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年の瀬、今年も東京で越年です [日記]


 少し早いけれど色々あって東京へやってきました。

東京で年の瀬を過ごし、新しい年を子供たちと迎えるのも十回目となりました。

 私が一人で過ごしてきた年月の流れの早さと、重ねた年を思うとぞっとします。

あちらで彼はどんな気持ちでいるのだろうと、時々考えます。

 「もうそろそろいらっしゃいませんか。待ちくたびれましたがな。」

と言っているのではと思ったり、

 「もう少し子供たちの近くにいたらどう。まだ世話をかける訳でもないのだから」

と思っているのではと自分の都合のいいように解釈したりで大笑いです。

 今年はそこそこ元気でいられたし、体力も気力もまあまあだったから、もう少し

頑張ってみましょうか。と

 住みなれた?十二階のベランダから抜けるような空色の空に美しい富士山が

輝いて見えます。

 後一週間で今年も終わります。忙しい年の瀬、暖かい日が続きますように。
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面影草  11 [短編]


 戦後二十年経って日本の国全体が活気に満ち、人々は頑張りさえすれば
夢に手の届きそうな時代だった。
 私たちの街にも新しいビルが次々に建ち始めたが、郊外のわが家の辺りは
まだまだ自然がいっぱいで、子育てにはいい環境だった。
 前の家から大切に持ってきた庭の木々や花たちは、私たちの家庭の歴史を
物語るように大きく成長していた。
季節ごとに咲く花は安らかな気持ちを、少しづつ伸びていくさくらんぼや梅や
松や椿には元気と勇気をもらった。
少しでも時間があれば庭にはいつも彼がいた。子供たちの声がした。
 しばらくは葛藤のなかに揺れていた彼も気持ちを切り替えて新しい仕事に
取り組み、彼なりの目標も見つけたようだった。
 
 娘が幼稚園に入るのを待ち構えて、私はパートに出た。やっと時間で働く
パートという職種が定着し始めたころではなかったろうか。
 昔勤めていた職場から声をかけられて家計の助けにもなると決心した。
彼はすぐ賛成してくれた。
子供が大きくなったら仕事を持ちたいという、私の気持ちをよく理解してくれて
いたから。
 入社にあたって社長にお願いしたこと。幼稚園のお帰りに合わせて時間を
調節して欲しいと。後で考えれば我儘だと思うけれど、その時は必死だった。
「パートだからそれでいいんだよ。」にこにこと社長は了承して下さった。
 私は昔の仲間や新しく知り合った仲間と楽しく働くことが出来た。仕事は
当然単純な補助作業だったけれど今はこれでいいのだと納得しいていた。
 
 一生懸命だったこの頃の思い出は、頑張った自分たちへのご褒美だと彼が
言いだして、家族で出かけた「大阪万国博覧会」
 息子の担任に遠慮がちに「万博に行くので学校休ませて下さい」とお願いに
行った時、若くて美しい先生がおっしゃった言葉が今も忘れられない。
「素晴らしいてすね。しっかり見てきて下さい。学校の勉強も大事だけど、それに
劣らない社会勉強が出来るでしょう。」
 若かった私は感激してこういう先生がこれからの教育界を引っ張っていって
くれるのだと頼もしく嬉しくなって、興奮して彼に報告したものだ。

 私たち家族の三泊四日の万博見物は、楽しくて珍しくて嬉しくて、疲労困憊。
今まで見たこともない人人人の波。
巨大で、でも魅力的な「太陽の塔」。
世界中の国々の展示館の壮大さと、美しい緑いっぱいの万博庭園。
押し合いへし合いチラリと見た「月の石」。
どこかの国のm教の展示館に引きこまれて、一時間も勧誘されたこと。
 体力もお金も使い果たしたけれど、それらに勝る大きな収穫があった素敵な
体験だった。
 

 
 
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短歌を読む

 
  
      春の夜の ともしび消して ねむるとき ひとりの名をば 母につげたり


   鑑賞


       久し振りに訪ねてきた母と床を並べている。

      明日にはもう帰ると言う。

       ガラス窓を通して春の夜の月明りがやさしい。

      今夜こそ自分の大切な思いを母に聞いて欲しい。

     でもどうしても言い出せなかった。

       白くて細い彼女の面ざし、静かであたたかい人柄。

     なんとなく母に似ている。

       「おやすみ。」母が枕元の灯を消した。

       私は低い声ではっきりと母に告げた。

       どうしても一生添い遂げたいと切望する人の名を。

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