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木枯らし一号が吹いた日 [短編]


 東京で木枯らし一号が吹いたと言う。
この街でも今朝の風の音は、なんだか冬の気配がする。
 美奈子は朝の家事を一通り済ませるとソファに座りこんで、一日の予定を考える
のが習いとなっていた。午後の買い物そして.....。それしか浮かばない。夫と二人
の生活では大した用事もある訳がない。
 美奈子が出かけるのは十年以上も続いているカルチャーセンターの文学講座だけ
それも週一回。時々は友人と食事やショッピングにも出かける。
 新聞を丁寧に読んでもまだ十時半、窓の外には晩秋の日射しに庭の木々の葉が
少し強い風にさやいでいるのが、カーテン越しに見える。
「一寸出かけてくるよ。今日は楽々園へハーモニカ演奏のボランティアだから。」
 夫は元気に出かけて行った。彼は定年退職後は、今までやりたかった様々なこと
に没頭して、楽しい毎日を過ごしているように見えた。
 時には美奈子と連れだって食事をしたり、季節の花を見に行ったり、付かず離れ
ずの二人の生活は快適だった。
 美奈子はテーブルの上の葉書を手に取った。昔の仕事仲間で作っているОB会の
今年の案内状だ。
 半世紀も前に青春を共に過ごした友の誰かが、もう皆年をとって暇になったのだ
から、時々会って話しましょうと言いだして十、四五年程前に女子だけの同総会の
ようなものが出来た。
 初回は遠くに嫁いでいる人もやってきて、三十余人も出席して盛り上がった。
しばらくは一年に一回のことだからと、親の介護中の人たちも、息抜きになると無理
をして参加した。
 それがこの頃では夫の介護や自分の病気などで、出席者が減ってしまった。
でも同じ市内にいても滅多に会うこともないからと会は細々と続いていた。
 美奈子は出席しょうと決めた。そして遠い遠い昔、職場で溌剌と働いていた若い
頃の日々に思いを馳せた。
 突然Kの顔が浮かんだ。全く唐突にである。彼は取リ引会社の人だったが、その
仕事ぶりや、真面目な人柄で女子社員たちに人気があった。
 美奈子も素敵な人だとは思っていたが、特別に関心がある訳でもなかった。
 二年ほどが過ぎ木枯らしが吹き始めたあの日、美奈子にKから付き合って欲しい
という旨の手紙が届いた。
 思ってもみなかった出来ごとに驚いたが美奈子にはすでに婚約者がいた。
 彼女はすぐにKに会って事情を話した。
「僕の入る余地はないですよね。毎日のように会っていながら、早く自分の気持ちを
伝えるべきだった.....」と彼は残念そうに美奈子をみやった。

 美奈子は懐かしい追憶から覚めて、ふと彼は元気でいるのだろうかと思った。
 長男の中学の入学式で偶然Kに出会ったことがあった。お互いに少し近況を話し
て別れた。それ以来の消息は知る由もない。
 電話をしてみようか。突然不思議な感情がこみあげて来た。

 どうしょうかと考えているうちに一週間が過ぎた。
その日美奈子は思い切って受話器をとった。呼び出し音が六回鳴って
「もしもし」
と弱々しい年配の女性の声がした。美奈子は一瞬胸の高鳴りを感じたが
「Kさんのお宅でしょうか」
「.......。」
「もしもし」
別の女性の声がした。美奈子は名前を名乗りKさんの昔の友人です。Kさんは
お元気でしょうか。と聞き旧姓も伝えた。
「私は手伝いの者ですが、お元気ですよ。少しお待ち下さい」
五、六分がひどく長い時間に感じた。
「もしもし」
聞き覚えのある声がした。美奈子は思わず
「覚えていますか?」
「覚えていますとも.....」
Kは力を込めてそう言った。
「電話だと聞いた時は突然で驚きました。随分久しぶりですね。お元気でしたか。
僕は今日は少し体調が悪くて横になっていたんですよ。でも今貴女の声を聞いて
元気がでてきました。」
 Kは突然の美奈子の電話を訝る風もなく、ただただ懐かしそうだった。
「お元気そうでよかったです。」という美奈子に応えて
「実はずっと元気で飛びまわっていたのに、今年の初めに体調を崩して、それか
ら次々とあちこちが悪くなって、今は週三回透析に通っているんです。一回の治
療に四時間もかかるんで大変なんです。」
 Kはさらりと言ったが美奈子は胸が痛んだ。そんな大変な彼に自分の思いつき
だけで電話したことを後悔した。返す言葉が見つからなかった。
「何も知らないでごめんなさい。」泣きそうな声になった。
「僕は嬉しかったですよ。何の楽しみもない毎日だから、また話しましょう有難う」
一つ年上の妻は認知症が進んで、今はお手伝いさんの手を借りているという。
 峰子は年月の残酷さを感じた。みんな年をとった。そしていつまでも元気でいら
れる保証なんて何もないのだ。
 五歳年上のKのことも思いやらず、若い日の感傷だけで彼に電話をしてしまった
ことを深く反省した。
 それでも生きていてくれてよかった。そしてほんの一時でも彼を癒すことが出来た
と思いたかったが、何故か胸の奥に重たいものが引っかかったままだった。

