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孤独を楽しむ老後って.... [エッセイ]

 猛暑のなかの三連休です。
あ~あ小さな私のため息聞こえますか。
我が家の前の六十台前半のご夫婦。西隣の母娘はさっき相次いで車で出ました。
 私にもそんな時があったと懐かしく思い出しています。
それが当たり前の日常でした。 数十年の時を経て今じっくりと考えています。
 一人暮らしは自由でのんびりで、そう楽しいこともない代わりに辛いことも
ありません。ただ寂寥感は常に私にまとわりついています。
 私も母が一人でいた年になり、毎日のように訪ねる私に「寂しい」を連発して
いた母の気持ちがやっと今理解できるのです。
 
 でも考えます。
 私の友たちは皆さん旦那様がお元気で、私からみたら羨ましい限りです。
 ただ自宅では生活が無理となり、二人で施設に入った友。訪ねてもあまり
笑顔もなく会話も弾みません。
 「毎日どちらかが病院に行っているのよ」と少し耳が遠くなった友。もう長話も
出来ません。
「私もふらふらなのに主人があちこち痛いので、いつでも車を出せるようにしてる」
と本人曰く老々介護の友。
 旦那様をなくした三歳年上の友は足腰が駄目になり、とうとう施設へ。

 彼女らからみたら、多分何もせずに呑気に暮らしている私のこと「羨ましい」と
思うかもしれません。
 私の気持ちなど我儘だと思っているかもしれません。
 私もそうかもしれないと思いつつ、私が払った代償の大きさには気もつかない
彼女たちを、それなりに幸せなのだろうと思っています。
 
 失ってからでないと分からないこと。失ってからでは遅いということ。
 人間、死ぬまでは生きていくしかないということ。
 私実感し過ぎています。

 五木寛之著 「孤独のすすめ」 人生後半の生き方

  老年になって「前向きにポジティブに生きろ」などというのはむしろ残酷な
ことではないか。だとすれば後ろを振り返り、ひとり静かに孤独を楽しみながら
思い出を咀嚼したほうがよほどいい。回想は誰にも迷惑をかけないし、お金も
かかりません。繰り返し昔の楽しかりし日を回想し、それを習慣にする。
そうすると、そのことで錆びついた思い出の抽斗が開くようになり、次から次へと
懐かしい記憶がよみがえってくるようになる。はたからは何もしていない
ように見えても、それは実は非常にアクティブな時間ではないでしょうか。
 孤独を楽しみながらの人生は決して捨てたものではありません。
それどころかつきせぬ歓びに満ちた生き生きとした時間でもあるのです。

 私は感動にも似た共感を覚えました。
元気が出てきました。
 三連休暑いけどお天気はよさそうです。ちょっと出かけてみましょうか。
  
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赤いハイヒール

 朝から氷雨のふる寒い日新おじさんの訃報が届いた。
弟の順が一緒に葬儀に行かないかと和代を誘ってくれた。
 新おじさんは父の弟でもう七十歳近いだろう。
頭が良くて明るくて楽しい人で和代は子供の頃から大好きだった。
 今は遠くに住みもう何年も逢ってない。従妹に引き取られて幸せな老後を
送っていると聞いていた。
 和代の両親も亡くなっていて長男の順には親戚の交際という役目がある。
その順が葬儀に行くのはありかと思ったが.....。和代は考え込んだ。
「姉さんは誰よりもおじさんに可愛がられていたのだから、最後のお別れに
行こうよ。」
 順にそう言われて和代もその気になった。
三日くらいは留守になるのを夫は是非行っておいでと言ってくれた。
 その日の夜には船に乗った。
 翌早朝港に着いた。初めての大都会の港を震えながら歩いた。
雨は止んでいたが寒さと知らないところを訪ねていく不安で二人とも心細い
思いで、つい口数も少なくなってしまう。
 五十過ぎの大人が、まるで子供のようだと和代はふとおかしくなった。

 和代は初めておじさんのことを思った。今まで悲しい気持より寂しい
思いの方が強かったのに、お酒が大好きでいつもにこにこ笑っていた
新おじさんの顔が目の前に大きく浮かんで和代は立ちどまった。
 潮の匂いの混じった冷たい風がさっと体に纏わりついた。
突然涙が溢れてきた。ついに和代は立っていられなくなってしゃがみ込んで
泣いた。
順が飛んで来て黙ってタオルを渡してくれた。
 
