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面影草  9 [短編]

 穏やかに過ぎて行く日々のなかで二年経った。
 二人の生活はやっと軌道にのリ、これからという時に子供を授かったことが
分かった。
 一瞬困惑した私とは違って彼の喜びょうは呆れるほどで、直ぐに父親になった。
 何とか生活の目途が経ったところでよかったと有頂天になった。

 もう少し仕事を続けたいと言う私のために家事一切を引き受けると言いだした。
雨戸の開け閉めはするな、思い物は持つな、早足に歩くな。そんな彼を見ていると
つい私も嬉しくなって期待に応えて元気な赤ちゃんを彼に抱かせたいと心の底から
思うようになった。
 
 彼に支えられ安心して日々を過ごせた私は体調も良く、赤ちゃんも順調に経過して
何の問題もなくその日を迎えることとなった。
 誰も知らないこの地での初産は心細いと彼と父母が相談して、予定日は一月末
だというのに年末には彼に送られて実家に帰った。
 生まれる子供は父母にとっては初孫で、祖父母や弟妹たちが喜んで待っていた。
 正月が終わり一人で汽車で三時間のわが家へ帰る彼に
「寒いし寂しいし大変だね。ごめんね大丈夫?」
私は少し胸が痛んだ。
「全然大丈夫だよ。貴女こそ頑張って。」
逆に私を励ましてくれて、明るく笑った。

 そして週末には必ず様子を見にやってきて、私のお腹に手を当てて赤ちゃんにも
頑張れ! とエールを送り続けた。

 彼が丁度出張で来ていたその日、母と彼に付き添われて私は入院した。
病室で陣痛が来る度に、彼は私の手を握りしめて耳元で
「僕たちの大切な赤ちゃんだよ。頑張って..」.と囁き続けた。
 廊下の椅子に座った母と彼の心配そうな顔に、私は無理やり笑って見せて分娩室に
はいった。
 そして約四十分、もう死ぬかと思った時
「ふうぎゃあ~ ふうぎゃあ~」
 私の想像とは全然違う、ちいさな優しい産声を上げて私たちの赤ちゃんが生まれた。
 「元気な男の子ですよ」
助産婦さんが大きな声で言いながら、小さくて真っ赤な赤ちゃんをそっと私の胸の上に
乗せてくれた。
 今までの苦しさが嘘のように消えて、私は涙でよく見えないわが子に手を添えた。
その時
「先生お父さんが、赤ちゃんの写真を是非撮らせて欲しいと外にいるのですが。」
という声が聞こえた。一瞬の沈黙の後
「ここへ入れてはいけないんだが、まあ特別ということでいいでしょう。」
先生の声が聞こえた。
 彼がどのような状況で子供の写真をとったのか、私には分からなかった。

後で聞いたところでは、彼は生まれたばかりの子供の写真は絶対に撮りたいと思って
いたそうだ

 一週間振りに病院へやって来た彼は、にこにこと大きな箱を差し出した。
私は忘れていたけれど、お産の後ケーキが食べたいと言ったらしい。色々なショート
ケーキが三十個も。同室の皆さんにも食べてほしかったのだと。
私は彼の気持ちが嬉しくて、涙をぬぐいながら三個も食べた。
 そして彼が「はい、もうひとつプレゼント。」といって一枚の写真を手渡してくれた。

 それは分娩室の大きな台の上にある体重計のかごのなかで、生まれたばかりの
赤ちゃんが、両手両足を精一杯伸ばし力の限り泣いている姿。

 横の辺りには薬剤や注射器やガーゼなどが乱雑にあり、緊迫した分娩室の様子が
伺え、この赤ちゃんが今生まれたのだとはっきりわかる。

 私は一瞬胸が痛くなるような感動を覚えた。この一枚の写真は彼がどんなに深く
この子を愛しているかという証ではないか。

 私は彼の顔をみた。いつもの穏やかな笑顔は私のもの、私は万感の想いをこめて
最高の笑顔を返した。 

  
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面影草  8 [短編]

