 それなのにこのところ体調イマイチ。先日行った定期健診ても全く異常なしで、このところ

感じているふらふらは、今日の所見からは原因は考えられないと先生。

 まあ全く専門外の先生も困っておられる。

「後考えられるのは頭だと思うのだけど怖くて病院へ行くのは嫌です。」

 すがる目で訴える私に先生も気の毒そうに、じっと私を見ているだけ。


 今朝こんなに悶々とするよりいっそう脳神経外科に行こうか、と考えました。

幸い歩いて行けるところに評判の病院があることはネットで確認してあります。

 いやいや怖い怖い止めた....。

 そして思い出しました。今日は息子の誕生日です。「おめでとう」のメールを

したら、珍しくすぐ返信がありました。

 こんなに寒い日に私は母になった。夫と二人で歓び合った遠い遠い日のことが

鮮やかによみがえってきました。

 そして二人で頑張った若い日のことを、次々と思い出しました。

 ポロリ目からうろこが落ちました。

 ようし、母は強し??

母になったあの日はあんなに強かったのに、うん十年経た私はなんて弱虫。

 不安がっているより決着をつけよう。そしてもし悪い結果が出ても、あの日の

勇気と元気で乗り切ろう。

 今日がいい記念日になるように。


 すぐに病院にいきました。CT検査はすぐに終わって先生が画像を見ながら

「異常はありません。脳梗塞も、脳出血もないですよ。ふらふらの原因はここでは

ないですね。風邪をひいたり年末年始忙しかったので少しお疲れなのでしょう。」


 よかった。もっと早く来ればよかった。

 すっきりした嬉しい気持ちで小声で歌を歌いながら、シャンシャンと歩いて

帰りました。 でもやっぱりふらふらはしていたけど、元気なふらふらでした。

 母は強し!! 

 明日からは頑張ろう。なんでも年のせいにするのもやめよう。

 病院がとても怖い私が頑張った息子の誕生日でした。
 




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夕暮れのわが街に雪が舞う [エッセイ]

 全国的な寒波襲来というのに東京は気温十六度、陽の光さえみえます。

それでも羽田空港でバスを降りた時、その風の強さにびっくりしました。

 北の方の便は遅れやら欠航やらの表示が見えたけれど、私は何の心配もなく

機中の人となりました。

 誕生日はみんなで祝うからという子供らの言葉も聞かず予定通りの帰宅です。

 ところが飛行機が滑走路に出たものの順番待ちとかで、かなり遅れました。

飛ぶ前に向かい風が強いのでかなり揺れ、定刻より遅れる予想だとアナウンスが

ありました。

 少し風邪気味で体調イマイチだった私は、やれやれと思ったものの仕方なし。

 やっと離陸すると本当によく揺れました。怖いほどでもないのだけどあまり

気持ちのいいものではありません。

 当地での着陸は普通は海側からはいるのに、今回は山側から降りたのでやっぱり

風はかなり吹いていたのでしょう。

 ふと窓から外を覗くと暮れなずむわが街には雪が舞っているではありませんか。

 タクシーの運転手さんが

「寒いでしょう。このところ六、七度なんですよ。雪が積もっている町もあるんですよ」

と教えてくれました。

 
 三週間ぶりの我が家は森閑として、雪は降っていませんでした。

 部屋に明かりをつけて暖房して、こたつに潜り込んで、暑いお茶をのみました。

 急に寂しさがこみあげてきました。鼻水が出て体がだるくて、やっぱり普通でない。

 ご近所にご挨拶にいくのもおっくうで帰って来たことだけ電話で伝えました。

 「楽しかった東京だけど、なんか疲れた。だって家にいる時より動くもんね。みんな

元気で頑張っていたよ」

 彼にはちゃんと報告をしました。

 テーブルの上には年賀状わ始めとする郵便物があり、部屋に入れた鉢植えもみんな

元気で新年を迎えたようです。時々留守宅を見にきてくれる弟夫婦にも電話しました。

 夜になるといよいよ本格的風邪症状、空港で買ってきた「京都巻き」はとても美味し

買ったので全部食べたし、お風呂だけはやめにしました。

 よるかかって来た娘からの電話では風邪の話はしませんでした。

 あれから六日もたって、時々雪のちらつくわが街、病院へ行くよりはと家に篭って

いたけれど、風邪は私が好きらしい。

 今日はやって来た弟たちとスーパーで美味しいもの沢山買ってきました。

 次の土曜日まででかける予定もないので養生します。

 明日からは少し暖かくなると聞いて、冬枯れの庭に優しくさいている水仙にやっと

気がつきました。

  冬来たりなば 春遠からじ 

  





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