 従妹の家はすぐに分かった。
 海の見えるマンションの部屋で新おじさんは穏やかな顔で眠っていた。
従妹たちとも何十年ぶりの再会で、おじさんは糖尿病と肝硬変を患っていた
けど最後までわりに元気で自分で「大往生」だと笑って逝ったという。
 いかにも新おじさんらしいと和代は思った。


 新おじさんは技術屋さんで船のエンジンに詳しくて最後はかなり仕事の手も
広げていたらしい。
 しかしそこに行きつくまでの波乱万丈の生涯は、ゆうに小説になりそうなほど。

 戦争にも二回も行ったのに負傷したり病気になったり、最後は無事に帰還した。
その時和代にだけにお土産があった。
 ボロボロにの臭いリュックから、何枚もの紙で包んだものを大事そうに取り
だした。そして中から出てきたもの
 和代はその時九歳、ビスケットかチョコレートか。かたずをのんで家族一同が
見守る中、新おじさんがおもむろに取り出したのは真っ赤なハイヒールだった。
 きれい! とは思ったががっかりした和代にみんなが履いてみよと言った。
恐る恐る足を入れたものの、ぶかぶかで高い。立っていられそうもなくよろめいて
泣きべその和代だった。
 あれは可愛い姪のために新おじさんがはるばる戦地から持って帰ってくれたのだ。

 全然嬉しくはなかったのに赤いハイヒールのことは和代のなかでいつもおじさんと
セットになって、大人になってかりらも時に懐かしく思い出した。

 こうして復員後は生まれた小さな村で、手を染めた仕事は子供の頃の和代が覚えて
いるだけでも竹工場、モーター屋、アイスキャンデー屋。どれもみな失敗。
おじいちゃんがいつも尻拭いをしていたらしい。
 戦後は村の素人芝居が盛んだったが新おじさんはいつも主役で女形でも子役でも
なんでも来い。村の人気者だった。
 和代はそんなおじさんが大好きだった。

 ほどなくして結婚して村を出たおじさんはエンジンの仕事で成功したと聞いた。

 何十年もたって和代の結婚式にも出てくれたり、父がなくなってからもふらっと
やってきては「義姉さんよろしく頼みます」と母にお酒を頼んでしばらく逗留する
ことがあった。母は嫌な顔ひとつ見せずいつも優しく接していた。
 「和代元気か」酒飲みは大嫌いだった和代だがなぜかおじさんのことは憎めない。
 そして時が過ぎて行き、いつかそのおじさんと会うこともなくなっていた。

 今日も冷たい風が窓をたたいている。エアコンの心地よい暖かさにふと微睡んだ。
 その時、和代の前にニコニコ顔の新おじさんが現れた。後ろ手に隠しているもの....。
 和代にはそれが、はっきりと見えてしまった。

 
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懐かしい父に逢えた! [エッセイ]

