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きょうだいって やっぱりいい! [エッセイ]

  先日姉弟が実家に集合して母の十七回忌法要を終えました。

みんなが揃うのは四年ぶりです。

 法要に関するすべては長男であり実家に住む弟が義妹と二人で奮闘してくれて

私の出る幕はありませんでした。

 長男夫婦、神戸から次男夫婦、横浜から三男夫婦、そして残念ながら私だけひとり。

 法要を終えてお昼は賑やかに老舗割烹で美味しい料理をいやというほどご馳走になり

酒豪の三男はこれも酒豪の甥と二人で随分のんでご機嫌でした。

若い頃に比べたら大分弱くなったと言うのですが、何故か兄弟でひとりだけお酒が強い。

 夜は実家でみんなで寝ました。

 私が夫と付き合い始めたころ長男が東京大学へ行くため家を出たので、下の弟たちは

すぐ夫と仲良くなりました。

 そんな昔の話や祖父母や父母と賑やかだったころのことなど、懐かしい話がいっぱいで

笑いが絶えません。

 三人の義妹が口を揃えて、結婚して最初に思ったことは、「ここの姉弟は気持ちが悪い

ほど仲がいいということ」だったと言ったのでまた大笑いになりました。

そう言えば夫も同じことを言っていました。彼は私の弟たちよりむしろそのお嫁さんたち

と仲良しでした。

 結婚して数年、転勤などでこの街を離れるまでみんな一緒のときもありました。

 今はみんな孫たちの話題で持ちきりで、孫のいない私は「おばあさん」でないと上を

向いていました。

 夜の更けるのも忘れて楽しい時間を過ごしました。

 翌日は次男夫婦が、次の日は三男夫婦が我が家に泊まってくれました。

「兄さんの話はするな、もう泣くな。」二人はそう言いながらも、長いこと仏壇に手を

合わせてくれました。  私やっぱり涙がでました。

 この一週間少し疲れたけれど私にとっては久しぶりの楽しい時間でした。

 次にみんなが集まるのは兄さんの十三回忌だと誰かが言って....。

 どうも東京オリンピックの年らしい。

 「私頑張ってみる」と秘かに決心しました。

 みんな帰って、今日も五月半ばだというのに夏日の二十七度。暑い夏がそこまで来ています。












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大好きわが街 [エッセイ]

