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旅に出ます!

 空模様をずっと伺っていました。

この所の安定しないお天気にいらいらしそうな毎日です。

でもつつじの赤紫のつぼみが開き始め、ピンクに赤が愛らしいつつじも咲きました。

そしてさくらんぼの青い実が少しづつ柔らかな黄緑に変わりつつあります。

 いよいよ風薫る五月の到来です。

 熊本や大分の地震被害に心を痛めつつ、それでも季節は確実に巡り行きます。

 少しでもお日様が顔を見せる時間が長い日に、旅にでるつもりです。

行く先? は足の向くまま。

 そう若い時は旅好きの二人で、夜のうちに相談がまとまり翌朝飛び出したことも

ありました。お金なんてなかったのに、計画だけは怠らなくてすぐ間にあいました。

 一人のそれも年とってばばちゃんの今ふふふ、行く先なんて他にない。

 とにかくコールデンウイーク、一人しょんぼりなんてまっぴらです。

 今回は行きたいところが沢山、体調もまあまあなので楽しく過ごしてくるつもりです。

 一人で楽しんでばかりでごめん。心の中で小さい声で二人分ね....。

  真っ青の空に白い飛行機雲、山並みは遥かに霞み、海は光っていますように。
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白山吹の花の向こうに [随筆]

 ことしも白山吹の花が風にゆれて、こんな晴天の日には一際その白い花びらを

美しいと感じてしまいます。

 朝から何となく寂しくて少し落ち込んでいるのです。

 昨年の病気から早くも一年。すっかり元気になったのに、ただひとつ元通りに

ならないことがあります。気力.....あれほど元気印だったのに涙もろくなり、今まで

気にもかけなかったことにどーんと落ち込み、寂しがりやになり、明るくて男らしい

のが取り柄と自他ともに認めていた私か゜とても女らしくなってしまいました。

 鬱? それはない。

 ところがふと思い出した、入院した日が結婚記念日だったことを。前日お花をもって

お墓参りに行った時、「すぐ来て欲しいなら喜んで側に行くよ。でももう少し待ってくれ

るならそれもいい。貴方の考えにしたがいます。」私は長いことお祈りしました。

 入院中苦痛もなく、退院後に飲む薬もなく一応元気で帰ってきました。そして思った。

もう少し待ってくれることになったのだと。

 そして一年後の今、病気記念日のことばかり考えていて、結婚記念日のことはすっ

かり忘れていました。

 思いだすと懐かしく、ここ数日夢の中をさまよいずっとずっと昔に帰っていた私です。

 色とりどりのテープと蛍の光のメロディーに送られて、ゆっくり港を離れた新造船。

 青い空と藍色の日本海が美しくてただただ歩いた鳥取砂丘。

 城崎の円山川にかかる石橋に映えていた柳並木の若緑にうっとり。

 バスでガタガタ中国山地を越え、二人だけで登った人形峠。

雑木林を渡る風の音と、足元にはまだ深い雪が残っていた。はるかに望む伯耆大山

の雄姿を声もなく眺めました。自然の雄大さについ静かな二人でした。

 ふもとの奥津温泉は川岸に桜の花が満開で、優しく二人を待っていてくれました。

 明るい岡山の後楽園に親友のМさんが迎えてくれて、一年振りの再会は嬉しくて

忘れられません。

 もう五十六年も前のことを、こんなに鮮明に思い出したこともありませんでした。

 今私の思うことはたったひとつ、二人で思い出したかったと。

彼はきっと思っています。「馬鹿な夢見る夢子さんの妄想が始まった...」.と。

 私が落ち込んでいるのはそう、現実の世界に戻ったからでしょう。

 でもここに綴ったことで元気か゛でました。少しは照れくさいのを我慢しています。

 


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さくら追想 [随筆]

 今朝方からの春の嵐が、満開の桜の花を散らせてしまうのではと、心穏やかでは

ありません。

 雨もかなり降っていて、日曜日に見た桜並木を思い浮かべあの日行ってよかったと。

午後から雨の予報でしたが「それまでに行ってみよう」と弟夫婦がやって来たのでした。

花見に行こう! などと一人叫んでいた私ですが、それぞれの事情で手を上げる友もなく

しょんぼり、がっかり今年も近場へ一人で行ってみようかと思っていたところでした。

 花見弁当をスーパーで買って、どこへというあてもなく車で桜を探しつつ走るのです。

 夫がいた時は毎年四人で花の季節を楽しみました。海沿いの公園。山の上の一本桜。

エメラルドの海を道連れに、しまなみ海道を渡り尾道の千光寺の桜を堪能したことも。

 みんな六十代でまだまだ元気でした。全く思いつきで晴天の日を選んででかけました。

先日も車の中でその話になりお義兄さんが元気だったら、まだまだ続けられたのにと義妹

が残念そうに呟きました。

 私の頭の中に家族で行ったあちらこちらの花見の光景が浮かんできました。

 でも一番忘れられないのは、私たちの結婚の承諾を得るために夫がわが家へ来た日。

三年近く私たち二人を見ていた父母だから、反対されることはないと思いながらも不安で

特に私は、その場にいないと駄目?などと弱気なことを言って夫に睨まれたものです。

首尾は上々あっけないほどで両親の笑顔は今でもはっきりと思いだせます。

 私たちは春真っ盛りの郊外の公園に向かいました。この嬉しさをどうしたらいいのか、

歩いて歩いて、今思うとあんなに遠くまで六、七キロはあったはずです。

 桜の名所ではあったけれど、知る人ぞ知るで桜の木の下に人影はなく、なだらかな

斜面に並んだ桜の若木には、まだ初々しく見えるほのかな薄いピンクの花がゆるゆると

春の風に揺れていました。斜面を下ると優しい青い水を湛えた三つの池があり、岸辺

にも桜の木が数本花は満開でした。

 ここで二人でいっぱい写真を撮りました。今その写真を見てはあの日のことを懐かしく

思いだすのですが、あの桜の記憶以外、私何も思い出せないのです。

お弁当もお茶も、飴玉ひとつも持ってなかった飲まず食わずの二人が何を話をしたのか、

あの斜面の細長い石に長いこと二人で座っていたのに。きっと幸せすぎたのです。

 
 あの日から五十七年の月日が流れました。

今一人になった私が近場で花見をしょうか....と毎年見にいく桜の名所、こここそ昔二人が

訪ねたあの場所なのです。

 結婚して四年後私たちの家が出来ました。分譲地を決めたときこの土地に不思議な縁を

感じました。あの日、数年後にこの思い出の桜の近くに住むことになるなんて、思っても

みなかった二人です。

子供たちが小さかったころはお弁当を作ってよく出かけました。団地の毎年の花見もここで

楽しみました。 

 長い時が往き今はあの若木が大木となって枝を広げ花を咲かせ、紺碧の空をさえ隠して

しまいそうです。花見の季節には人の姿が絶えません。

 桜の花の美しさ清らかさ優しさは、季節が巡るたびに人々の心に懐かしい思い出を紡いで

いくのでしょう。
 



 
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