 梅雨の晴れ間に咲く紫陽花の花の色も、日増しに濃くなっていくようです。

ぼんやりと眺めていると花にまつわる昔のことを思い出したりして、時間が

ゆっくりと過ぎていきます。

 そこへ古い友人のHさんから電話がかかりました。本当に久しぶりです。

 お互いの近況を知らせ合い、ひとしきり話が弾んだのち

「古い話だけどね」とHさんが切りだしました。

 彼女は私より四歳くらい年上で、仕事関係で若い時知り合ったのです。

 私の父とHさんの会社の社長が親友で、仕事上も関連があってよく来たので父の

こともよく知っているというのです。


 さてHさんの話は昔、時々職場に来る父はいつもにこやかで静かなのに話しだすと

博識でユーモアがあって、ついみんなが仕事の手を止めて聞き入ったこと。

 事務所の看板を書き換えを社長が頼んだ時も突然のお願いなのに、太い筆に

たっぷりの墨で達筆で堂々と書いたこと。

 たまに娘の私の話をするときは「可愛くてたまらん」という顔をしていたこと。

 そうそうお昼の時間に来ることが多かったけどいつもアンパンをひとつぶらさげて

いたこと。

 最後にHさんが今でも残念に思っているのは忘年会風邪で出席できなかった時

翌日同僚たちが口をそろえて、父が躍った安来節がどんなに面白かったか、涙ながらに

話してくれたこと。そしてその踊りをとうとう見なかったこと。


 私は聞きながら涙が出そうになりました。

 家庭以外での私の知らない父がそこにいました。

大好きな父でした。元気だっ父は病に倒れ五十九歳で逝ってしまいました。

 私はこの時の悲しさ悔しさを今でも忘れられません。

 市内でも大きなお寺での会社葬、何百人もの会葬者、延々と続く弔辞。道路まではみ

出した花輪の列。

 立派な葬儀も私にとってはただただ恨めしいだけでした。

 私は父のことを書き留めて置きたいと何度もペンを取りました。

三行 五行 半べ―ジ でもどうしても書けませんでした。何年経っても駄目でした。

 涙の跡が沁みたノートは今でも手元にあります。


 Hさん有難うございます。今日は本当に嬉しかったし楽しかったです。

私は心から大きな声で言い受話器の向こうに最敬礼です。

 「私昨夜貴女のお父さんの夢を見たのよ。どうしてかしらね。」

 Hさんが最後にポツリと言いました。

 ええ私の所へもずっと来ないのに何故? 私 嫉妬に狂いそうです。
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桐の花 [短編]

 少づつ登っている感じがして道も狭くなった。 車がやっと通れるくらいだ。もうそろそろ目的地に着くころだと佐保子は目を凝らす。 辺りは生い茂った木々の緑が美しく、開け放った窓から森の香りも飛び込んでくる。  道路を大きく曲がったところで真正面に薄緑色の建物が見えた。やっと着いた。 駐車場に四五台の車も見えた。  車を停めると佐保子はゆっくりと建物に近づいた。三階建てのスマートなそれは、 老人ホームには見えない。窓も大きくて華やいだ感じさえする。 「とうとうホームに入ったよ」三日前に祥子から突然電話が来た。彼女は昔の職場の 先輩で佐保子とは三つ違い。しっかり者で頭がよくて信頼できる人だった。  お互い結婚しても付き合いは続いていて海外旅行にもよく行った。  長い年月が流れ二人とも年をとった。それでも元気で特に祥子は腰や膝が痛くなって からも、兎に角行動派で、誘われれば一人でツアーに入って旅もした。  佐保子はそんな祥子を見ながら、ただ感心するばかり、「旅の途中で足が痛くなったら どうするのだろう」とか、「杖をついてまでよく行くなあ」とか.....。  そんなに元気だった祥子が昨年の秋救急車で運ばれたという。肺炎と心不全で足がたた なくなったそうだ。  知らせを聞いて駆けつけたら、一週間前に会った時の彼女とは別人の祥子が、点滴の 管などいっぱいつながれて、酸素マスクまでしている。 意識はあるものの、何を言っても頷くだけで、その様子に佐保子は動顛してしまった。  結局半年も入院してどうなることかと心配していたのに、少しづつ回復して四月には 退院して、一時的にべつの病院に移った。  その病院がよかったのか彼女の生命力が勝ったのか、退院できることになった。  しかし一人暮らしの祥子は自宅に帰ることを断念してホームに入る決心をした。  それはずっと前から考えていたことだったが、思っていたより早くなってしまった。  広い廊下、明るいガラス窓、応対してくれた職員も感じがよくて佐保子は内心ほっとした。 もっと嬉しかったのはベットで迎えてくれた祥子が本当に元気になっていたことだった。 「ねえ、元気になったでしょう。」  挨拶よりも先に祥子が例の甲高い声で言った。 この声何か月振りに聞いただろう。口もきけなかった頃、頷くだけの時、電話をしてももそ もそと何を言っているのか分かり辛かった頃。  先生もこの年で半年も寝ていると寝たきりになる人が多いですと気の毒そうに言ったのに。  佐保子は思わず走りよって祥子に抱きついた。十五キロ痩せたという体は頼りなくて、つい 涙が止まらなくなった。みると祥子もぽろぽろ涙をこぼしている。  目が会った途端どちらからともなく笑顔になりはっはっははと笑った。  よかったよかった。  部屋はトイレとスマートな洗面台。その隣のベットとのちょっとした区切りに小さい障子 が二枚。作り付けのクローゼットもゆったりしている。 部屋の感じがなんとなく素敵で、佐保子は今までに行った何か所かの施設と違う暖かさの ようなものを感じて嬉しかった。  祥子の終の棲家となるであろうこのホームは佐保子の中では合格だ。  夫に先立たれて子供もいない祥子とはそんな話もよくしたが、それはもっとずっと 先のことだと思っていたのに。  現実はあまり考える余裕もなく、病院からの直結を余儀なくされた。    市内でも一等地にりっぱな自宅があり生活に余裕もあるのに。 病気をしなかったら、そして夫がいたら祥子の老後はもっと違っていただろう。  でもこれだけ元気になったのだから万歳ではないか。  佐保子の頭の中で複雑な思いが堂々巡りをしていた。  祥子は今車いすもいらない。小さな手押し車を押して食堂へも談話室へも行けるという。 寝たきりにならなくてよかった。  ベットに腰かけた祥子と本当に長い間話をした佐保子。  大きなガラス窓から柔らかな午後の日差しが差し込んで二人は幸せだった。    そのガラス窓の向こうに緑色に茂った大きな木がみえた。 佐保子は目を凝らした。その木の間隠れに薄紫の花が見えた。  桐の花。祥子は毎日この花見ているんだ。佐保子はそっと胸に手をおいた。  ふたりの大好きな花、この花が咲く頃、思いついたら車でよく山道を走った。  見つけると車を停めてしばし眺めた。 近くに行くことはできなかったけれど、遠くから飽かず眺めた。  そして祥子は俳句を佐保子は短歌を苦しみながらひねり出した。 「ねえあれ桐の花よね。」 「そうそう、このホーム決めた第一はあの桐の花がここから見えたことよ。」  祥子は自慢げに佐保子に笑顔を向けた。  佐保子は祥子のこの笑顔がいつまでも続きますように。  もっと元気になって来年はまたいつかのように、二人であの山の桐の花を見に行けたら どんなに嬉しいだろう。  窓の向こうの薄紫の桐の花がなんだか潤んで見えた。
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きょうだいって やっぱりいい! [エッセイ]