 わが家に帰ってきて今日は二日目です。

昨日はとにかく留守の間のもろもろの処理。二週間足らずだから留守電は数件です。

親しい人には周知済みなのでたいしたものはないのだけど、今回困ったのが一件。

「帰ったら知らせてね。」

私が出かけたのを知っている人らしいけど声に心当たりがありません。

次は、心ばかりのお土産を届けた家で十分づつ話しても.....。ふふふ。

 家の周りの道路の継ぎ目から生え出た雑草が、留守の家を強調するように青々と

茂って?います。しゃがみこんで四、五十分。私のもっとも不得手な分野ですが仕方

ありません。でもすっきりきれいになりました。

 冷蔵庫もからっぼ。スーパー買い物いっぱい。

 一番大切なこと。バイクで一走り。

「帰って来たよ。子供たちも元気だったよ」お墓へお参りして報告を済ませました。

 早めにお風呂に入って昨夜はわりとぐっすり眠りました。

 今日は少し疲れた感じだけど予定があります。

昔夫が立ち上げた切り絵の会の展示会が、デパートで開催されていてその案内状が来て

いました。

 お昼過ぎに会場に行くと今年八十五歳になられた会長のNさんが笑顔で待っていてくれ

ました。懐かしい会員の方たちの名前と力作をみていくうちに涙が溢れてきて止まらなく

なりました。

 もう十七年、発足当時の六人は今もお元気で、新しい会員さんと会を続けています。

 夫もこの場にいたら、どんなにいいだろうと考えていたら、つい不覚の涙が....。

 気持ちを切り替えて、久しぶりの商店街をひとりで歩きました。

 途中に全国的にも有名な「鍋焼きうどん」の店があります。うどん玉がなくなったら

閉店という店でなのに今日はのれんが見えました。

 二時近くになっていてお腹もすいていたけれど、私は一人でお店にはいれません。

街に出てもごはん時でも飲まず食わずで一目散に家に帰る意気地なしなのです。

 でも今日は何だか勇気が沸いてきました。格子戸を開けると女性ばかり数人います。

そして初体験、一人で鍋焼きうどん食べました。五百八十円、おいしかったです。

 元気が出た私は電車通りから、堀端まで足を延ばしました。

堀の岸辺の若緑の木々や、つつじのピンクの花が水に映って、本当にきれい。

県庁の後には燃え上がるような緑いっぱいの城山、見上げると青空に映える白い天守閣。

 ああ私の大好きな風景。

 この堀端を若い時の私夫とよく歩いたなあ。ちょっとセンチになって。

 私はこの街が好き、だからどこにも行かない。一人でここで頑張りたいなあ。

終の棲家はこの街の我が家。家族の思い出がいっぱいいっぱい詰まったこの家。

 さあ明日からは少しのんびりと、東京での遊び疲れを取らなくては。

早くものらの本性が現れ始めた私です。





 

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私のゴールデンウイーク [エッセイ]

 働いてもいないのにゴールデンウイークと言っていいのかと少し気になります。

 とにかく毎年子供たちに会いに上京します。

 迷惑なんだろうなあとか、いいえ楽しみに待っているはず。本当は私が東京

行きたいのでは。などなど考えつつ張り切ってやってきます。

 いつもは私が来てからさあ温泉はどこにすると、あれこれ気がもめるのに今回は

すでに予約がしてあって早速箱根湯本温泉へ行ってきました。

 ロマンスカーの車窓に初夏の陽の光に輝く真っ白の富士山を見た時は、しばらく

息をするのを忘れていました。

 どこから、いつ見ても富士山は世界一の大好きな山です。

 今は若葉も美しくて光り輝いています。その上この晴天空はどこまでも青い青い。

 箱根湯本駅を出て、宿に向かって人の波の中を少し興奮気味に歩きます。

でも街の喧騒から抜け出て川に沿って進むと、美しい川の流れと向う岸の森の緑色の

木々の重なりが、風に揺れて波のように揺らいでいます。

 濃いの薄いの、明るいの暗いの。ええっ緑色ってこんなに種類があったっけと

感動さえおぼえます。

 川は水の棚田のように石で囲われてゆるゆると流れていきます。石の上を小さな

水鳥がついついと飛んで餌を啄んでいるのでしょうか。見ていると足が止まりそうです。

 チェックインしてから相談がまとまり、登山電車で遊んできましょうと。

 郷愁を掻き立てられそうな可愛らしい赤い電車、何度か乗ったことはあったのに

久し振りのせいか新鮮な気持でした。

 スイッチバックを繰り返しながら登っていきます。ああずっと昔、紫陽花の季節に

夫と来たのを思い出しました。

 窓から見下ろすと遥か下に谷川の流れが見えて少し足がすくみそう。

 途中下車して美味しいコーヒーで一休み。楽しいミニ旅は心の中をとてもきれいに

楽しくしてくれました。

 時間いっぱい遊んで、遊び疲れた体に楽しい夕食、つい箸が進んでしまいます。

お目当ての温泉は午前二時まで源泉かけ流し、部屋のお風呂も温泉という嬉しさ。
 
 せせらぎの聞こえる部屋で子供たちと久しぶりの語らい。まあ喋っているのは

私だけのようですが。

 夜が更けても興奮気味の私はなかなか寝付かれません。

 幸せなのですよね私。心の中でそっと夫に語りかけます。


 二日目の箱根も快晴、若葉は緑色に輝き、空はあくまでも青い、楽しい旅は

 必ず嬉しい思い出を連れてきてくれるのです。


 私の東京でのゴールデンウイークも半分終わりました。さて後半は 乞うご期待。


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桜 さくら サクラ [エッセイ]