 美奈子は紅茶を熱めに入れた。レモンの香りが辺りにかすかに漂った。
窓の外の木々を揺らす少し強い風を、ソファに沈み込んだまま彼女はぼんやりと
見つめていた。


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秋色の真ん中で

 なんと青い空、洗濯干すのを一瞬忘れて空を眺めました。

青一色雲一つなくてほのかに木犀の香りが漂ってきます。秋だなあ。

 朝の仕事が終わって一息ついた十時半頃娘からメールが来ました。

毎日何らかの連絡はあるけれど大抵夜のこと。開けてびっくり、急な出張で岡山へ

行くのだけど今夜帰るよ....。折角だから土日、月曜も休暇とったから少しのんびり

出来ると言う。

 私頭の整理に少しかかったけれどひらめいた。それなら丁度真ん中あたりの街に

夫の関わった宿泊施設がある。そこの温泉で落ち合ってのんびりしょう。

 それから私はフル活動、明日の団地のレク参加の取り消し、ちょっとした旅支度。

時刻表をみて、バスと電車を決める。そして昼食もとらなくては。ああ忙しい。

 メールが来てから三時間後、一時二十六分には上りの予讃線に乗っていました。

 窓から見える真っ青の空、沖縄の海かと見まがうぼどの瀬戸内海の美しい水色。

小さな島影も秋色に溶け込んで、私にとっては懐かしい懐かしい路線なのです。

 この沿線に夫の実家があり、新婚の私たちが住んだ街があり、そして離れ住んで

いた結婚前の私たちが、切ない別れを繰り返した駅があるのです。

 窓の外を見やりつつ、大昔に思いを馳せる私は、とても幸せでした。

 そして娘と二カ月ぶりの再会です。

 街は丁度秋祭りで絢爛豪華な太鼓台を初めて見た彼女は感激しきりでした。

 娘はここに来るのは初めてで、私はこの時とばかりに色々話して聞かせました。

 ここは夫にとって思い出の職場で、若い時初めて単身赴任した場所です。ここに

四年間いました。そして最後の任地がまたここだったのです。

 初めて二人で来た時は建物も古くて職員住宅も粗末なものでした。こんな所に

一人残して帰るのが嫌だと思ったことも思いだしました。

 あの頃演歌の「さざんかの宿」がヒット中で、ここに山茶花の散歩道を作ってお客を

呼ぼうと職員の方たちが張り切っていました。

宿泊記念に山茶花の苗を買って植樹して頂き、名前を書いた木札立てました。

職員たちは率先して協力しました。私も夫と参加しました。

 今回それを思い出して訪ねてみました。低く刈りこまれ、まだ花は咲いてなかった

けれど、三十年近い時を経て素敵な散歩道が昔のままにあり、植樹した人たちの

名前が書かれた看板の中に自分たちの名前を見つけて、興奮気味の私に娘が笑

っていました。

 ああ夫と二人で見たかった。花が咲く頃又来たいとつい思ってしまいました。

 二度目に来た時は建物も新しく天然温泉も出来、職員住宅も立派なものでした。

ここで最後の二年間、夫は責任者として職務を全うして、長いサラリーマン生活

を終えたのです。

 もうあの頃の職員の方などいるはずもないけれど、施設のあちこちで、夫に

あったような気がして大満足の私でした。

 それなのにもっと凄い贈り物を見つけてしまいました。部屋は五階で、大きな

ガラス窓は百八十度の視界いっぱいに瀬戸の海が見え、そこに今まさに大きな

大きな夕陽が真っ赤に燃えて落ちて行くところでした。

 「うわあーきれい! 」この一言以外二人とも言葉もありませんでした。海はきら

きらと金色に輝き、やがて神秘的な茜色に染まっ行きました。「だるま夕陽じゃ

ない?」二人が同時に言いました。テレビでは見たことがあったけど実物をみる