  先日姉弟が実家に集合して母の十七回忌法要を終えました。

みんなが揃うのは四年ぶりです。

 法要に関するすべては長男であり実家に住む弟が義妹と二人で奮闘してくれて

私の出る幕はありませんでした。

 長男夫婦、神戸から次男夫婦、横浜から三男夫婦、そして残念ながら私だけひとり。

 法要を終えてお昼は賑やかに老舗割烹で美味しい料理をいやというほどご馳走になり

酒豪の三男はこれも酒豪の甥と二人で随分のんでご機嫌でした。

若い頃に比べたら大分弱くなったと言うのですが、何故か兄弟でひとりだけお酒が強い。

 夜は実家でみんなで寝ました。

 私が夫と付き合い始めたころ長男が東京大学へ行くため家を出たので、下の弟たちは

すぐ夫と仲良くなりました。

 そんな昔の話や祖父母や父母と賑やかだったころのことなど、懐かしい話がいっぱいで

笑いが絶えません。

 三人の義妹が口を揃えて、結婚して最初に思ったことは、「ここの姉弟は気持ちが悪い

ほど仲がいいということ」だったと言ったのでまた大笑いになりました。

そう言えば夫も同じことを言っていました。彼は私の弟たちよりむしろそのお嫁さんたち

と仲良しでした。

 結婚して数年、転勤などでこの街を離れるまでみんな一緒のときもありました。

 今はみんな孫たちの話題で持ちきりで、孫のいない私は「おばあさん」でないと上を

向いていました。

 夜の更けるのも忘れて楽しい時間を過ごしました。

 翌日は次男夫婦が、次の日は三男夫婦が我が家に泊まってくれました。

「兄さんの話はするな、もう泣くな。」二人はそう言いながらも、長いこと仏壇に手を

合わせてくれました。  私やっぱり涙がでました。

 この一週間少し疲れたけれど私にとっては久しぶりの楽しい時間でした。

 次にみんなが集まるのは兄さんの十三回忌だと誰かが言って....。

 どうも東京オリンピックの年らしい。

 「私頑張ってみる」と秘かに決心しました。

 みんな帰って、今日も五月半ばだというのに夏日の二十七度。暑い夏がそこまで来ています。












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大好きわが街 [エッセイ]

