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面影草  6

  私の決心から一週間が過ぎ、私たちの結婚の約束を認めてもらうために
彼がわが家にやって来た。
 今まで何度か来ていたので彼の人柄については父母ともに分かってくれて
いると思いつつも、心配で心ここにあらずの私だった。
 彼は驚くほど堂々としていて、今日にいたるまでの私たちのことを、心をこめて
丁寧に話してくれた。
 終始にこにこと聞いていた父は、私が驚くほど呆気なく賛成してくれた。
「これからは二人で信じる道を目標に向かって、しっかりと歩いていって欲しい。
経済的には随分大変だと思うけれど若いんだ。二人で助け合って希望をもって
頑張りなさい。」
 難物だと思っていた母も何も言わず、優しい眼差しで私たちをみていた。
「はいっ 有難うございます。今日のこのお父さんの言葉決して忘れません。
お母さんにも安心して頂けるように、力を合わせて頑張ります。」
 彼ははっきりと、少し甲高い声で言いちらっと私を見た。
 私はただ正座してうつむいていた。涙がぼたぼたと膝の上に落ちた。
あんなに心配していたのに、父母がこんなに私たちを理解してくれていたなんて。
今までの私の悩みなんて何だったんだろう。
 嬉しさが胸の底から体中に溢れ出して、顔を上げると彼も涙いっぱいの目で
じっと私をみつめていた。

 季節は夏の始め夕風が涼しく感じられる頃、家の近くを流れる小さな川沿い
の道を二人は並んで歩いた。
 私はまだ体がふわふわして宙に浮いているような、心もとない感じだった。
「あんまり簡単で拍子抜けしちゃった。私の考えすぎだったね。私もっと両親の
こと信じていてよかったんだね。」
「僕は全然心配していなかったよ。でもいざという時自分でも信じられないぼと
緊張して、膝ががくがくするのを必死で両手で押さえていたんだ。」
思わず二人で顔を見合わせ笑ってしまった。
 お互い言葉にこそ出さなかったが、これからの大変さは分かっているつもり
゛たった。

 二人で考えて考えて結婚は二年後と決めていた。
その間に計画的に新生活の経済基盤を少しでもしっかりしたいと考えていた。
そんな話をしているときの二人は真剣そのもので、浮ついた気持などひとつも
なかった。
 ただお金に縛られるのは嫌、私たちにしか出来ない素敵な婚約時代を楽しみ
たいと、思い思いの夢を膨らませていた。

 陽が西に傾いて川面が薄赤く染まりさざ波が夕風に光っていた。
 彼がすっと私の手をとった。暖かい大きな手だった。
「結婚するんだよ。」
万感をこめた彼の想いがしっかりと流れるように私の手に伝わって来た。
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蝉たちと仔猫の話 [随筆]

