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赤いハイヒール

 朝から氷雨のふる寒い日新おじさんの訃報が届いた。
弟の順が一緒に葬儀に行かないかと和代を誘ってくれた。
 新おじさんは父の弟でもう七十歳近いだろう。
頭が良くて明るくて楽しい人で和代は子供の頃から大好きだった。
 今は遠くに住みもう何年も逢ってない。従妹に引き取られて幸せな老後を
送っていると聞いていた。
 和代の両親も亡くなっていて長男の順には親戚の交際という役目がある。
その順が葬儀に行くのはありかと思ったが.....。和代は考え込んだ。
「姉さんは誰よりもおじさんに可愛がられていたのだから、最後のお別れに
行こうよ。」
 順にそう言われて和代もその気になった。
三日くらいは留守になるのを夫は是非行っておいでと言ってくれた。
 その日の夜には船に乗った。
 翌早朝港に着いた。初めての大都会の港を震えながら歩いた。
雨は止んでいたが寒さと知らないところを訪ねていく不安で二人とも心細い
思いで、つい口数も少なくなってしまう。
 五十過ぎの大人が、まるで子供のようだと和代はふとおかしくなった。

 和代は初めておじさんのことを思った。今まで悲しい気持より寂しい
思いの方が強かったのに、お酒が大好きでいつもにこにこ笑っていた
新おじさんの顔が目の前に大きく浮かんで和代は立ちどまった。
 潮の匂いの混じった冷たい風がさっと体に纏わりついた。
突然涙が溢れてきた。ついに和代は立っていられなくなってしゃがみ込んで
泣いた。
順が飛んで来て黙ってタオルを渡してくれた。
 
 従妹の家はすぐに分かった。
 海の見えるマンションの部屋で新おじさんは穏やかな顔で眠っていた。
従妹たちとも何十年ぶりの再会で、おじさんは糖尿病と肝硬変を患っていた
けど最後までわりに元気で自分で「大往生」だと笑って逝ったという。
 いかにも新おじさんらしいと和代は思った。


 新おじさんは技術屋さんで船のエンジンに詳しくて最後はかなり仕事の手も
広げていたらしい。
 しかしそこに行きつくまでの波乱万丈の生涯は、ゆうに小説になりそうなほど。

 戦争にも二回も行ったのに負傷したり病気になったり、最後は無事に帰還した。
その時和代にだけにお土産があった。
 ボロボロにの臭いリュックから、何枚もの紙で包んだものを大事そうに取り
だした。そして中から出てきたもの
 和代はその時九歳、ビスケットかチョコレートか。かたずをのんで家族一同が
見守る中、新おじさんがおもむろに取り出したのは真っ赤なハイヒールだった。
 きれい! とは思ったががっかりした和代にみんなが履いてみよと言った。
恐る恐る足を入れたものの、ぶかぶかで高い。立っていられそうもなくよろめいて
泣きべその和代だった。
 あれは可愛い姪のために新おじさんがはるばる戦地から持って帰ってくれたのだ。

 全然嬉しくはなかったのに赤いハイヒールのことは和代のなかでいつもおじさんと
セットになって、大人になってかりらも時に懐かしく思い出した。

 こうして復員後は生まれた小さな村で、手を染めた仕事は子供の頃の和代が覚えて
いるだけでも竹工場、モーター屋、アイスキャンデー屋。どれもみな失敗。
おじいちゃんがいつも尻拭いをしていたらしい。
 戦後は村の素人芝居が盛んだったが新おじさんはいつも主役で女形でも子役でも
なんでも来い。村の人気者だった。
 和代はそんなおじさんが大好きだった。

 ほどなくして結婚して村を出たおじさんはエンジンの仕事で成功したと聞いた。

 何十年もたって和代の結婚式にも出てくれたり、父がなくなってからもふらっと
やってきては「義姉さんよろしく頼みます」と母にお酒を頼んでしばらく逗留する
ことがあった。母は嫌な顔ひとつ見せずいつも優しく接していた。
 「和代元気か」酒飲みは大嫌いだった和代だがなぜかおじさんのことは憎めない。
 そして時が過ぎて行き、いつかそのおじさんと会うこともなくなっていた。

 今日も冷たい風が窓をたたいている。エアコンの心地よい暖かさにふと微睡んだ。
 その時、和代の前にニコニコ顔の新おじさんが現れた。後ろ手に隠しているもの....。
 和代にはそれが、はっきりと見えてしまった。

 
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