 わが家に帰ってきて今日は二日目です。

昨日はとにかく留守の間のもろもろの処理。二週間足らずだから留守電は数件です。

親しい人には周知済みなのでたいしたものはないのだけど、今回困ったのが一件。

「帰ったら知らせてね。」

私が出かけたのを知っている人らしいけど声に心当たりがありません。

次は、心ばかりのお土産を届けた家で十分づつ話しても.....。ふふふ。

 家の周りの道路の継ぎ目から生え出た雑草が、留守の家を強調するように青々と

茂って?います。しゃがみこんで四、五十分。私のもっとも不得手な分野ですが仕方

ありません。でもすっきりきれいになりました。

 冷蔵庫もからっぼ。スーパー買い物いっぱい。

 一番大切なこと。バイクで一走り。

「帰って来たよ。子供たちも元気だったよ」お墓へお参りして報告を済ませました。

 早めにお風呂に入って昨夜はわりとぐっすり眠りました。

 今日は少し疲れた感じだけど予定があります。

昔夫が立ち上げた切り絵の会の展示会が、デパートで開催されていてその案内状が来て

いました。

 お昼過ぎに会場に行くと今年八十五歳になられた会長のNさんが笑顔で待っていてくれ

ました。懐かしい会員の方たちの名前と力作をみていくうちに涙が溢れてきて止まらなく

なりました。

 もう十七年、発足当時の六人は今もお元気で、新しい会員さんと会を続けています。

 夫もこの場にいたら、どんなにいいだろうと考えていたら、つい不覚の涙が....。

 気持ちを切り替えて、久しぶりの商店街をひとりで歩きました。

 途中に全国的にも有名な「鍋焼きうどん」の店があります。うどん玉がなくなったら

閉店という店でなのに今日はのれんが見えました。

 二時近くになっていてお腹もすいていたけれど、私は一人でお店にはいれません。

街に出てもごはん時でも飲まず食わずで一目散に家に帰る意気地なしなのです。

 でも今日は何だか勇気が沸いてきました。格子戸を開けると女性ばかり数人います。

そして初体験、一人で鍋焼きうどん食べました。五百八十円、おいしかったです。

 元気が出た私は電車通りから、堀端まで足を延ばしました。

堀の岸辺の若緑の木々や、つつじのピンクの花が水に映って、本当にきれい。

県庁の後には燃え上がるような緑いっぱいの城山、見上げると青空に映える白い天守閣。

 ああ私の大好きな風景。

 この堀端を若い時の私夫とよく歩いたなあ。ちょっとセンチになって。

 私はこの街が好き、だからどこにも行かない。一人でここで頑張りたいなあ。

終の棲家はこの街の我が家。家族の思い出がいっぱいいっぱい詰まったこの家。

 さあ明日からは少しのんびりと、東京での遊び疲れを取らなくては。

早くものらの本性が現れ始めた私です。





 

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私のゴールデンウイーク [エッセイ]

