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桜 さくら サクラ [エッセイ]

 このところ朝は体調イマイチで、食欲もないし元気もありません。

その上春爛漫の四月というのに毎日雨が降ったり止んだり憂鬱この上ないのです。

 でも今日は違います。いつもより早く起きだして珍しいお日様の顔を見てにんまり。

 そうです。今日はお花見ドライブに出かけるのです。

 昨夕珍しい人から電話が入りました。

「突然だけど明日はお天気良さそうだからお花見に行きませんか。明日を逃したら

もう今年は桜見られないと思うから。」

 声の主は私の若い友人、十余年も前に我が家を本格的にリホームした時の担当者

Мさん。

 見積りから最終完成までお世話になりました。

私たちの希望を聞いて、フローリングの木目や色、建具、照明器具など三人で展示場

などへ出かけて納得のいくまでお付き合いしてくれて、思う通りの家が出来ました。

とにかく若いのにてきぱきと仕事は完璧で、人柄も見た目も文句のない女性です。

 こうなると私たち夫婦が考えることは同じだったみたいで、一人っ子だと聞いた時は

「ご両親県外へはださないよね。」「貴女は東京好き?」「彼はいるの」しかしМさんの

年齢が思ったより若いことが判明し、私たちの妄想は残念ながら立ち消えとなりました。

 工事が終わるまでの約五か月Мさんも私たちのことを気に入って下さって、とても

好い人間関係を持つことが出来ました。

 工事が終わってからも「不具合はないですか」と電話が来たり近所まで来たのでと

立ち寄ってくれたり、優しい心遣いを本当に嬉しく思っていました。

 その後Мさんは結婚退職されました。でも二年ほどしてまた復職しましたと知らせが

ありました。

 数年後夫が亡くなった後暫らくして、知らなくてごめんなさいと、きれいなお花を

持ってお参りに来て下さったこともありました。

 昨年久し振りに偶然出会って懐かしさに話が弾みました。

「あんなに優しい旦那様だったのにお一人で寂しいでしょうね」Мさんは言いました。

「何か私にできることないですか」

  私はその心根の優しさに、お気持ちだけで嬉しいと答えました。


 十一時すぎМさんが颯爽と大きな車でやってきました。

「有難うね。私なんかと行くより旦那様かお友だちと行ったほうが楽しいでしょうに」

「はい、それもいいけど私この前お会いした時から考えてはいたのですよ。桜が咲いたら

danさんをお誘いしょうと。もっと早く気がつけばよかったのに。」

 行く先は旦那様が見つけて教えてくれたとか。いい方と結婚されたのだと私は安心して

見知らぬ旦那様にも有難うと心の中で呟きました。

 少し遠出になりますとのこと望むところです。

 市内の堀端の桜並木も、城山の中腹に点在する桜も満開で本当にきれいです。

 郊外に続く道路から見える川にそった公園の桜も見事でつい歓声をあげてしまう私。

久し振りのことでで話すことはいっぱいあるのに私のお喋りも止まりがち。

 遠くに高い山の峰が見えて少しづつ山道に入ります。ここが通称桜三里です。

くねくねと曲がりくねった道、高速道路が出来て交通量が半減した国道ですが、桜の

季節は別です。道を廻る度に桜の古木が次々に現れてそれも満開。目の下の谷川にも桜。

 ここは夫の実家に続く道でもあり、私にとっては一入の思いがあります。

二、三十分のこの道があっという間だっだような気がしました。

 目的地に到着しました。ここは個人所有の山だそうですが、地主さんのご厚意で桜の

季節には一般に開放されて、知る人ぞ知る桜の名所だということです。

 本当に全山桜と言いたいほど見事でした。風に散る花びらは吹雪というほどでもなく

それでも風情があり、平日ということもあって人も少なく静かでした。

 私たちはここでお弁当を食べました。デパートでМさんが買ってきて下さった花見弁当。

 好き嫌いの激しい私のために彼女が気を使ってくれたのが一目でわかりました。

遠くの山は春霞の中、真っ青の空とその空を隠すように満開の桜の白い花。そして時に

行き過ぎる春風の心地よさ。まさに至福の時でした。

 ここで食べたお弁当が美味しかったことは言うまでもありません。

 「ああ今日は楽しかったよ。私生きていてよかった。有難うね。」大げさでなく私は

心の底からそう思いました。

 「そんなに喜んでいただいて嬉しいです。私も楽しかったですよ。また来年も桜見に

いきましょうね。」

 Мさんの笑顔から優しさが伝わってきて、うるうると。私も年とったなあ....実感。

 帰りはすいすい。峠で見つけた喫茶店で一休み、美味しいコーヒーを頂きました。

 我が家に着いたのは四時過ぎ。ああなんと楽しい嬉しい今日一日。

 又会いましょう。手を振って帰って行くМさんの車が見えなくなってもそこに立ち

尽くして、いつまでも桜の余韻に浸っていたい私でした。

 夜になって夫にいつものお参りは少し長くなってしまいました。

私のお花見の報告が嬉しくて、ついそうなったに相違ありません。

「ああぼくも一緒に行きたかったなあ。Мさんの奥様振りも見たかったなあ。そして

いっぱいいっぱいお礼も言いたかったなあ。」

 私には夫の声がはっきりと聞こえたように思えました。

 今夜はもしかして満開の桜に誘われて.....。

 


  

 

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名のみの春に danの繰り言 [エッセイ]