 二人が新居を構えたのは県庁所在地に次ぐ県東の工業都市だった。
大企業S傘下の会社が五社もあり、活気に満ちたブルーカラーの街でその
下請けも含めると市民の殆どが何らかの形でSに関わり、Sなしでは夜も
日も明けぬ様子の街だった。
 そんな中で彼は役所勤務だったのでまあ恵まれていた。
 私は街の中心部の商店街にある株式会社とは名ばかりの、社員十五名
ほどの電気屋にやっと就職した。
 二人には休日も勤務時間も違って、思い描いた理想には程遠い共稼生活。
 私たちが出会った県都とは、街のたたづまいも生活の雰囲気も違った。この
ことは、彼がこの街に転職を決めた時から少し気になっていたことではあった。
私は「住めば都よ、まして彼が一緒なら」といつも自分に言いきかせていた。
 それでも始まってみれば二人の新しい生活は楽しくて、定時に帰宅出来る
彼が夕食を作って待っていてくれる時もあった。
すまないという気持はいつもあった私だけれど、彼が何の抵抗もなさそうに
そうしてくれることで、満足していたし感謝もしていた。
 家からバス停まで五分バスで十分で私の職場へ着く。彼は自転車で十五分
でゆうゆう役所に行けた。
 週に一回ある私の遅番の日に仕事が終わる八時頃、彼は決まって自転車で
迎えに来てくれた。
 二人は商店街の一つ奥の裏通りに、六、七軒が並んでいる屋台通りへ。
そこには赤提灯や裸電球がゆらゆら揺れて、自慢のうどんやラーメンを商う
屋台がそれぞれ味の腕を競っている。一日の仕事を終えた大勢の人たちの
笑顔が重なり合って、通りは活気に満ちている。
 二人がいつも行く店「一軒目」。元気なおばちゃんが「いらっしゃい」とびっくり
するほどの大声と笑顔で迎えてくれる。
 初めてここに来た日、私は恥ずかしいから屋台なんて嫌だと言うのに、彼は
前から一度来たかったのだと絶対に譲らなかった。
 おずおず、うろうろ、きょろきょろしていたら
「おーいそこの恋人たち何しているこっちこっち美味しい鍋焼きあるよ。」
目の前の屋台の暖簾の向こうからおばちゃんが手を振ってくれた。
 そしてこのおばちゃんと、おいしい鍋焼きとおでんが気に入った私たちは
その後ずっとこの「一軒目」に通い続けた。
 お腹がいっぱいになると帰りはご機嫌で二人で大声で歌いながら帰った。

 春は川岸の桜並木をおぼろ月に見守られながら。
 
 夏には少し遠回りをして海辺の道を浜風に吹かれて。

 秋にはとうとう自転車を放り出して、川の土手に座り清らかに澄み渡る月を
いつまでも眺めた。

 冬にはびゅんびゅんと吹く北風に向かって、彼が力いっぱい自転車をこいだ。

 貧しくて厳しい新婚生活だったが辛いと思ったことはなかった。
 大好き彼といつも一緒にいられること、これ以上の幸せなど私には考えられ
なかった。
 

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一人で生きていくということ [随筆]