 働いてもいないのにゴールデンウイークと言っていいのかと少し気になります。

 とにかく毎年子供たちに会いに上京します。

 迷惑なんだろうなあとか、いいえ楽しみに待っているはず。本当は私が東京

行きたいのでは。などなど考えつつ張り切ってやってきます。

 いつもは私が来てからさあ温泉はどこにすると、あれこれ気がもめるのに今回は

すでに予約がしてあって早速箱根湯本温泉へ行ってきました。

 ロマンスカーの車窓に初夏の陽の光に輝く真っ白の富士山を見た時は、しばらく

息をするのを忘れていました。

 どこから、いつ見ても富士山は世界一の大好きな山です。

 今は若葉も美しくて光り輝いています。その上この晴天空はどこまでも青い青い。

 箱根湯本駅を出て、宿に向かって人の波の中を少し興奮気味に歩きます。

でも街の喧騒から抜け出て川に沿って進むと、美しい川の流れと向う岸の森の緑色の

木々の重なりが、風に揺れて波のように揺らいでいます。

 濃いの薄いの、明るいの暗いの。ええっ緑色ってこんなに種類があったっけと

感動さえおぼえます。

 川は水の棚田のように石で囲われてゆるゆると流れていきます。石の上を小さな

水鳥がついついと飛んで餌を啄んでいるのでしょうか。見ていると足が止まりそうです。

 チェックインしてから相談がまとまり、登山電車で遊んできましょうと。

 郷愁を掻き立てられそうな可愛らしい赤い電車、何度か乗ったことはあったのに

久し振りのせいか新鮮な気持でした。

 スイッチバックを繰り返しながら登っていきます。ああずっと昔、紫陽花の季節に

夫と来たのを思い出しました。

 窓から見下ろすと遥か下に谷川の流れが見えて少し足がすくみそう。

 途中下車して美味しいコーヒーで一休み。楽しいミニ旅は心の中をとてもきれいに

楽しくしてくれました。

 時間いっぱい遊んで、遊び疲れた体に楽しい夕食、つい箸が進んでしまいます。

お目当ての温泉は午前二時まで源泉かけ流し、部屋のお風呂も温泉という嬉しさ。
 
 せせらぎの聞こえる部屋で子供たちと久しぶりの語らい。まあ喋っているのは

私だけのようですが。

 夜が更けても興奮気味の私はなかなか寝付かれません。

 幸せなのですよね私。心の中でそっと夫に語りかけます。


 二日目の箱根も快晴、若葉は緑色に輝き、空はあくまでも青い、楽しい旅は

 必ず嬉しい思い出を連れてきてくれるのです。


 私の東京でのゴールデンウイークも半分終わりました。さて後半は 乞うご期待。


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桜 さくら サクラ [エッセイ]