 テレビニュースで桜の開花が例年より遅いと告げています。

そうですね。そこまで来たと思った春が足踏みを続けています。晴れた日と

そうでない日。朝晩と日中の寒暖の差の激しいこと。

 そんな中で昨日は珍しく朝から暖かい日差しが降り注ぎ、なんだか浮き浮き

していました。

 そして突然庭の雑草引きを思いつきました。取りあえずは気になっていた玄関

周り。椿のしたに青々と柔らかな雑草が生えています。今はきれいだと思える位。

でもこれが成長すると手がつけられなくなってしまいます。

 移植ごてと小さな鍬、こんな道具はなくても前日の雨で簡単に手で引けると...。

しゃがみこんで一時間半、思ったより面倒くさくて、しんどくて、腰まで痛くなり

ました。最初は鼻歌など歌っていたのに、すぐに嫌になりどうして私がこんなこと

しないといけないの。好きでもないのにと不満で頭がいっぱいになりました。

 それにご近所の誰かに見られたら、きっと腰を抜かすくらい驚いて言うに違いない

「あれぇ どういう風の吹き回し嵐になるから止めて」

 そう、そのくらい私のノラは自他ともに認めるところなのです。

あともう少し反対側が残ったけれど、今日はこれで終わり。もう無理です。

 思ったより汚れた手と顔を洗い服も着替えました。熱い紅茶を入れてのんびりと。

リビングから庭の椿がみえます。小さな赤い花我が家の椿の中で一番目立たない木。

梅やさくらんぼが散って、庭が寂しくなったころ咲くのも一番最後、

 今日はその花が愛おしく思われました。

 一休みするとじわっと満足感がわいてきました。嫌々の作業だったのになんだか

元気が出てきました。何かをやり遂げた充足感なのでしょうか。

 そして時間があれば庭にいた夫のことを思いました。その気持が少し分かった

気がしました。好きなことやっていたのだもの。


 先日来珍しく続けざまに来客がありました。団地自治会の方々、初めての知人。

私はこの人と思う人ならすぐ上にあげてコーヒーなど一緒に飲みたい人なのです。

 そしてテーブルの花や、部屋の調度品、絵や置物、コーヒーカップなどに適当に

興味を示す人と気が合いそうな気がするのです。

 いつも来る友だちはそういう人ばかりなので、今までこういうことを考えたこと

がありませんでした。

 ところが先日の来客はみなさんこういうことに無関心のようでした。

前日に友が届けてくれた白木蓮の花を大ぶりの花瓶いっぱいに活けて、リビングには

その甘い香りが漂っていたのに。

 それぞれ小一時間話して帰られました。

 何に関心がなくてもあの白木蓮をみてきれいだと思わない人なんているのかしらと

しばらく考え込みました。

 私の考え過ぎか、人はそれぞれなのだから、色々な人がいるよなあ。と思ったり。

 「ああ好い香りですね。美しい花ですね。」みなさん思ったけど口に出さなかった

だけなのかもしれません。

 そして私の友人たちはなんて情緒あふれる人ばかりなんだろうと嬉しくなりました。

 私が草引きなどしたせいでしょうか、今日も肌寒い曇り空で春の気配はありません。