 このところ朝は体調イマイチで、食欲もないし元気もありません。

その上春爛漫の四月というのに毎日雨が降ったり止んだり憂鬱この上ないのです。

 でも今日は違います。いつもより早く起きだして珍しいお日様の顔を見てにんまり。

 そうです。今日はお花見ドライブに出かけるのです。

 昨夕珍しい人から電話が入りました。

「突然だけど明日はお天気良さそうだからお花見に行きませんか。明日を逃したら

もう今年は桜見られないと思うから。」

 声の主は私の若い友人、十余年も前に我が家を本格的にリホームした時の担当者

Мさん。

 見積りから最終完成までお世話になりました。

私たちの希望を聞いて、フローリングの木目や色、建具、照明器具など三人で展示場

などへ出かけて納得のいくまでお付き合いしてくれて、思う通りの家が出来ました。

とにかく若いのにてきぱきと仕事は完璧で、人柄も見た目も文句のない女性です。

 こうなると私たち夫婦が考えることは同じだったみたいで、一人っ子だと聞いた時は

「ご両親県外へはださないよね。」「貴女は東京好き?」「彼はいるの」しかしМさんの

年齢が思ったより若いことが判明し、私たちの妄想は残念ながら立ち消えとなりました。

 工事が終わるまでの約五か月Мさんも私たちのことを気に入って下さって、とても

好い人間関係を持つことが出来ました。

 工事が終わってからも「不具合はないですか」と電話が来たり近所まで来たのでと

立ち寄ってくれたり、優しい心遣いを本当に嬉しく思っていました。

 その後Мさんは結婚退職されました。でも二年ほどしてまた復職しましたと知らせが

ありました。

 数年後夫が亡くなった後暫らくして、知らなくてごめんなさいと、きれいなお花を

持ってお参りに来て下さったこともありました。

 昨年久し振りに偶然出会って懐かしさに話が弾みました。

「あんなに優しい旦那様だったのにお一人で寂しいでしょうね」Мさんは言いました。

「何か私にできることないですか」

  私はその心根の優しさに、お気持ちだけで嬉しいと答えました。


 十一時すぎМさんが颯爽と大きな車でやってきました。

「有難うね。私なんかと行くより旦那様かお友だちと行ったほうが楽しいでしょうに」

「はい、それもいいけど私この前お会いした時から考えてはいたのですよ。桜が咲いたら

danさんをお誘いしょうと。もっと早く気がつけばよかったのに。」

 行く先は旦那様が見つけて教えてくれたとか。いい方と結婚されたのだと私は安心して

見知らぬ旦那様にも有難うと心の中で呟きました。

 少し遠出になりますとのこと望むところです。

 市内の堀端の桜並木も、城山の中腹に点在する桜も満開で本当にきれいです。

 郊外に続く道路から見える川にそった公園の桜も見事でつい歓声をあげてしまう私。

久し振りのことでで話すことはいっぱいあるのに私のお喋りも止まりがち。

 遠くに高い山の峰が見えて少しづつ山道に入ります。ここが通称桜三里です。

くねくねと曲がりくねった道、高速道路が出来て交通量が半減した国道ですが、桜の

季節は別です。道を廻る度に桜の古木が次々に現れてそれも満開。目の下の谷川にも桜。

 ここは夫の実家に続く道でもあり、私にとっては一入の思いがあります。

二、三十分のこの道があっという間だっだような気がしました。

 目的地に到着しました。ここは個人所有の山だそうですが、地主さんのご厚意で桜の

季節には一般に開放されて、知る人ぞ知る桜の名所だということです。

 本当に全山桜と言いたいほど見事でした。風に散る花びらは吹雪というほどでもなく

それでも風情があり、平日ということもあって人も少なく静かでした。

 私たちはここでお弁当を食べました。デパートでМさんが買ってきて下さった花見弁当。

 好き嫌いの激しい私のために彼女が気を使ってくれたのが一目でわかりました。

遠くの山は春霞の中、真っ青の空とその空を隠すように満開の桜の白い花。そして時に

行き過ぎる春風の心地よさ。まさに至福の時でした。

 ここで食べたお弁当が美味しかったことは言うまでもありません。

 「ああ今日は楽しかったよ。私生きていてよかった。有難うね。」大げさでなく私は

心の底からそう思いました。

 「そんなに喜んでいただいて嬉しいです。私も楽しかったですよ。また来年も桜見に

いきましょうね。」

 Мさんの笑顔から優しさが伝わってきて、うるうると。私も年とったなあ....実感。

 帰りはすいすい。峠で見つけた喫茶店で一休み、美味しいコーヒーを頂きました。

 我が家に着いたのは四時過ぎ。ああなんと楽しい嬉しい今日一日。

 又会いましょう。手を振って帰って行くМさんの車が見えなくなってもそこに立ち

尽くして、いつまでも桜の余韻に浸っていたい私でした。

 夜になって夫にいつものお参りは少し長くなってしまいました。

私のお花見の報告が嬉しくて、ついそうなったに相違ありません。

「ああぼくも一緒に行きたかったなあ。Мさんの奥様振りも見たかったなあ。そして

いっぱいいっぱいお礼も言いたかったなあ。」

 私には夫の声がはっきりと聞こえたように思えました。

 今夜はもしかして満開の桜に誘われて.....。

 


  

 

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名のみの春に danの繰り言 [エッセイ]