 このところ朝は体調イマイチで、食欲もないし元気もありません。

その上春爛漫の四月というのに毎日雨が降ったり止んだり憂鬱この上ないのです。

 でも今日は違います。いつもより早く起きだして珍しいお日様の顔を見てにんまり。

 そうです。今日はお花見ドライブに出かけるのです。

 昨夕珍しい人から電話が入りました。

「突然だけど明日はお天気良さそうだからお花見に行きませんか。明日を逃したら

もう今年は桜見られないと思うから。」

 声の主は私の若い友人、十余年も前に我が家を本格的にリホームした時の担当者

Мさん。

 見積りから最終完成までお世話になりました。

私たちの希望を聞いて、フローリングの木目や色、建具、照明器具など三人で展示場

などへ出かけて納得のいくまでお付き合いしてくれて、思う通りの家が出来ました。

とにかく若いのにてきぱきと仕事は完璧で、人柄も見た目も文句のない女性です。

 こうなると私たち夫婦が考えることは同じだったみたいで、一人っ子だと聞いた時は

「ご両親県外へはださないよね。」「貴女は東京好き?」「彼はいるの」しかしМさんの

年齢が思ったより若いことが判明し、私たちの妄想は残念ながら立ち消えとなりました。

 工事が終わるまでの約五か月Мさんも私たちのことを気に入って下さって、とても

好い人間関係を持つことが出来ました。

 工事が終わってからも「不具合はないですか」と電話が来たり近所まで来たのでと

立ち寄ってくれたり、優しい心遣いを本当に嬉しく思っていました。

 その後Мさんは結婚退職されました。でも二年ほどしてまた復職しましたと知らせが

ありました。

 数年後夫が亡くなった後暫らくして、知らなくてごめんなさいと、きれいなお花を

持ってお参りに来て下さったこともありました。

 昨年久し振りに偶然出会って懐かしさに話が弾みました。

「あんなに優しい旦那様だったのにお一人で寂しいでしょうね」Мさんは言いました。

「何か私にできることないですか」

  私はその心根の優しさに、お気持ちだけで嬉しいと答えました。


 十一時すぎМさんが颯爽と大きな車でやってきました。

「有難うね。私なんかと行くより旦那様かお友だちと行ったほうが楽しいでしょうに」

「はい、それもいいけど私この前お会いした時から考えてはいたのですよ。桜が咲いたら

danさんをお誘いしょうと。もっと早く気がつけばよかったのに。」

 行く先は旦那様が見つけて教えてくれたとか。いい方と結婚されたのだと私は安心して

見知らぬ旦那様にも有難うと心の中で呟きました。

 少し遠出になりますとのこと望むところです。

 市内の堀端の桜並木も、城山の中腹に点在する桜も満開で本当にきれいです。

 郊外に続く道路から見える川にそった公園の桜も見事でつい歓声をあげてしまう私。

久し振りのことでで話すことはいっぱいあるのに私のお喋りも止まりがち。

 遠くに高い山の峰が見えて少しづつ山道に入ります。ここが通称桜三里です。

くねくねと曲がりくねった道、高速道路が出来て交通量が半減した国道ですが、桜の

季節は別です。道を廻る度に桜の古木が次々に現れてそれも満開。目の下の谷川にも桜。

 ここは夫の実家に続く道でもあり、私にとっては一入の思いがあります。

二、三十分のこの道があっという間だっだような気がしました。

 目的地に到着しました。ここは個人所有の山だそうですが、地主さんのご厚意で桜の

季節には一般に開放されて、知る人ぞ知る桜の名所だということです。

 本当に全山桜と言いたいほど見事でした。風に散る花びらは吹雪というほどでもなく

それでも風情があり、平日ということもあって人も少なく静かでした。

 私たちはここでお弁当を食べました。デパートでМさんが買ってきて下さった花見弁当。

 好き嫌いの激しい私のために彼女が気を使ってくれたのが一目でわかりました。

遠くの山は春霞の中、真っ青の空とその空を隠すように満開の桜の白い花。そして時に

行き過ぎる春風の心地よさ。まさに至福の時でした。

 ここで食べたお弁当が美味しかったことは言うまでもありません。

 「ああ今日は楽しかったよ。私生きていてよかった。有難うね。」大げさでなく私は

心の底からそう思いました。

 「そんなに喜んでいただいて嬉しいです。私も楽しかったですよ。また来年も桜見に

いきましょうね。」

 Мさんの笑顔から優しさが伝わってきて、うるうると。私も年とったなあ....実感。

 帰りはすいすい。峠で見つけた喫茶店で一休み、美味しいコーヒーを頂きました。

 我が家に着いたのは四時過ぎ。ああなんと楽しい嬉しい今日一日。

 又会いましょう。手を振って帰って行くМさんの車が見えなくなってもそこに立ち

尽くして、いつまでも桜の余韻に浸っていたい私でした。

 夜になって夫にいつものお参りは少し長くなってしまいました。

私のお花見の報告が嬉しくて、ついそうなったに相違ありません。

「ああぼくも一緒に行きたかったなあ。Мさんの奥様振りも見たかったなあ。そして

いっぱいいっぱいお礼も言いたかったなあ。」

 私には夫の声がはっきりと聞こえたように思えました。

 今夜はもしかして満開の桜に誘われて.....。

 


  

 

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面影草  終章 [短編]

 川岸の桜並木の花は蕾の先か゛膨らんで紅色が覗きかけいる。
水の流れは清らかな早春の日差しをいっぱいに流れている。
遥かな山の頂には、うっすらと残雪が見え、どこからか小鳥の囀りが聞こえる。
 まだ冷たい川風に頬をつつかれて我に返った。
 私はこの川原のベンチにどれ位座っていたのだろう。

 老後を楽しく思うままに....という私たち夫婦やり方で自分流を満喫していた。
二人とも元気でまだまだ若いと思っていた。
 でも彼が生まれて初めての病に倒れた。それと気づかぬまま検査を受けた時には
もうなす術もなかった。
 だから苦しい検査も治療も何ひとつしなかった。
 彼は私の前では決して泣き言は言わなかった。いつも大丈夫そうな顔をして
逆に私を励ましてくれた。
 一か月で退院して自宅療養となった時も、気分のいい日は庭で簡単な剪定の仕方を
教えてくれたり、うどんの出汁を作ったり、私に看病という実感はなかった。
 私のしたことは、毎日の食事を心を込めて作ることだけだった。
 二人ですごした最後のあの大切な日々、もっと彼のために為すべきことがあったの
ではないか、今も私の心の底にその思いはずっと重く悲しく沈んでいる。

 その朝少ししんどいと言うので、急いできてくれた弟の車に自分で歩いて乗った。
そしてそのまま入院して様子を見ることになり、緊急事態ではなくてほっとした。

 その明け方先生も予測できないまま、突然彼は本当に安らかに旅立ってしまった。

 あの時彼の手をしっかり握っていた最後の別れから、私は一滴の涙も流していない。
いや涙は出なかった。人は本当に悲しい時、涙は出ないものだと身をもって知った。
 彼が逝って半年も過ぎた頃朝のお参りをして、何気なく彼の写真を見た時突然涙が
溢れた。
 少し笑っているあの眼差し。彼に関わった半世紀近く私は満足していた。
でも彼は.....私は彼の望んだような妻だったろうか。
 いいえ我儘で意地っ張りで、ちっとも優しくなかった。
私は後悔の念に苛まれた。今更もう遅いのに。
 彼がいなくなって初めて出た涙。止まらなかった。それから毎日泣いた。涙って
どの位あるのだろうと本気で考えた。
 食事もしない、眠れない、どこに居ても何を見ても彼の姿がついてくる。
 ある日ふと思った。彼が今の私のこんな姿を見て喜ぶだろうか。悲しいに違いない
どんなに心配しているだろう。