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ゆったりのんびり思い出路線 [エッセイ]

 今年になってから一番春らしい日。空には雲一つなく気温十五度、風もありません。

数日まえからの天気予報に違わず快晴、つい嬉しくてにんまりの私です。

 義兄の一周忌法要に出かけます。「子供たちと孫だけでやるのだけど、よかったら

来てほしい」義姉からの電話で他人?は私だけと思いつつ即座に「お参りさせて」と

答えていました。

 訪ねる家は夫の実家、結婚した私たちの家が完成するまでの十日ほど、ここで父母

と四人で過ごした懐かしい家です。

 義兄がなくなる少し前、大々的にリホームしたから一度見に来てと言われながら

父母も夫もいない今更と思いつつ、そのままになっていましたがいつかは訪ねたいと

思っていました。

 ここからは各駅停車の電車で一時間半、一人旅で退屈するから特急でおいでという

義姉に私は電車の旅が大好きだから、のんびり行きますと。

 その日一輛だけのワンマンカーは、ざっくりいっぱいの乗客を乗せて出発しました。

 始発駅から窓に射すうらうらと優しい早春の陽の光の中を十分も走ると車窓には

瀬戸の海が広がります。

 青く澄んで濃く薄くたゆたう波は静かで、水平線で同じ色の空とひとつになります。
 
 遠くかすむ島影も、ぽつんと立つ赤い灯台も見ていると何故か切なくて泣きそうになり、

反対側の窓をみると、広々とした畑や田んぼ、点在する家々、かたまって咲く菜の花の

黄色が。川岸に咲く緋寒桜だろうかその紅色の美しいこと。

 私は目を閉じました。夫の住む町と私の住む街を結ぶこの路線には、二人だけの青春が

いっぱい詰まっているのです。

 一か月に一度会えない時もありました。駅での別れの寂しさは今思い出しても切ない。

 電車に揺られながら若かった頃に帰ってほんわかしている自分に気が付いて苦笑い。

 そうこの距離が昔は二時間半もかかったことも思い出してしまいました。

 実家では義姉や姪たち一家に歓迎してもらって、血のつながりがないのは私だけ状態

にも拘わらず楽しいひと時をすごしました。

 さすがに農家の広い家のリホームは、間取りは畳の部屋はひとつ残して、後はすべて

フローリング、今は必要ない車いすがゆうに通れる仕様です。

 外観は玄関の引き戸も今風で焼杉と瓦屋根が不思議な感じでマッチしていい感じです。

 二階の夫の部屋もすっきりした洋間になっていました。

昔「僕の部屋」だと初めて案内された畳の部屋の隅っこにおいた小さな文机と、壁際に

おいた大きな本棚に、難しい本がびっしり詰まっているを見てびっくりしたこと突然思い

出しました。

 私は小説ばかり読んでいたから、心配になったのでしょう。

 この家を夫に見せたいと思いました。彼はきっと喜んでいるでしょう。

義兄ももっと長くここに住みたかっただろうと思うと、切ない気持になりました。

 帰りの電車はゆったりのんびりと、何も考えずに今日はいい一日を頂いたと、感謝の

気持を胸に、夕影の色増した穏やかな瀬戸の海をぼんやりみていました。






 




