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残りの菊 [短編]

 駅舎も街の様子もすっかり変わっていたが、駅前広場の大きな銀杏の木に
見覚えがあった。
 
菊乃が初めて裕介の実家を訪ねた日、もう四十数年も前のことだ。
 生涯の伴侶として両親に紹介したいと言ってくれた時、菊乃は信じられなかった。
 裕介と付き合って二年、彼を知るほどにその人柄にどんどん惹かれていった菊乃
だったが、ある時彼が由緒ある旧家の一人息子だと知り、自身のなかでは結婚のこ
とは考えないようにしてきた。
 菊乃は地方の平凡な共働きの両親と女四人の姉妹で、わいわいと育ってきたか
ら、古い考えかもしれないが、いわゆる、釣り合わない家との結婚の不幸をつい思
ってしまった。
かといってすぐに裕介と別れる決心もつかぬまま今日まで来た。
 菊乃が母にせがまれて両親に裕介を会わせた時も友人として.....のつもりだった。
両親は勿論裕介を一目で気にいってくれ、これから先は女性として幸せになって欲
しいとそう言った。
 裕介の実家は東京の郊外にあり、当時は大きなビルもない小さな街だったが先祖
代々の立派な屋敷を構えていた。
 菊乃は裕介に半ば強引に結婚の約束をさせられ、嬉しいけれど夢心地でおずお
ずと彼について行ったあの日。
 門から玄関へと続く敷石道の両側に広がる庭園の、大きな木や灌木の間から射
してくる木漏れ日が、菊乃には神々しくさえ思えた。
 そしてその下にしっとりと咲く、色とりどりの小さな菊の花に気が付いた時菊乃は
つい我を忘れて、「裕介」さん!と大きな声をあげた。「見て見てなんてきれいな花、
いつもこんな風なの、私の大好きな菊の花。」言いながら気がついて菊乃は声を
潜めた。どっと冷や汗が出た。
 裕介は笑って「いつも咲いていたのかなあ。気が付かなかったけれど」とそれでも
嬉しそうに「菊さんの気に入ってよかった」と呟いた。
 この日の光景は菊乃にとって終生忘れられないものとなった。
 裕介の両親は、快く菊乃を迎えてくれた。想像していたよりは堅苦しくなくて菊乃
はなんだかほっとした。
 裕介がどのように両親を説得したか知るよしもなかったが、旧家の一人息子に迎
える嫁だなどと構えて詮索する気は毛頭ないように見えた。
 当時父親は長らく勤めた県会議員を引退して、家業の建設業に専念しているとの
ことだったが、その後を継ぐことを強要するでもなく、若いものは自由にしたらいいと
快く二人の結婚を認めてくれた。
 この日、穏やかな笑顔を終始絶やさなかった母が、帰り際に菊乃に言った言葉が
今でも菊乃の耳の底にはっきり残っている。
「菊乃さん、裕介のことよろしくお願いしますね。ああ見えて彼は無口で気難しくて
案外細かい神経の持ち主なの。自分が望んでいることでも決して強要しない。相手
が自分で気が付いてやってくれるのが最高だと思っています。あなたも長い付き合い
でよく分かっていると思うのに、こんなこと言ってごめんなさいね。でも裕介がこんな
素敵な伴侶を見つけてくれたこと本当に嬉しいと思っています。有難うね。」
 母はそう言って菊乃の手をしっかりしっかり握りしめた。
菊乃は胸の奥底から突き上げてくるような嬉しさと感動で、何度も何度も頷いた。

 裕介と菊乃は東京で家庭を持ち三人の子供を育て送りだし、また元の二人だけの
静かな生活に戻った。
 裕介の両親は家業を父の弟に譲ってからは、よく二人でやってきて裕介一家と楽
しい数日を過ごした。裕介たちも子供が成人するまでは、田舎の祖父母を訪ねて幸
せな長い年月が流れた。
 大病もせず二人で余生を送っていた両親も八十半ばを過ぎて、合い次いでこの世
を去った。
 裕介も出版社を勤め上げ菊乃と二人の穏やかな数年が過ぎた時、突然の病に倒
れあっという間に逝ってしまった。
 みんないなくなった。
 子供や孫たちに支えられて頑張って来た菊乃も、十年余り経った今は少し落ち着
いた日々の中で、ふと裕介の故郷を訪ねてみる気になった。

 家を継いだ叔父が亡くなった後家業を継ぐ人もなく、屋敷も田畑も人手に渡ったと
聞いていた。

 駅からゆっくり歩いて三十分菊乃は見覚えのある屋敷あとに着いた。
敷地とわかる低い仕切りはあるものの裕介の実家は跡かたもなく消えて、荒れ果て
た庭の木々や灌木の間を秋風が渡っていた。
 何気なく道路に面した所の朽ちかけた木の柵に目をとめた菊乃は、あっと声を上げ
そうになった。
クモの巣の張った柵の向こうに、黄色い小菊が風に揺れているではないか。
菊乃は思わず走り寄った。よく見ると、白やえんじ色の花ある。
 この家の主が作った菊花園の名残ででもあろうか。
 菊乃は日暮れて少し冷たくなった風にも気づかぬように、その風に揺れる菊の花を
眺めていつまでもそこに立ちつくしていた。



  

 

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大東京のど真ん中で [随筆]

 晩秋の東京もいいかなあ。なんて口走ったばっかりに、今年は早く凄ーく早に

東京へきてしまいました。

 そしてもう立冬、昨日は冬を思わせる雨が終日降りました。

今回は越年しての長逗留になるかもと言うことで、久し振りに娘の家に転がり

こんでいます。

 ここは新宿、マンションの窓から都庁舎が見えて、東京!!を実感しています。

 娘も旦那様も仕事にでかけると、私は一人ぼっちと言いたいところですが、

いい友だちが遊んでくれます。可愛い?三毛のみーやん。名前は愛敬がある

のですが、これがまた気位の高い十三才のおばさま。

 闖入者の私を注意深く遠目から観察して、目が会うとフーッと威嚇されます。

一週間たったこの頃やっと二人だけの時はそろりと近くに寄って来るのでまだ

さわらせては貰えないけれど随分友好的にはなりました。あと少し....。

 私は犬派だけど猫も嫌いではありません。これからは仲良くしなくては。

 お天気のいい日はおっかなびっくり近くを探検し始めております。

さてこの大都会で田舎のばあさん、どんな毎日を過ごすのでしょう。

 とりあえずはデパート巡りからはじめましょうか。

 少しわくわくしています。
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