のは初めてでした。

 だるま夕日は秋から冬にかけて大気と海水の温度差が大きい日に、海面の

暖かい空気の上に冷たい空気が重なり、光が屈折するため海面からもうひと

つの太陽が顔を出し沈み行く太陽とくっついたように見えるのだそうです。

 ああしばらくは夢の国にいたような気持ちでした。

この感動の余韻をそのままに温泉で手足をのばし、ご馳走を食べてご機嫌の

私たちでした。

 次の日も快晴、懐かしい気持ちを大切に思い出の場所を後にしました。

突然にやってきた嬉しい出来ごと。

 娘は何も言わないけれど足を延ばして帰ってくれた。病後の私の様子を見にきて

くれたのだと、彼女の気持ちを本当に嬉しく思いました。

 家に帰ってからは、お墓参りをしただけで、散歩をしたり喋ったり二人でごろごろ

していました。

 娘が東京に帰って一人になっても何ともなかったのに、日暮れ時急に寂しくなって

切ない。

ああ年のせいかなあ。病後で気が弱っているのかなあ。

 いやいやすっかり元気になったのだから、もっとしっかりしなくてはと自分を励まし

ています。

 今年の年末はいつもより早く東京へ行こうかなあ。ほほほほ。














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眠れぬ夜に [エッセイ]

 また寂しい秋の始まりです。

 空の色はあくまで青く澄んで、散らばるうろこ雲は少し切なげです。

 月は十五夜 十六夜 立待月 半月 夜毎に色や姿を変えて私を楽しませて

くれます。

 一人で眺める月がどんなに寂しく切ないか夫は知っていたのかなあ、恨めしい

気持ちがむくむく湧いてきて、また色々と考えてしまいます。

 秋の思い出はいっぱい、せめてそれらをなぞりつつ目を閉じると、余計に目が

冴えてしまいます。

 十月生まれの夫は秋が大好きで、秋の野の花々が好きで散歩から帰ると玄関

トイレの一輪挿しに、摘んできた花が入れてありました。

 私はああ可愛いなあと思いながら見るだけの人でした。

 夫は退職して沢山の趣味に取り組み、毎日忙しくしていても、晴れ渡った秋の

日は二人でよく車で出かけました。

 写真が趣味の夫とはこういう時はすぐ意見が一致して、すすきの高原や紅葉

美しい渓谷や稲穂が揺れる棚田や小さな滝やダム湖まで。

 若い時から旅が好きで、時間を見つけては家族で、子供たちが成人してからは

二人でよく出かけました。

 これらは今はかけがえのない思い出として私の胸の中にいっぱいあります。

 夫は自分の思うように勢いっぱい生き切ったと、私もこの頃やっとそう思えるよう

になりました。

 六十歳を過ぎた頃からの彼の口癖「七十歳まで生きたら充分」それを聞くと私は

何だか嫌な感じがしてよく言っていました。

 「元気でいま悪いところもないのにどうしてそんなこと言うの。お義父さんは九十

四才で亡くなったし、お義母さんは九十才でお元気なのに」
 
 内心むかむかしながら何度か問答したものです。

 私は夫とい人生を送って来たと思っていたし、健康なら老後は二人で長生きし

たいと心の中では思っていたけれど、それを言葉にしたことはありませんでした。

 今年の夏義母は百六才で天寿を全うしました。

 もうすぐ夫の八十才の誕生日です。彼が逝って早八年の月日が流れたことに

なります。

 これから先私は一人でどのように生きるのでしょう。

 虫の声すだく秋の夜長、ますます眠れそうにありません。



 
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