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しのびよる春の気配 [エッセイ]

 昨夜当地には珍しい雪ダルママークの天気予報を見ながら洗濯をするか

止めるか迷っていました。でもその後も同じ日が続くというので、よしと

そのうち乾くでしょうと。

 今朝目が覚めた時肩口が寒いと感じました。こんなことはこの冬初めて

のことです。

 空は鉛色の雲が垂れ込めて、風もかなり吹いていそうです。

 いつもは朝日がさんさんと降りそそぐベランダは、冷たくてしっかりと

着こんだ私をあざ笑うように、風が東からまともに体当たりしてきます。

 ああ洗濯止めたらよかった、たった一人のちょっぴりの洗濯もの、なんで

こんな寒い日にするんかい。自分に言いながらそれでも干し終わりました。

 ところが雲の隙間から陽の光がさーとさして辺りが明るくなりました。

ええ嘘でしょう。と思いつつにんまり。心なしか風も弱まった感じです。

 私はほっとして何気なく下の庭をのぞき込みました。

そして目に飛び込んできたのは数輪の白梅の花です。気高く凛として。

 数日前はつぼみも固いと思いながらみたのに。この梅の花は小さくて

気をつけていないといつの間に咲いてしまったの?と思う年もありました。

 急いで庭におりてみました。水仙はの花はまだまだ元気です。さくらんぼ

のつぼみは固くて少しがっかり。でも見つけました。いつもの垣根の下に

ひっそりと薄紫の寒あやめが一輪。

 寒い寒いと庭をみる余裕もなく縮こまっている私を励ますように。

つい昨日も訪ねてきた友が、椿咲いているよと教えてくれました。

 夫の大好きな椿が花開いたのに、そそくさと出入りする私は、大切なその

花にも気がつかなかったのです。

 自分のいい加減さに呆れてしまいました。

 こんな私なのに自然はなんて素晴らしいのでしょう。どんなに寒くても

ちゃんと時期がくると自分の本分を全うするのです。

 日差しはどんどん広がり青空さえ見えてきました。本当に雪がふるの?

暖かいこたつに潜り込んで、私の心も体もほんわかしています。


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いとしの雨男到来 [エッセイ]