 私はうつ病の一歩手前で踏み止まった。
子供たちや兄弟、友人たちの励ましに支えられて少しづつ自分を取り戻していった。

 春が何度も巡った。
 毎朝一番に大きな声で挨拶をする「おはよう!」彼はいつもにこにこ現れる。

 遠い遠い日初めて二人がデートしたあの川原に座っている。
町の様子はすっかり変わった。でも自然は昔のままここにある。
 そして彼もあの日よりは少し年を取ったけれど、今確かに私の隣に座っている。
 「絶対に待っていてね。もうすぐ会えるから」

 淡い青い春の空、桜の花が川岸を桜色染める頃、私又ここに立っているのだろう。

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名のみの春に danの繰り言 [エッセイ]

 テレビニュースで桜の開花が例年より遅いと告げています。

そうですね。そこまで来たと思った春が足踏みを続けています。晴れた日と

そうでない日。朝晩と日中の寒暖の差の激しいこと。

 そんな中で昨日は珍しく朝から暖かい日差しが降り注ぎ、なんだか浮き浮き

していました。

 そして突然庭の雑草引きを思いつきました。取りあえずは気になっていた玄関

周り。椿のしたに青々と柔らかな雑草が生えています。今はきれいだと思える位。

でもこれが成長すると手がつけられなくなってしまいます。

 移植ごてと小さな鍬、こんな道具はなくても前日の雨で簡単に手で引けると...。

しゃがみこんで一時間半、思ったより面倒くさくて、しんどくて、腰まで痛くなり

ました。最初は鼻歌など歌っていたのに、すぐに嫌になりどうして私がこんなこと

しないといけないの。好きでもないのにと不満で頭がいっぱいになりました。

 それにご近所の誰かに見られたら、きっと腰を抜かすくらい驚いて言うに違いない

「あれぇ どういう風の吹き回し嵐になるから止めて」

 そう、そのくらい私のノラは自他ともに認めるところなのです。

あともう少し反対側が残ったけれど、今日はこれで終わり。もう無理です。

 思ったより汚れた手と顔を洗い服も着替えました。熱い紅茶を入れてのんびりと。

リビングから庭の椿がみえます。小さな赤い花我が家の椿の中で一番目立たない木。

梅やさくらんぼが散って、庭が寂しくなったころ咲くのも一番最後、

 今日はその花が愛おしく思われました。

 一休みするとじわっと満足感がわいてきました。嫌々の作業だったのになんだか

元気が出てきました。何かをやり遂げた充足感なのでしょうか。

 そして時間があれば庭にいた夫のことを思いました。その気持が少し分かった

気がしました。好きなことやっていたのだもの。


 先日来珍しく続けざまに来客がありました。団地自治会の方々、初めての知人。

私はこの人と思う人ならすぐ上にあげてコーヒーなど一緒に飲みたい人なのです。

 そしてテーブルの花や、部屋の調度品、絵や置物、コーヒーカップなどに適当に

興味を示す人と気が合いそうな気がするのです。

 いつも来る友だちはそういう人ばかりなので、今までこういうことを考えたこと

がありませんでした。

 ところが先日の来客はみなさんこういうことに無関心のようでした。

前日に友が届けてくれた白木蓮の花を大ぶりの花瓶いっぱいに活けて、リビングには

その甘い香りが漂っていたのに。

 それぞれ小一時間話して帰られました。

 何に関心がなくてもあの白木蓮をみてきれいだと思わない人なんているのかしらと

しばらく考え込みました。

 私の考え過ぎか、人はそれぞれなのだから、色々な人がいるよなあ。と思ったり。

 「ああ好い香りですね。美しい花ですね。」みなさん思ったけど口に出さなかった

だけなのかもしれません。

 そして私の友人たちはなんて情緒あふれる人ばかりなんだろうと嬉しくなりました。

 私が草引きなどしたせいでしょうか、今日も肌寒い曇り空で春の気配はありません。







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