 朝方猛烈な蝉の合唱で目がさめました。

ここは古い団地で七十戸ほどの家に庭木が茂っています。でも近くに山はないし

これほどの蝉がいるのかと毎年夏になると、私は考え込んでしまうのです。

 今朝はまた格別の賑やかさで、その声を楽しむなんて気にはなれません。

 ただ今日も朝から暑そうで嫌な感じで、まだ起きるのは早いしと目をつぶって

いました。

 すると屋根瓦の上をみしみしと歩く音がします。二階で寝ている私のすぐ近くで

それも複数いる感じ。

 私は北の窓をあけて覗いてみましたが犯人の姿は見えません。

南のベランダの方へ回ってみると、まさに屋根からベランダへ足を踏み入れつつ

ある犯人と目があいました。

 一瞬の睨みあい、「こらっ!」 と叫びたいのに私は思わず見入ってしまいました。

なんてきれいな仔猫ちゃん。可愛いというより白とグレーのツートンカラーのからだ

 目はきらりと鋭く光っているのに気品があってツンとすまして私を見ています。

見ているのではなくて、多分驚いて動けなかったのだと思います。

 一瞬の後転げるように姿がみえなくなった途端「こらあー」という隣のご主人の

大きな声が聞こえました。

 そう言えばつい先日のこと隣の奥さんから電話が来て

「うちの庭に猫が四匹もいるのよ。お宅の庭から来たところを見たのだけど.....」
 
 そう言われてもわが家の飼い猫でもないし、私は犬派で猫はイマイチだといつも

言っているのを彼女も知っているはずです。

 どうもわが家の物置の中辺りで野良猫が子供を産んだのでは.....と言いたそう。

 物置は鍵がかけてあるし中には入れないと思うけどと言う私に

「猫は地面を掘ってでも入りたい所へははいるのよ」

 少しいらいらしてきた私は

「それなら残念わが家の物置は、周囲をコンクリートで固めてあるから」

 別に喧嘩をしている訳ではないので奥さんも

「そう、それなら入れないね。でも困ったものだわ。」と笑いました。

 まあ野良猫は仕方ないね。餌など絶対にやらずに知らんぷりしていれば

出て行くでしょう。

 私なんか車庫で寝そべっている猫ちゃんに何回言ったか。

「家賃も払わずに、なんでそんなところで大きな顔して寝そべっているの?」

 
 また暑い暑い一日ににりそうです。蝉の声にも元気を頂きましょうか。




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面影草  5 [短編]

 夕方から降りだした雨は夜になって風も出て本降りとなった。
 二週間振りのデートの私たちは少し浮き浮きと、いつもの喫茶店のいつもの
席に落ち着いて、このところのお互いの毎日を報告し合い笑っていた。
もう小一時間もそうしている。その間時々彼が窓の外に目をやり、ぼんやりと
考え込んでいることに私は気がついていた。
 今、彼は真っ直ぐに私を見ている。その眼差しにはいつもの優しさは消えて
強く厳しい決意のようなものが感じられて、私は思わず居住まいをただした。
 「結婚しよう。」
彼が突然言った。
 私は驚いて一瞬息が詰まって....ぽかんと彼の顔をみつめた。
望んでいたはずだった。嬉しいはずだった。すぐに「はい」と言うはずだった。
でも私は何も言えなかった。
 彼から目をそらし、窓の外の降りしきる雨を眺めていた。
 彼はこういう場面を想定してはいなかったのだろう。それでも気を取り直して
「ごめん突然で.....驚かせてしまったね。でも僕はもう決めた。返事はいつでも
いいんだ今すぐという話でもないのだから。貴女が考えて納得した上で返事が
欲しい。その時までぼくはのんびり待っているよ。」
 穏やかに諭すように私に話しかける彼の目は、もういつもの優しい目だった。
 気まずい空気を断ち切るように彼は立ちあがった。
 彼はいつもと変わった様子もなく私を電車まで送ってくれると、片手を上げて
振り向きもせず帰っていった。

 私は部屋に入ると堪えていたわけのわからぬ涙がどっと溢れてきて、ついに
声をあげて泣きくずれた。
 私はなにを躊躇しているのだろう。大好きな彼にどうしてすぐに良い返事が
出来なかったのだろう。
 泣き疲れて少し冷静になると、ここ一年あまりの彼のことを次々に思い出して
いいことばかりだったと胸が熱くなった。愛しい想いがこみあげてきた。
 今彼に言いたいことがいっぱいあった。でも臆病者の私はこの気持を言葉に
することは出来そうになかった。

 私は手紙を書くことに決めた。
 自分の気持を素直に彼に伝えたいと思った。

私は結婚について自分の意思よりも両親や周囲の思惑ばかり考えていたこと。
一番大切なことは自分自身の信念であることに気がついたこと。
 そして私の一生を共にするのは彼以外にないこと。
そして今までの優柔不断な私に彼が辛抱強く付き合ってくれたことへの感謝。
そして、そして今夜の彼のプロポーズの言葉が本当に嬉しかったこと。

 私はあふれる想いを心をこめて綴った。書いていくうちに霧が晴れるように
心が軽くなり、重苦しかった胸が軽やかに膨らんでいくような心地よさが私を
やんわりと包みこんだ。

