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面影草  3

 ガラス窓をたたく雨の音。
私はさっきから机の上に拡げたものを睨みつけている。
夕食の後母に「見るだけでもいいから」と手渡された。大体の想像はついていた。
 こういう話を嫌がる私に、うむを言わせぬというような母の強い意思が見えた。

目の前の「写真」と「釣書」。話には聞いてはいたが、初めてみる類のものだ。
 写真の人はきりっと男らしく誠実そうだ。大学職業も私には勿体ないくらいだ。
 私は今まで結婚ということを真剣にかんがえたことがなかった。
まだ二十歳、弟が三人もいることで、経済的には無理だと自分の考えて゛大学は
断念した。
 でも学びたいことが心にあって、いつか叶えたいと仕事をしながら大学の講座
文化講演会などによく出かけた。

 そこで彼と出会った。そしてこの頃ではその彼と一緒にいる時を幸せに思って
いる自分に気がついていた。

 お見合い....断る理由をみつけなければ.....。そして見つけた。思わず笑った。
年齢二十八歳。嫌だ! これだけで充分。八歳も年上のジイサンに関心はない。

 私は意気揚々と母の部屋に飛んでいった。
「この話はなかったことに。」丁寧に頭を下げた。
「私には勿体ないくらいのお相手だけど残念! 年齢だけは駄目。私は三歳差が
限度よ。同じ時代を生きた人でないと話が合わないよ。だって私が生まれた時に
相手はもう学校に行っているのよ。遊んだ玩具、読んだ本、聴いたラジオだって
違うでしょう。」
 私は一気にまくしたてた。多少のこじ付けは承知の上で母を睨んだ。
母は目を見開いたまま呆気にとられて何も言わなかった。
 それまでそこに父がいたことにも私は気がつかなかった。自分のことだけで
回りが見えなかったことがとても恥ずかしかった。でも必死だったのだ。
「元気だねええらい興奮して、少し落ち着きなさい。年の差だって?他愛ないけど
考えてみると案外大切なことかもしれないね。まあ母さん、そう焦る年でもないし
この子は言い出したら聞かないよ。」
 父はそう言って母に笑いかけ、優しい目で私を見た。

 「だから父さん好き」 ー 私の理想の男性ー

 部屋へ戻るといつの間にか雨は上がって、薄い雲をまとった月の光が窓ガラス
いっぱいにそそいでいた。 
 
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有難う ダークダックス!!

 ダークダックスのマンガさんが旅立たれました。長い闘病の末と聞きました。

たしか三月にはゲタさんが、その前には一番若かったパクさんが。

 訃報を聞くたびに、私たちの青春が消えて行くような寂しさと悲しさで私は

涙ぐみました。

 私たち世代にとってダークダックスはまさに青春そのものでした。

ロシア民謡を初め、すべて素晴らしい歌声は、何に例えようもなくじんと胸の

底の底まで浸みこんで聴く人の心を美しく優しく豊かな気持ちにしてくれました。

 今は一人になったゾウさんの低音は、その穏やかな笑顔と相まって懐かしい

安らぎの場所へ私たちを連れていってくれました。

 私も昔はみんなでよくロシア民謡を歌いました。

 若かりし日の夫も二人で歩いている夜など高く澄んだきれいな声でダーク

ダックスの歌を聞かせてくれました。

 夫が田端義夫の大ファンで、演歌大好き人間だったことを私は結婚するまで

知りませんでした。

 彼の演歌もなかなか上手いものでしたが、私はダークダックスを歌う彼の

方が今でも好きです。

 みんな逝ってしまって「昭和は遠くなりにけり」を実感しているこの頃ですが

 あの素晴らしいダークダックスのみなさんに心から「有難うございました」と

お礼を言いたいのです。

 そしてゾウさんへ。パクさん、ゲタさん、マンガさんの想いを胸に、いつまでも

お元気でいて下さいと祈っています。

 
 
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面影草  2

 就業のベルを待ちかねて約束の書店に向かった。商店街は人で溢れている。
時計店の角を曲がったところでポンと肩をたたかれた。
「えらい急いでいるね。さてはデート?」
親友のМ子の笑顔が目の前にあった。私は一瞬のうちに色々考えた。困った
このままやり過ごすか彼を紹介するか。彼女には一応彼のことは話してはいた。
でもまだ今のところ、友人の一人に過ぎない彼のことを紹介するのは早すぎる
のではと、自分に言い聞かせている私がいた。
 本心は美人で賢くて物静かなМ子を彼に紹介するのをためらっていたのだ。
男性なら誰だって私より彼女の方を選ぶだろう。彼だってきっとそうに違いない。
「ああ、とんだ所で見つかっちゃったね。実は今から彼に会うの。紹介しようか。」
私は小さい声でもぞもぞと言った。
 М子は大袈裟に首を横に振って
「あらそうなんだ。急いでいるところをごめんね、今日はやめとくわ。私心の準備が
出来てないから。」
 私はほっとして
「それは残念、じゃあまた次にね。」
いともあっさり彼女と別れた。
 足早に歩きながら私は少し自分が嫌になっていた。こんなつまらないことを
気にする私ではなかったのに。私彼のこと本当に好きになってしまったのかなあ。
 彼は書店の入り口で待っていた。糊のきいた白いワイシャツがまぶしかった。
「ごめんなさい、お待たせして。」
М子に会ったことは言わなかった。
 彼のお気に入り喫茶店の重い木のドアを押すと、中はゆったりとして照明
淡くクラッシック音楽がながれ、コーヒーの香りがした。
「一週間ぶりかなあ、仕事が立て込んでいて時間取れなくてごめんね。」
 別に約束をしていた訳ではないのに、そう言ってくれるだけで嬉しかった。
私は彼のことは何も知らない。でも今彼のことは何でも知りたいと思った。
 向かいに座ってじっと私を見ている彼の視線を、うつむいたままの私は痛い程
感じていた。
 