 テレビニュースで桜の開花が例年より遅いと告げています。

そうですね。そこまで来たと思った春が足踏みを続けています。晴れた日と

そうでない日。朝晩と日中の寒暖の差の激しいこと。

 そんな中で昨日は珍しく朝から暖かい日差しが降り注ぎ、なんだか浮き浮き

していました。

 そして突然庭の雑草引きを思いつきました。取りあえずは気になっていた玄関

周り。椿のしたに青々と柔らかな雑草が生えています。今はきれいだと思える位。

でもこれが成長すると手がつけられなくなってしまいます。

 移植ごてと小さな鍬、こんな道具はなくても前日の雨で簡単に手で引けると...。

しゃがみこんで一時間半、思ったより面倒くさくて、しんどくて、腰まで痛くなり

ました。最初は鼻歌など歌っていたのに、すぐに嫌になりどうして私がこんなこと

しないといけないの。好きでもないのにと不満で頭がいっぱいになりました。

 それにご近所の誰かに見られたら、きっと腰を抜かすくらい驚いて言うに違いない

「あれぇ どういう風の吹き回し嵐になるから止めて」

 そう、そのくらい私のノラは自他ともに認めるところなのです。

あともう少し反対側が残ったけれど、今日はこれで終わり。もう無理です。

 思ったより汚れた手と顔を洗い服も着替えました。熱い紅茶を入れてのんびりと。

リビングから庭の椿がみえます。小さな赤い花我が家の椿の中で一番目立たない木。

梅やさくらんぼが散って、庭が寂しくなったころ咲くのも一番最後、

 今日はその花が愛おしく思われました。

 一休みするとじわっと満足感がわいてきました。嫌々の作業だったのになんだか

元気が出てきました。何かをやり遂げた充足感なのでしょうか。

 そして時間があれば庭にいた夫のことを思いました。その気持が少し分かった

気がしました。好きなことやっていたのだもの。


 先日来珍しく続けざまに来客がありました。団地自治会の方々、初めての知人。

私はこの人と思う人ならすぐ上にあげてコーヒーなど一緒に飲みたい人なのです。

 そしてテーブルの花や、部屋の調度品、絵や置物、コーヒーカップなどに適当に

興味を示す人と気が合いそうな気がするのです。

 いつも来る友だちはそういう人ばかりなので、今までこういうことを考えたこと

がありませんでした。

 ところが先日の来客はみなさんこういうことに無関心のようでした。

前日に友が届けてくれた白木蓮の花を大ぶりの花瓶いっぱいに活けて、リビングには

その甘い香りが漂っていたのに。

 それぞれ小一時間話して帰られました。

 何に関心がなくてもあの白木蓮をみてきれいだと思わない人なんているのかしらと

しばらく考え込みました。

 私の考え過ぎか、人はそれぞれなのだから、色々な人がいるよなあ。と思ったり。

 「ああ好い香りですね。美しい花ですね。」みなさん思ったけど口に出さなかった

だけなのかもしれません。

 そして私の友人たちはなんて情緒あふれる人ばかりなんだろうと嬉しくなりました。

 私が草引きなどしたせいでしょうか、今日も肌寒い曇り空で春の気配はありません。







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ゆったりのんびり思い出路線 [エッセイ]

 今年になってから一番春らしい日。空には雲一つなく気温十五度、風もありません。

数日まえからの天気予報に違わず快晴、つい嬉しくてにんまりの私です。

 義兄の一周忌法要に出かけます。「子供たちと孫だけでやるのだけど、よかったら

来てほしい」義姉からの電話で他人?は私だけと思いつつ即座に「お参りさせて」と

答えていました。

 訪ねる家は夫の実家、結婚した私たちの家が完成するまでの十日ほど、ここで父母

と四人で過ごした懐かしい家です。

 義兄がなくなる少し前、大々的にリホームしたから一度見に来てと言われながら

父母も夫もいない今更と思いつつ、そのままになっていましたがいつかは訪ねたいと

思っていました。

 ここからは各駅停車の電車で一時間半、一人旅で退屈するから特急でおいでという

義姉に私は電車の旅が大好きだから、のんびり行きますと。

 その日一輛だけのワンマンカーは、ざっくりいっぱいの乗客を乗せて出発しました。

 始発駅から窓に射すうらうらと優しい早春の陽の光の中を十分も走ると車窓には

瀬戸の海が広がります。

 青く澄んで濃く薄くたゆたう波は静かで、水平線で同じ色の空とひとつになります。
 
 遠くかすむ島影も、ぽつんと立つ赤い灯台も見ていると何故か切なくて泣きそうになり、

反対側の窓をみると、広々とした畑や田んぼ、点在する家々、かたまって咲く菜の花の

黄色が。川岸に咲く緋寒桜だろうかその紅色の美しいこと。

 私は目を閉じました。夫の住む町と私の住む街を結ぶこの路線には、二人だけの青春が

いっぱい詰まっているのです。

 一か月に一度会えない時もありました。駅での別れの寂しさは今思い出しても切ない。

 電車に揺られながら若かった頃に帰ってほんわかしている自分に気が付いて苦笑い。

 そうこの距離が昔は二時間半もかかったことも思い出してしまいました。

 実家では義姉や姪たち一家に歓迎してもらって、血のつながりがないのは私だけ状態

にも拘わらず楽しいひと時をすごしました。

 さすがに農家の広い家のリホームは、間取りは畳の部屋はひとつ残して、後はすべて

フローリング、今は必要ない車いすがゆうに通れる仕様です。

 外観は玄関の引き戸も今風で焼杉と瓦屋根が不思議な感じでマッチしていい感じです。

 二階の夫の部屋もすっきりした洋間になっていました。

昔「僕の部屋」だと初めて案内された畳の部屋の隅っこにおいた小さな文机と、壁際に

おいた大きな本棚に、難しい本がびっしり詰まっているを見てびっくりしたこと突然思い

出しました。

 私は小説ばかり読んでいたから、心配になったのでしょう。

 この家を夫に見せたいと思いました。彼はきっと喜んでいるでしょう。

義兄ももっと長くここに住みたかっただろうと思うと、切ない気持になりました。

 帰りの電車はゆったりのんびりと、何も考えずに今日はいい一日を頂いたと、感謝の

気持を胸に、夕影の色増した穏やかな瀬戸の海をぼんやりみていました。






 




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しのびよる春の気配 [エッセイ]