 気がつくと雨も上がり窓には細い月の光が降りそそいでいた。
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梅雨が明けました

 早朝のラジオで梅雨明けのニュースを夢心地で聞きました。

今年も当地は男性的な梅雨で、毎日降り続くこともなく、恐ろしいほどの豪雨も

ありませんでした。

 期間中ずっと雷注意報と大雨注意報は、「またか」と思うほど出ていた気が

するのにたいしたことはなく、九州地方の豪雨のニュースにとても気の毒な気持

になっていました。

 それでも私の体調はイマイチで、のろのろと一日を過ごしていました。

定期的な血液検査も異常なく、「年のせいですかねえ」とつい甘え心で先生に

訴えると「まあそんなところでしょう。」とそっけないお返事。

 飲んでいる薬は血圧の薬一粒だけ。ここ何年か風邪を引いたこともありません。

昨年の病気から一年三カ月、こちらは全く問題ないようです。

 こうなると原因は私の気持ひとつにありそうです。

 一日中家にこもり新聞や本を読み、パソコンでゲームをしたりブログを訪ねたり。

自由気ままなひとりの暮らし。定期的に友だちと会うことも少なくなりました。

電話での長話も毎日というわけにはいきません。

 こんな暮らし後何年続くのだろうと.....ふと気がつくとそんなことばかり考えています。

これではいかん!と自分に発破をかけてはみるものの~ 。

 さあ梅雨が明けました。熱中症には気を付けながら、私なりにもっと活動的になろう。

 ふふふ 手始めにデパートへ行って何かいいもの買ってこよう。 ああでも欲しい

ものがない。

 あれもこれも欲しかった遠い遠い昔が殊更に懐かしい昼下がりではあります。 
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面影草  4 [短編]

 汽車の窓から海が見え、小さな島影も初夏の心地よい風の中を飛んで行く。
今日は少し遠出をしょうと言う彼に、私は一も二もなく賛成した。
 この頃は月に幾度か会って映画や音楽を楽しみ、時にはお互いに読んだ
本の感想を話し合ったりもした。
 たまには心機一転という気持ちが二人にあったのだろう。汽車で一時間程の
お城のある街へ行くことに決めた。

 堀を巡って咲く紫や黄色の菖蒲を見ながら橋を渡り、小高い丘の上に建つ
城についた。天守閣に登ると、街を貫く大きな川とその先に海が見えた。
「お城はいいねえ。何か懐かしい気がするから不思議だよ。好きだなあ」
 彼は目を細めて遠くを見つめている。その肩越しに私も同じ思いで海を見て
いた。
 そしてこの前会った時真剣な表情で言った彼の言葉を思い出していた。
「僕たち付き合い始めてもうすぐ一年になるね。この頃僕はいつも考えている
んだ。これから僕たちの交際どのように進めて行ったらいいか。
貴女さえよかったら二人の将来のことについて真剣に考えてみませんか。
と言っても僕の気持はもう、はっきりしているのだけと゛。」
 私は驚いて彼の顔を見つめた。胸がドキドキしていた。私だって同じ気持だ
ったが、それをはっきり言葉には出来ずに
「そうですね。」と曖昧に応えた。そしていつぞやの母とのやりとりを話そうかと
思ったがそれもやめた。
「゜まあ僕たちはまだ若いのだから、そう窮屈に考えなくてもいいのかもね。」
彼は少しいらいらした様子でこの話を打ち切った。

 それから私は考え続けていた。将来のことを真剣に考えるということは結婚
を意味するのでは.....。
それなら二人の気持ちだけで決められるような簡単な話しではない。
経済的な裏付けがあって初めて成り立つのではないか。
お互い今の安月給の身ではとても考えられないことた゜。親はきっと心配する
だろう。

 少し時が過ぎて、はっきりしない私も少しは考えたのではと思った彼は城の
街へ私を誘ったのだろう。

 それなのに食事をしてもお茶を飲んでも、なんとなくしっくりこない二人がいて
折角の遠出も新しい進展なんぞなにもなかった、。 


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