 連日の猛暑のなか、また新しい一日が始まります。

日は変わっても私の毎日にさしたる変化もありません。今はオリンピックに熱中

日本選手の活躍が素晴らしくて、明け方まで頑張るので寝不足が続いています。

 エアコンの効いた涼しい部屋で手が赤くなるほど拍手をしたり、ときには大声で

応援しても、うるさいと文句を言う人もおりません。

 家のことに関しては庭の木の水やりも、延びて来た雑草を何とかと思うだけで

自分でなんとかしょうという気は毛頭ないノラの私です。

 そこで草引きは去年もお願いしたシルバー人材センターに連絡しておきました。

下見にきた人は私と同年代くらいの男性で、暑いので早朝来てもいいですかと

のこと、私も承知してこちらの都合の悪い日だけをお知らせしておきました。

 二、三日して朝ラジオを聴きながらうとうとしていると、下の方でごそごそと作業を

している気配がします。

 わが家の斜め後の土地で野菜を作ってい人がいて、作業をする時は朝早くから

バイクでやってきて夕方まで働いています。その人が来ているのだと思いました。

 しかしどうももっと近くで音がします。えっ! もしかしてわが家? 私は飛び起きて

下りて行きました。

 なんとわが家の庭でおじさんが作業しているではありませんか。

何の連絡もなかったので驚きました。車庫のカンヌキも上手に開けて涼しい木陰で

草引きを始めていました。

 「お早うございます。早かったので声もかけませんでした。」と笑っています。

 二時間くらいせっせと作業をして、続きは明日にしますと帰って行きました。

 次の日は私も早起きしておじさんを迎えました。

 庭には所せましとプランターや植木鉢がいっぱいあります。正確には元は全部

花や木が植わっていたのです。これらの鉢から土を出してきれいにして貰えない

かとお願いしました。

 おじさんはこんなにたくさん花を作っていたのに枯れてしまったんだねえと言い

たげに私をみていました。

 今はベゴニアや君子蘭やシンビジュウムのような強い生命力のあるものだけが

水もろくに貰えないのに息も絶え絶えに生き残っています。

 それでも季節にはきれいな花を見せてくれるのです。私がやることは寒くなったら

室内にいれるだけ。

 それでもさすがに今年の暑さにはみんな葉っぱを黄色くして辛そうです。

 植木鉢の土を庭に戻して片付けると、庭は見違えるように広くさっぱりときれいに

なりました。

 大満足の私は、これからはもう少し庭に心を配らなくてはと思いました。

 おじさんは二時間仕事をして、また来年もよかったら声をかけて下さいと帰って

行きました。

 お盆の前に気にかかっていた庭の整理が出来て本当によかった。おじさんに

心の底からお礼を言いました。

 でもよく考えてみると、世の中の主婦たちはこのくらいのこと多分自分でやって

いるのでしょう。

 昔から私の仕事でないと決めつけて、夫がするのは当たり前、好きでしている

のだからと、手伝うどころか感謝さえしたことはありません。そんな私に夫は文句

ひとつ言いませんでした。諦めていたのでしょう。

 今一人になってつくづく思うのです。夫だったらどのように生きているだろうか。

 私がいなくても何の不自由もなく、食事つくりも楽しく好きなご馳走を作っている

だろう。アイロンかけだってずっと夫の方が上手だった。

 趣味も沢山あってこれからやりたいことも話してくれた。、時間を持て余してボーと

テレビをみていることんなて絶対にないでしょう。

 私が代わってあげればよかった....。

 それでも一人で生きていくということは、まして年老いて行くこれからはとてもとても

大変なんだから。

 もう面倒くさい、どうでもいいと拗ねる私に、娘が言います。

「あと三年でパパの十三回忌。そして東京オリンピック見にくるのでしょう。まだあるよ

おじいちゃんの五十回忌は後七年。ママは頑張らなくちゃ」

 ああそうだね。大好きな父と夫のためにもう一頑張り。

 ええ? 私何歳になるの。

 

 
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面影草  7 [短編]

 婚約した私たちは、浮かれることなくまず将来の生活設計をしっかり立てる
ところから始めた。
 家賃がいらないから自分たちの家があったらいいなあ。単純な気持ちだった
のに、何度か話しているうちにとにかく土地だけでも手に入れたいと本気で思
うようになった。
 そして彼は親の脛をかじりながら、給料のほとんどを注ぎこんで頑張り郊外に
土地を買った。私も出来る限りの協力を惜しまなかった。
 必死の私たちを見て彼の父が家を建てようと言いだした。このことは二人で
考えたことではあったが実現出来そうな話ではなかった。