 三連休と年休を交えて少しゆっくり出来そうだと、娘夫婦が帰ってくることに

なりました。

 婿殿が一緒というのは珍しく、あれこれ計画を立てて楽しみにしていました。

ただ心配なのは滞在予定の一週間、天気予報は台風も含めて一日を除いて

雨と曇りのマークです。

 つい笑ってしまう私、何しろ彼は自他共に認める雨男。私が上京しても彼が

一緒に行く日は大体雨。私が大大お天気ばあさんなのでせいぜい曇り。

 
 そんな彼がたった一日の晴れの日に、昼前二人で帰ってきました。

ところがわが家へ帰る前に駅からレトロな鍋焼きうどんを食べに繁華街に

直行するというのです。

 ここの鍋焼きうどんはガイドブックでも人気で、無くなり次第店が閉まります。

 六十年くらい前からあって私も若い頃はよく行ったものです。今まで息子も

娘も帰省の度に何度かいったのですが、十二時半にはもう閉まっていて残念

がっていました。

 今回は間にあった、まず第一の目的は達成したとご機嫌で帰ってきました。

 帰省中にレンタカーを借りて高知方面への一泊旅行を予定していました。

その日がどんぴしゃり台風が来る日。前日は天気予報とにらめっこ、台風の

速度に合わせてせめて時間の調節をと思っても駄目で、夕方に宿を、夜中に

レンタカーをキャンセルしました。

 高知の雨台風はかなり凄い様子でこれならやっぱり行くのは無理だったと

諦めがついた三人です。

二人はそれでもバスで繁華街にでかけて路面電車にのったりミニレンタカーで

市内をぶらぶらしたようです。

出かける時「お母さんも一緒に」と言ってくれたけど私は言下に「ノーサンキュー」

 後で考えて、彼は殆ど初めての土地、娘も大学進学と同時にここを出てもう

三十年余り、すっかり変わった街は不案内だったろうにと優しくない自分に嫌気が

さした私です。でも楽しかったと元気に帰って来た二人をみて少しほっとしました。

 次の日も雨、婿殿が敬老の日だからお母さんにパスタを作ってあけ゜るけど食べ

ますか。というので喜んでと言うと、一人でスーパーへ行って材料を買ってきました。

 家にもあるのになあと思うものもあったけど、娘が彼流にさせたら、ということで

黙っていました。そしてお昼には美味しいパスタをご馳走になりました。

 翌日もまた雨。じっとしていられない彼が、港の近くに古民家を利用した鯛飯屋が

あるとスマホで見つけて、予約でいっぱいの所滑り込みで一時半が取れたとのこと。

弟夫婦も誘って行きました。

 私も弟たちも全然知らなかったのですが、昔のまま手も加えずなかなか風情の

ある家で、肝心の鯛めしも美味しくて、見つけた婿殿はえらく感激していました。

 こう雨に降られて何処へも行けぬのはどう考えても可哀そうと、当地の温泉

一泊することにしました。

 ここは古い温泉で、夜遅くまで商店街の店が開いていて、ゆかた姿の泊まり客が

下駄で散策できる、日本でも数すくない温泉街だと私は思っています。


 わが家からタクシーで十分あまり。ちょっと素敵な宿を奮発しました。

 宿の外観も、従業員の態度も、部屋も料理もみんな素晴らしくて、婿殿は大満足

の様子で私もほっとしました。

 温泉街をぶらぶらして、古い神社の長い石段を上りお参りして、振り返れば遥か

西の空に沈む夕日が見えました。灰色の雲の中からやっと姿を見せたのです。


 雨に降りこめられた六日間でしたが、婿殿は「本当に楽しかった又来ます」仕事

の都合もあるのでと、娘より一足先に帰って行きました。

 二日後 娘を送って出た玄関で思わず二人が顔を見合わせました。

昨日まで蕾だった秋明菊が三輪まっ白い花を開いていました。


  「少しは気疲れもしたけれど楽しかったなあ。貴方も一緒だったらよかったのに」

 次の日、久し振りに陽のあたるリビングで私は夫の写真に呟きました。

 
 

 




 
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眠れぬ夜に [エッセイ]