 昨夜当地には珍しい雪ダルママークの天気予報を見ながら洗濯をするか

止めるか迷っていました。でもその後も同じ日が続くというので、よしと

そのうち乾くでしょうと。

 今朝目が覚めた時肩口が寒いと感じました。こんなことはこの冬初めて

のことです。

 空は鉛色の雲が垂れ込めて、風もかなり吹いていそうです。

 いつもは朝日がさんさんと降りそそぐベランダは、冷たくてしっかりと

着こんだ私をあざ笑うように、風が東からまともに体当たりしてきます。

 ああ洗濯止めたらよかった、たった一人のちょっぴりの洗濯もの、なんで

こんな寒い日にするんかい。自分に言いながらそれでも干し終わりました。

 ところが雲の隙間から陽の光がさーとさして辺りが明るくなりました。

ええ嘘でしょう。と思いつつにんまり。心なしか風も弱まった感じです。

 私はほっとして何気なく下の庭をのぞき込みました。

そして目に飛び込んできたのは数輪の白梅の花です。気高く凛として。

 数日前はつぼみも固いと思いながらみたのに。この梅の花は小さくて

気をつけていないといつの間に咲いてしまったの?と思う年もありました。

 急いで庭におりてみました。水仙はの花はまだまだ元気です。さくらんぼ

のつぼみは固くて少しがっかり。でも見つけました。いつもの垣根の下に

ひっそりと薄紫の寒あやめが一輪。

 寒い寒いと庭をみる余裕もなく縮こまっている私を励ますように。

つい昨日も訪ねてきた友が、椿咲いているよと教えてくれました。

 夫の大好きな椿が花開いたのに、そそくさと出入りする私は、大切なその

花にも気がつかなかったのです。

 自分のいい加減さに呆れてしまいました。

 こんな私なのに自然はなんて素晴らしいのでしょう。どんなに寒くても

ちゃんと時期がくると自分の本分を全うするのです。

 日差しはどんどん広がり青空さえ見えてきました。本当に雪がふるの?

暖かいこたつに潜り込んで、私の心も体もほんわかしています。


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いとしの雨男到来 [エッセイ]