 農業と会社勤めをしながら兄や姉たち結婚させ、年老いた今の父に次男の
家を建てる経済力などあろうはずもなかった。
 でも父は不安がる私たちをしり目に、幼馴染の大工さんと相談してなんとか
なりそうだと笑った。
 それならと私たちもと住宅金融公庫の融資をうけることにした。
家の設計もああでもないこうでもないと時間を掛けて考えた。
 目の回るような忙しい月日を経て二年後、桜が満開の春に二人の新居が
完成した。
 と言っても私は遠く離れた実家にいたので、建築に関わるほとんどの手続き
などは彼が孤軍奮闘し、私は手紙や電話で理想論ばかりを言い、時々は彼を
怒らせたりもした。

 そして私たちは結婚した。

 小さな小さな赤い屋根の家。

 庭には実家から移植したさくらんぼ、梅、松、きんかん、紅葉、つつじ、椿など
たくさんの木を彼と義父とで植えた。

その様子を見ながら、私はふと思った。この木々が大きくなる頃私たちはどんな
生活をしているだろうと。

 花壇には彼のすきな幾種類もの花たちを植えた。
ここにはいつも四季の花々が咲いているだろうなあ。ここで彼なら一日中でも
庭いじりをしているだろう。私はきっと見ているだけ。

 リピンクの壁面いっぱいに造りつけた書棚に二人の蔵書を詰め込んだ。
ステレオはどうしても買えなくてプレヤーで好きな音楽を聴くことにした。
テーブルに花を飾りコーヒーを飲みながら夜更けまでとりとめのない話をした。
 
 幸せなスタートだったが、家を建てたことで予想以上に経済的に大変だった。
 私は新しい土地で新しい仕事に就いた。
二人で働いてもぎりぎりの生活、それでも若いふたりは毎日が夢のように楽しく
自分たちが設計した通りの人生が送れることを信じて疑わなかった。





 


  

 

 


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泣きたいほどの酷暑です [随筆]

 今日で二日続いて三十六度。その前十日ほど三十五度が続いています。

雨は日記を繰って確かめました七月十三日から一滴も降っていません。

 終日エアコンの中にいてスーパーへ買い物にでる以外全く外出していません。

土曜夜市も花火大会もニュースで見て、この暑いのにこれだけの人がよく集まる

ものだと感心しています。

 年のせいだけではないよ....と自分に言い聞かせつつ、この酷暑が過ぎるのを

じっと待つしかありません。

 オリンピックは睡眠不足を承知で見たいのはライブで見ているけれど、いつも

ほど元気がなくて、明け方に絶叫応援していたロンドンが懐かしい。

 今は拍手するのが精一杯。

 こんな様子だから庭の鉢植えは全滅寸前、恨めしげな夫が夢に出てきそうです。

 先日も朝の八時頃チャイムが鳴るので出てみると、隣の奥さんが

「ねえ椿が枯れかけているじゃない。私いつも楽しみに見せてもらっているのに

お水くらいやったらどう。」

 実は私も気になっていました。この間から黄色くなった葉がパラパラ落ちているし

ああ水やらないと大切な椿なのにと思いつつ、そのままになっていました。

 水はすぐ側にあるのに....と咎めるような奥さんの目に少しばつが悪いと思いな

がら「はい分かりました有難うございますお水やります」とお礼を言いました。

 春になったら紅色と白に咲き分けて私を優しい気持ちにさせてくれる大切な椿の

木に心のなかでごめんと謝りました。

 でも庭木に水をやるのも大仕事、夏の夕方には蚊取り線香を腰にぶら下げて

毎日庭で長い間水やりをしていた夫の姿を思い出しました。

そして私には「あれほどのことは出来ん」と呟いています。

 要するに私はのらなだけなのです。

 この暑さがいつまで続くのか、明日もまた晴れで降水確率ゼロパーセント最高

温度三十六度の予報です。

 せめて熱中症にならないように水分を取りつつ、とろーんとしている私です。
 

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