 また寂しい秋の始まりです。

 空の色はあくまで青く澄んで、散らばるうろこ雲は少し切なげです。

 月は十五夜 十六夜 立待月 半月 夜毎に色や姿を変えて私を楽しませて

くれます。

 一人で眺める月がどんなに寂しく切ないか夫は知っていたのかなあ、恨めしい

気持ちがむくむく湧いてきて、また色々と考えてしまいます。

 秋の思い出はいっぱい、せめてそれらをなぞりつつ目を閉じると、余計に目が

冴えてしまいます。

 十月生まれの夫は秋が大好きで、秋の野の花々が好きで散歩から帰ると玄関

トイレの一輪挿しに、摘んできた花が入れてありました。

 私はああ可愛いなあと思いながら見るだけの人でした。

 夫は退職して沢山の趣味に取り組み、毎日忙しくしていても、晴れ渡った秋の

日は二人でよく車で出かけました。

 写真が趣味の夫とはこういう時はすぐ意見が一致して、すすきの高原や紅葉

美しい渓谷や稲穂が揺れる棚田や小さな滝やダム湖まで。

 若い時から旅が好きで、時間を見つけては家族で、子供たちが成人してからは

二人でよく出かけました。

 これらは今はかけがえのない思い出として私の胸の中にいっぱいあります。

 夫は自分の思うように勢いっぱい生き切ったと、私もこの頃やっとそう思えるよう

になりました。

 六十歳を過ぎた頃からの彼の口癖「七十歳まで生きたら充分」それを聞くと私は

何だか嫌な感じがしてよく言っていました。

 「元気でいま悪いところもないのにどうしてそんなこと言うの。お義父さんは九十

四才で亡くなったし、お義母さんは九十才でお元気なのに」
 
 内心むかむかしながら何度か問答したものです。

 私は夫とい人生を送って来たと思っていたし、健康なら老後は二人で長生きし

たいと心の中では思っていたけれど、それを言葉にしたことはありませんでした。

 今年の夏義母は百六才で天寿を全うしました。

 もうすぐ夫の八十才の誕生日です。彼が逝って早八年の月日が流れたことに

なります。

 これから先私は一人でどのように生きるのでしょう。

 虫の声すだく秋の夜長、ますます眠れそうにありません。



 
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別れの風景 [エッセイ]

 紫陽花の花だよりが週末のテレビを賑わせています。

昔は家族や友人たちとあの日あの場所、水面に映る紫陽花を眺めたものです。

 透き通るような水色、愁いを包み込んだ紫、あどけない子供のようなピンクの花。

でもいつ見ても何となく寂しい花の印象があった気がします。

 今日はどんよりとした曇り空、紫陽花からふと寂しい別れの風景が浮かんで

来ました。

 そして私にとっての別れの究極は夫との永遠の別れです。

もう八年にもなるのに、突然思い出してぴーぴー。

 考えてみれば私は彼と出会った時から、誰よりも多くの別れを繰り返して来

たのではないかと思うのです。

 何となくいい雰囲気になりかかってた頃、突然の彼の転職で離れてしまった

二人。

 今のようにメールどころか電話さえままならなかった半世紀前。唯一の手段

は手紙しかありません。急ぐ時は電報です。切手は十円。それも向こうへ着く

のに三日もかかりました。

 汽車で二時間しか離れてないのに、彼の仕事の都合もあって月に一回会え

たら良い方で二カ月会えないこともありました。

 土曜日の午後夕方来る彼を駅に出迎える、嬉しいくせに恥ずかしくて柱の

陰に隠れていて、キョロキョロしている彼をしばらく見ているのが好きでした。

 食事をしたり喫茶店で好きな音楽を聞きながらコーヒを飲んだり、楽しい夜を

過ごして、私を家まで送ってくれました。

「おやすみ」と言って彼が定宿といっていた友人Nさんの下宿へ帰って行くのを、

何とも切ない思いで、姿がみえなくなるまで見ていました。

 日曜日は朝から出かけました。友だちと会ったり、二人で少し遠出をしたり、

あっという間に彼の帰る時間になります。

 汽車はいつも八時十七分。あれほど話たのに、何か言い足りなくてこの時間

は二人とも無口で不機嫌になりました。

 それでも汽車が出る間際には二人とも笑っていました。ちぎれるほど手を振る

彼の姿が白い点になって、黒い煙だけを残して汽車が見えなくなると、ホームに

は私しかいないことがよくありました。

 私たちはこの切ない別れを何回繰り返したことでしょう。

 結婚してからも最初の単身赴任の時は、車で四時間かけて二週間毎くらいに

帰って来ました。二三日子供たちとも楽しい時をすごします。彼はいつも庭にい

たような気がします。

 帰る日は朝四時頃家を出ます。顔は笑っているのに私にはとても寂しそうに見

えました。

ずっと後で聞いたのですが、家を出て五分くらいの道端に車を停めてしばらく泣

いたそうです。それも帰る度にとのこと....私と子供たちは大笑いをしたのですが。

 その後も四度十四年の単身赴任を経てやっとわが家に落ち着きました。

その中三回は私一人が待っていた年月だったので、お互い別れが取り立てて

切なくもなかったのでしょう。

 私も仕事を持っていたので、時に彼の任地を訪ねて小さな旅を重ねた楽しい

思い出しかありません。

 それでも今私は改めて思うのです。私たちほど別れの切なさを味わった夫婦

はいないのではないかと。

 そしてこれは、私にとっては想像だにしなかった、こんなに早い彼との永遠の

別れのために、神様が私に免疫をつけるための訓練ではなかったかと.....。


 小雨が降り始めました。紫陽花が一際美しい色を増すでしょう。


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椿咲く春なのに [エッセイ]