 三連休と年休を交えて少しゆっくり出来そうだと、娘夫婦が帰ってくることに

なりました。

 婿殿が一緒というのは珍しく、あれこれ計画を立てて楽しみにしていました。

ただ心配なのは滞在予定の一週間、天気予報は台風も含めて一日を除いて

雨と曇りのマークです。

 つい笑ってしまう私、何しろ彼は自他共に認める雨男。私が上京しても彼が

一緒に行く日は大体雨。私が大大お天気ばあさんなのでせいぜい曇り。

 
 そんな彼がたった一日の晴れの日に、昼前二人で帰ってきました。

ところがわが家へ帰る前に駅からレトロな鍋焼きうどんを食べに繁華街に

直行するというのです。

 ここの鍋焼きうどんはガイドブックでも人気で、無くなり次第店が閉まります。

 六十年くらい前からあって私も若い頃はよく行ったものです。今まで息子も

娘も帰省の度に何度かいったのですが、十二時半にはもう閉まっていて残念

がっていました。

 今回は間にあった、まず第一の目的は達成したとご機嫌で帰ってきました。

 帰省中にレンタカーを借りて高知方面への一泊旅行を予定していました。

その日がどんぴしゃり台風が来る日。前日は天気予報とにらめっこ、台風の

速度に合わせてせめて時間の調節をと思っても駄目で、夕方に宿を、夜中に

レンタカーをキャンセルしました。

 高知の雨台風はかなり凄い様子でこれならやっぱり行くのは無理だったと

諦めがついた三人です。

二人はそれでもバスで繁華街にでかけて路面電車にのったりミニレンタカーで

市内をぶらぶらしたようです。

出かける時「お母さんも一緒に」と言ってくれたけど私は言下に「ノーサンキュー」

 後で考えて、彼は殆ど初めての土地、娘も大学進学と同時にここを出てもう

三十年余り、すっかり変わった街は不案内だったろうにと優しくない自分に嫌気が

さした私です。でも楽しかったと元気に帰って来た二人をみて少しほっとしました。

 次の日も雨、婿殿が敬老の日だからお母さんにパスタを作ってあけ゜るけど食べ

ますか。というので喜んでと言うと、一人でスーパーへ行って材料を買ってきました。

 家にもあるのになあと思うものもあったけど、娘が彼流にさせたら、ということで

黙っていました。そしてお昼には美味しいパスタをご馳走になりました。

 翌日もまた雨。じっとしていられない彼が、港の近くに古民家を利用した鯛飯屋が

あるとスマホで見つけて、予約でいっぱいの所滑り込みで一時半が取れたとのこと。

弟夫婦も誘って行きました。

 私も弟たちも全然知らなかったのですが、昔のまま手も加えずなかなか風情の

ある家で、肝心の鯛めしも美味しくて、見つけた婿殿はえらく感激していました。

 こう雨に降られて何処へも行けぬのはどう考えても可哀そうと、当地の温泉

一泊することにしました。

 ここは古い温泉で、夜遅くまで商店街の店が開いていて、ゆかた姿の泊まり客が

下駄で散策できる、日本でも数すくない温泉街だと私は思っています。


 わが家からタクシーで十分あまり。ちょっと素敵な宿を奮発しました。

 宿の外観も、従業員の態度も、部屋も料理もみんな素晴らしくて、婿殿は大満足