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面影草  1 [短編]

 雨の日彼はいつも古いこうもり傘をさし、くたびれた革靴でやって来る。
私は並んで歩きながら彼の顔を盗み見る。
今時の若い男の人でこんな傘を持ちこんな靴履いている人いるんだ.....と。
 彼はそんなこと気にする風でもなく、堂々と胸を張って歩いている。
靴にはすでに水が浸み、多分足は濡れているのではないかしら。
 貧乏なんだ.....と思いつつ、でも私はそんな彼が嫌いではない。
 半年くらい前私たちはある勉強会で知り合って、誠実で優しく少し神経質な
彼と、明るくて大ざっぱで嘘のつけない私は、意気投合してよく話すようになった。
「雨の日はこの靴に限るんだよ。」
ああそれでも靴のこと気にしているのだと私はおかしくなった。
「でも足濡れるでしょう。」
「まあね。でも僕靴二足しか持ってないから。」
そうなんだ!!可哀そうに、こんな雨の日に会うんじゃなかったと、さっきまでの
からかい気分がすーと消えた。
 私の様子に気がついた彼は「はっはっは」と大きな声で笑って
美味しいものでも食べましょうよ」と話題を変えた。
私たちは街で評判の、鍋焼きといなり寿司をにこにこしながら食べて、あっという
間に幸せな気分にもどった。
貧乏人の彼がお金を払った。
 それからアーケード街を歩こうという私に、彼は堀端の道を歩きたいと言う。
 岸に茂る木々の影を映して堀の水は薄く霞み、水面には絶え間なく雨粒が落ち
続ける静かな昼下がり、二人は黙って堀に沿って歩いた。
 すれ違う色とりどりの傘の中で、彼の古い傘が私には一番素敵に見えた。
彼の靴は外目にも分かるほどずぶぬれで、足は水浸しに違いない。
 私は大好きな私の臙脂色の傘をすっと彼の傘に近付けた。
彼は私を見てにっと笑った。
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さくらんぼ日記 五歳になりました

 ふと気が付けば梅雨入りしてもう数日になります。

毎日雨や曇りの予報ですが、夜が雨でも朝は晴れたり、午前中降っても

午後にはお日様が顔をだす。そんな日が続いてうっとおしいという実感が

ありません。

 今朝庭の日射しに誘われるように、緑の葉の茂ったなかに澄み切った

空色の額紫陽花の花をみつけました。

 今小さい庭は木々の葉っぱが茂り放題で、さつきの赤やベゴニアの赤

ランタナのピンクや黄色の花の外、気にもとめていませんでした。

 だから紫陽花はちょっと嬉しくて、しばしみとれていました。

こんなにきれいなのに気がつかないなんて.....

 そしてふと思い出しました。五年前初めてのブログを書くために四苦八苦

していた時も、紫陽花の花が咲いていたことを。

 この一年は平均月二回しか書けていません。三年目頃の何でもかんでも

書いていた頃のエネルギーはどこへ行ったのでしょうか。

年令や体調や、いえいえ一番の原因は才能??

 素敵なお気に入りのブログを訪ねる度に、どんどん落ち込んで行きました。

 でも私開き直りました。この人達と競う気になる方がおかしいのです。

私は私なりにゆっくりと、自分流の「さくらんぼ日記」でいいのだと。

 皆さまこれからもよろしくお願いいたします。
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「夫に死んでほしい妻たち」

 今朝何気なくテレビをみていました。

そしてこういうタイトルの本が出たことを知りました。

少しぎくっとしてつい力が入りました。著者はきれいな若い女性でにこやかに

この本を書いた理由のようなことを話していました。

 それから大勢の女性たちに街のあちらこちらでマイクを向け「貴女はどう思

うか」とインタビューです。

 みなさん顔は出さないで....と条件付きで応えていました。

「あります」「当然です」老いも若きも、みなさんが口を揃えてそう言われます。

 私はただ呆気にとられて見ていました。そしてその中のひとりが言いました。

「ええ? 夫に死んでほしいと思わない人なんているのですか?」


 私は少し前、夫がいない方がいいという人のことを批判的にブログに書いて

沢山のコメントを頂きました。

そして私なりに反省して、夫婦は百人百色、自分の考えを人様に押し付ける

ようなことはやめようと、深く心に決めていました。

 
テレビではこの話がずっと続いていましたが、もう見る気はしなくなりました。

でもコメンテーターの方々の中の、多分アナウンサーと思われる若い女性が、

周りから色々言われても、終始困った表情で小さく微笑んでいたのが、私には

ひとつの救いに思えました。

 彼女はきっとそんなこと絶対にないと思っているのだと、私の「ひとりよがり」が

頭をもたげました。


 世の中変わってしまったのかしら。梅雨の晴れ間の陽がさし始めたのに、

今日は大雨がよかったのにといじけた私がいます。




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