 椿咲く春なのに....哀愁を帯びたメロディが耳の底の方で流れています。

今年も早三月本当に早い時の流れに、戸惑ってしまいます。

寒い日々が続いて縮こまっていても、自然は正確に春を連れて来てくれます。

 今年も玄関先に夫の大好きな椿が花を開きました。

紅と白がほどよくまじりあった一輪。それとまだ開いてはいないけれど薄いピ

ンクの花。一本の木に二種類の花が咲くのです。

 紅白の方は他の蕾もかなり膨らんでいるのに、ピンクの方はまだまだ固く

開く気配もありません。

 この椿は隣市に住む夫の姉の庭にあったものです。姉の家は大きな農家で

広い屋敷のなかに沢山の木々や季節の花々が所狭しと植えられていました。

 一年に何回かくらいしか訪ねることもなかったのですが、初めてこの椿を見た

日から夫は目を輝かせ「きれいだなあ、いいなあ」と飽かず眺めていました。

 十六年前の早春、紅白とピンクが咲き競っているこの椿の木の下でつい夫は

「きれいだなあ。」と溜息をつき「欲しいなあ」と呟いてしまいました。

 姉がそれを聞いて「そんなに好きならあげようか。」とさらりと言ってくれました。

もっと早く言えばいいのにと言いながら、古い木だから移植に耐えられるかなど

兄に相談してくれました。

 移植に適した時期に二人でわが庭に植えてくれると言う。夫の喜びようは子供

みたいで、椿がわが家に来る日をひたすら待っていました。

 それからほどなく椿はわが家にやって来ました。

二メートル以上はある椿は、根っこにしっかり土をつけてトラックに乗せられて。

 植える場所は早くから夫が玄関と決めていました。

兄姉夫と三人がかりで一時間以上かかったでしょうか。深く掘った穴に水や肥料

をいれ、丁寧にああだ、こうだと進む作業を私はただ見ているだけでした。

 植えてから椿の世話は兄に教わったとおり夫は忠実に守りました。彼の深い

愛情が椿に届かぬはずはありません。

 一年目は葉の色が黄緑になりパラパラ散って花も咲きませんでした。でも次の

年からは頼りなげにも花をつけ、だんだん元気になりました。

 姉の家で咲いていた時の元気はないように私には見えました。

 木も古いし、移植によるダメージもあったのでしょう。

それでも三月の声をきくと紅白の、薄ピンクの、花をいっぱい咲かせてくれました。

近所の人たちもきれいだと見にきてくれ、ここから春が来る.....なんて言われると

夫はとても嬉しそうでした。

 優しいそれでも少し冷たい日射しの三月の朝、愛しそうに椿の花を見上げる

夫を。

 暖かくなり鈴なりの花を精いっぱい開いた椿をにこにこ顔で見ている夫を。

 日の暮れのほの暗い玄関に腰をおろして、今年はもう椿終わりだなあと少し

寂しそうに眺めいる夫を。

 私はじっとみていました。そして彼はこの椿が本当に好きなんだと朴念仁の

私にもこの椿の木を愛おしく思う気持ちが少しづつ大きくなっていった気がし

ます。

 今大きな紅白の花が一輪。今朝からの雨に一際鮮やかに咲いています。

 この花を夫は七年間楽しみました。今頃になって私はどうしょうもないほど

この椿が好きになりました。

 こんなにきれいに咲いたのに.....。

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寒あやめの思い出 [エッセイ]