の様子で私もほっとしました。

 温泉街をぶらぶらして、古い神社の長い石段を上りお参りして、振り返れば遥か

西の空に沈む夕日が見えました。灰色の雲の中からやっと姿を見せたのです。


 雨に降りこめられた六日間でしたが、婿殿は「本当に楽しかった又来ます」仕事

の都合もあるのでと、娘より一足先に帰って行きました。

 二日後 娘を送って出た玄関で思わず二人が顔を見合わせました。

昨日まで蕾だった秋明菊が三輪まっ白い花を開いていました。


  「少しは気疲れもしたけれど楽しかったなあ。貴方も一緒だったらよかったのに」

 次の日、久し振りに陽のあたるリビングで私は夫の写真に呟きました。

 
 

 




 
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眠れぬ夜に [エッセイ]

 また寂しい秋の始まりです。

 空の色はあくまで青く澄んで、散らばるうろこ雲は少し切なげです。

 月は十五夜 十六夜 立待月 半月 夜毎に色や姿を変えて私を楽しませて

くれます。

 一人で眺める月がどんなに寂しく切ないか夫は知っていたのかなあ、恨めしい

気持ちがむくむく湧いてきて、また色々と考えてしまいます。

 秋の思い出はいっぱい、せめてそれらをなぞりつつ目を閉じると、余計に目が

冴えてしまいます。

 十月生まれの夫は秋が大好きで、秋の野の花々が好きで散歩から帰ると玄関

トイレの一輪挿しに、摘んできた花が入れてありました。

 私はああ可愛いなあと思いながら見るだけの人でした。

 夫は退職して沢山の趣味に取り組み、毎日忙しくしていても、晴れ渡った秋の

日は二人でよく車で出かけました。

 写真が趣味の夫とはこういう時はすぐ意見が一致して、すすきの高原や紅葉

美しい渓谷や稲穂が揺れる棚田や小さな滝やダム湖まで。

 若い時から旅が好きで、時間を見つけては家族で、子供たちが成人してからは

二人でよく出かけました。

 これらは今はかけがえのない思い出として私の胸の中にいっぱいあります。

 夫は自分の思うように勢いっぱい生き切ったと、私もこの頃やっとそう思えるよう

になりました。

 六十歳を過ぎた頃からの彼の口癖「七十歳まで生きたら充分」それを聞くと私は

何だか嫌な感じがしてよく言っていました。

 「元気でいま悪いところもないのにどうしてそんなこと言うの。お義父さんは九十

四才で亡くなったし、お義母さんは九十才でお元気なのに」
 
 内心むかむかしながら何度か問答したものです。

 私は夫とい人生を送って来たと思っていたし、健康なら老後は二人で長生きし

たいと心の中では思っていたけれど、それを言葉にしたことはありませんでした。

 今年の夏義母は百六才で天寿を全うしました。

 もうすぐ夫の八十才の誕生日です。彼が逝って早八年の月日が流れたことに

なります。

 これから先私は一人でどのように生きるのでしょう。

 虫の声すだく秋の夜長、ますます眠れそうにありません。



 
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別れの風景 [エッセイ]