 庭の小さな生垣の下に今年も寒あやめが咲きました。

薄紫の花びらの真ん中に掃くように黄色がほんのり。

 今年も季節を違わず咲いたなあ。とつい思いを遠くに馳せて、少し切ない。

師走から続く寒さ、冷たさは格別のものがあります。

出かけることもせずに家に籠っていると、水仙と椿がちらほら、石蕗の白い

綿ぼうしが立っているだけの、冬枯れの庭の寒あやめは一際いじらしくも

愛らしい気がします。

 この花は夫の好きな花のひとつ、二人で出かけた山歩きの帰りに農家の

庭先に咲いているのを見つけた夫が、懇願してわけて頂きました。

 はるか五十余年も昔の話です。

 私たちは夫の職場のあるN市に新居を構えました。小さな家でしたが二人

設計した夢のスイートホームでした。

 庭には木や花をいっぱい、のらの私はほとんど何もせず、夫がせっせと彼

の思い描く庭造りに励みました。休みの日はいつも庭にいたような気がします。

 ここでの生活は貧乏だったけれど、私にとって何ひとつ不満のない楽しい

毎日でした。

 三年続いたここでの生活が夫の転職によって終わることになった時、やっと

木々も大きくなり、庭らしくなってきた庭、親に建ててもらった家を手放すことに

一番悩みました。

 口には出さなかったけれど、夫も仕事のことも含めてどんなに考えたでしょう。

 春浅い三月、ふたりは心を残しつつN市を後にしました。

唯ひとつ嬉しかったのは、転居先が私が育ち、夫と出会った父母や兄弟の住む

県都М市だったことです。

 この時庭の木々は、ほとんど持ってきました。花たちは仕方ない.....と思って

いたのですが、寒あやめだけは夫が大切そうに鉢植えにして持ってきました。


 実家の庭に窮屈そうに仮住まいした彼らは二年後やっと新しい自分たちの

庭に落ち着くことができました。


 今健気に咲いている寒あやめもあの時の子孫?です。

さくらんぼも、梅も松も、ウバメガシも ここにきて植えた利休梅や花蘇芳や

紫木蓮、椿に山茶花、金木犀、ビラカンサ、つつじやさつきも、もう五十年

わがもの顔で季節を知らせてくれるのです。

 彼等に丹精こめた夫はいないけれど、季節がめぐり木々が芽吹くたびに

美しい花が咲く度に私は楽しげに庭にいた夫を近くに感じるのです。

 


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蠟梅の黄色は春の色 [エッセイ]

 お隣の垣根から蠟梅の黄色い花がのぞいています。

今満開、その香りに春が近いと思いたい私です。

暖かい日にスーパーへ行ったり、美容室に行ったりはしたのだけど、寒い日は

もっぱらお籠り。新聞を隅々まで読んで、好きなブログ訪問。友と電話でお喋り。

 決まった お出かけは必ずいく講座が月二回、友との食事会が二回。

だから本当に動くことがないのです。食事の支度はちゃんとやっているし、掃除も

そこそこはしています。

 昨日朝起きたら左足の裏が痛いのに気付きました。これは初めてでちょっと

うろたえつつ様子をみました。一昨年歩き過ぎて急性関節炎になったのも左足。

 そう言えば今年になって初めて少し歩こうと、三日ほど続けて三、四十分歩き

ました。そのせい? ああやっぱり年だ。悔しい。

 今朝も足は痛い。自由だ気ままだと、のんべんだらりの生活がいけないのか。

 でも今の私は足よりも錦織さんの方が気になります。勿論何を差し置いても

テレビの前にどっかり、キャアーキャア ヒイヒイ 頑張れ錦織! 彼は充分期待に

応えてくれて素晴らしいゲームを展開してくれます。

 今日も正午からペスト4をかけてワウリンカと闘います。

 全豪オープンテニス 頑張れ 錦織!! 

 格闘技以外ならスポーツみるのは好きです。ルールなんか見ているうちに

自然とわかります。

サッカーアジア杯に敗れてどーんと落ち込んだ私に、テニスが希望をもって来て

くれました。

 寒いと予報の今日も陽がさして炬燵のなかの足はポカポカです。

 後一週間で立春です。


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