 紫陽花の花だよりが週末のテレビを賑わせています。

昔は家族や友人たちとあの日あの場所、水面に映る紫陽花を眺めたものです。

 透き通るような水色、愁いを包み込んだ紫、あどけない子供のようなピンクの花。

でもいつ見ても何となく寂しい花の印象があった気がします。

 今日はどんよりとした曇り空、紫陽花からふと寂しい別れの風景が浮かんで

来ました。

 そして私にとっての別れの究極は夫との永遠の別れです。

もう八年にもなるのに、突然思い出してぴーぴー。

 考えてみれば私は彼と出会った時から、誰よりも多くの別れを繰り返して来

たのではないかと思うのです。

 何となくいい雰囲気になりかかってた頃、突然の彼の転職で離れてしまった

二人。

 今のようにメールどころか電話さえままならなかった半世紀前。唯一の手段

は手紙しかありません。急ぐ時は電報です。切手は十円。それも向こうへ着く

のに三日もかかりました。

 汽車で二時間しか離れてないのに、彼の仕事の都合もあって月に一回会え

たら良い方で二カ月会えないこともありました。

 土曜日の午後夕方来る彼を駅に出迎える、嬉しいくせに恥ずかしくて柱の

陰に隠れていて、キョロキョロしている彼をしばらく見ているのが好きでした。

 食事をしたり喫茶店で好きな音楽を聞きながらコーヒを飲んだり、楽しい夜を

過ごして、私を家まで送ってくれました。

「おやすみ」と言って彼が定宿といっていた友人Nさんの下宿へ帰って行くのを、

何とも切ない思いで、姿がみえなくなるまで見ていました。

 日曜日は朝から出かけました。友だちと会ったり、二人で少し遠出をしたり、

あっという間に彼の帰る時間になります。

 汽車はいつも八時十七分。あれほど話たのに、何か言い足りなくてこの時間

は二人とも無口で不機嫌になりました。

 それでも汽車が出る間際には二人とも笑っていました。ちぎれるほど手を振る

彼の姿が白い点になって、黒い煙だけを残して汽車が見えなくなると、ホームに

は私しかいないことがよくありました。

 私たちはこの切ない別れを何回繰り返したことでしょう。

 結婚してからも最初の単身赴任の時は、車で四時間かけて二週間毎くらいに

帰って来ました。二三日子供たちとも楽しい時をすごします。彼はいつも庭にい

たような気がします。

 帰る日は朝四時頃家を出ます。顔は笑っているのに私にはとても寂しそうに見

えました。

ずっと後で聞いたのですが、家を出て五分くらいの道端に車を停めてしばらく泣

いたそうです。それも帰る度にとのこと....私と子供たちは大笑いをしたのですが。

 その後も四度十四年の単身赴任を経てやっとわが家に落ち着きました。

その中三回は私一人が待っていた年月だったので、お互い別れが取り立てて

切なくもなかったのでしょう。

 私も仕事を持っていたので、時に彼の任地を訪ねて小さな旅を重ねた楽しい

思い出しかありません。

 それでも今私は改めて思うのです。私たちほど別れの切なさを味わった夫婦

はいないのではないかと。

 そしてこれは、私にとっては想像だにしなかった、こんなに早い彼との永遠の

別れのために、神様が私に免疫をつけるための訓練ではなかったかと.....。


 小雨が降り始めました。紫陽花が一際美しい色を増すでしょう。


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