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十年ひと昔 [エッセイ]

 日暮れ時、東の空に白く十三夜の月が浮かんでいます。

暮れ残った青い空の月は美しいけれどはかなげにも見えます。

玄関先の秋明菊の夕風に少し揺れている風情にもふと寂しさを覚えます。


 今日で十年。四、五日前から私の頭はこのことでいっぱいでした。

彼と会えなくなって恨み言を言ったり、寂しがったり泣いたり、いえいえ感謝の

外に何がある、と思い直したり。

 そしてそして早くも十年の時が流れ去ったのです。

 あの時十年後の自分なんて想像もできませんでした。二年、三年、実際早く迎えに

来て、とそのことばかり考えていました。一人で生きることなどできるわけがない。

三年、七年、いつまでぐちぐち言ってるのと、はっきり言われたことも。

 でもひと昔とはよく言ったもので、ふと気が付いてみると確かに涙が出る回数は

減りました。一日とて彼のこと思わぬ日はないのに、悲しみや切なさの種類が少し

変わってきたのを実感しています。

 月命日にお墓詣りに行くときバイクで鼻歌を歌っている自分に気が付いてあれっと

おもったり。前が見えなくなるほど流れていた涙。墓石の前にしゃがみ込んで涙に

暮れていたのはついこの間だと思っていたのに。

 あれ以来バックに忍ばせて持ち歩いているお気に入りの二人の写真数枚。親しい

友に見せては、多分ひんしゅくをかっていたであろうのに、自分では満足して一人の

時、こっそり取り出してみては、あの時この時を思いよく泣いていたのに。


 あの頃と何が違ったのでしょう。

 時の流れ、そう自分の年齢も関係あるのではとやっと気付きました。

もうほろほろ泣いている年でもないんだと思うと笑えてきました。

 仏壇の前に座ると白い菊とカサブランカの影から私より十歳も若い彼の笑顔が見えます。

 
 十年ひと昔、姿はおばあさんになったけど、私の心は変わっていないこと彼に分かって

もらえるかなあ。

 私決めました。これからは自然に逆らわずに、しっかり前を向いて笑って生きようと。

そんな私を見ている方が彼だってきっと嬉しいに違いないのです。

 私が一生懸命に歩いて行けば、終着点ではきっと笑顔の彼が待っていてくれると

夢見る夢子さん信じています。

 とは言うものの次のひと昔、生きている私を想像せよと言ってもそれは無理なことです。

 


 


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家を売るということ [エッセイ]

 少し涼しくなったのでまた夕方のウォーキングをはじめました。

好きな時間に一人でぶらりと出かけます。こういうところは一人住いの気楽さ。

 二か月休んでいる間に季節は移り道端には野菊が揺れていて池には水鳥が

群れています。

 何も考えずにさっさと歩きます。ふと気が付くと私は小声で歌を歌っています。

好きな歌が次々に出てきます。童謡 抒情歌 流行歌 ロシア民謡だって。

 そして若き日に思いを馳せ、時には恋しい人を思いだすことも.....

好い気持ちで四十分、暮れかけた我が家近くに帰ってきて「えっ」足が止まりました。

 同じ班Yさん宅のブロック塀に「売り家」の看板がかかっているのです。

 半年くらい前一人暮らしのYさんを見かけなくなったなあとは思っていました。

キャリアウーマンで定年まで勤めて子供さんたちもいるのに。

 しばらくして施設に入られたと聞きました。

 ああ子供さんたちも独立されて、家はいらないのだ....と納得しつつも何故か寂しい

気持になりました。

 夜になって一人リビングに座っていると、つい最近姉とも思っている親友も家を

手放したことをつい考えてしまいました。

 彼女は夫に先立たれ子供もなく、仕事を辞めてからも本当に元気で、趣味に没頭し

旅行にもよく出かけていました。誘われた私がさあねえ~と躊躇するとさっさと一人で

行ってしまいます。

 それが八十三歳になってふとした病気から床に就き、施設に入ることになりました。

 もともと明るい性格で半年ほどで元気になり、ここを終の棲家に決めたとあっけらかん

と言いました。

 市内の一等地に立派な家もあって、私は内心家にいればいいのにと思いましたが

一度一人の生活以外を体験すると特に夜など心細く感じるのだと彼女らしからぬ言葉に

自分のことも考え併せて私もそうだなあと、納得したのです。

 しばらくして家を売ろうと思うと相談された時も、経済的にも余裕があるのだし

 そう急がなくてもと言いつつ、もう帰ることもないのだから、それも一つの方法だと

あえて反対はしませんでした。

 結婚してからずっと夫と二人住んだ家。彼女の人生の歴史。思い出の殆どが詰まった家。

こんなに簡単に手放せるものなのか。

 二か月もしないうちに「家売れたよ」と明るい声で電話がきました。

 私は飛んでいきました。「もう帰る処もなくなったよ」一瞬だけ寂しそうな顔をして

それでも信じられないくらい、すっきりとした顔をしていました。

 どんな人が買っていくらで売れたかまで詳しく話してくれる彼女に「高く売れてよかったね

でも誰にでもそんなに詳しく話したら駄目よ。」私は事務的にいいました。

 夜になって一人で彼女のことを考えていると涙が出てきました。

 若い時から何度も何度も訪ねた家。この間まで俳句の仲間や生花の生徒たちの笑い声が

絶えるなかった家。

 あの家にはもう二度と帰ることはないのだ。愛着がないはずはないではないか。やっぱり

売るのはまだ早いと忠告した方がよかったのではないか。

 明るい笑顔に隠された彼女の寂しさに気がついていたら、もっと他にかける言葉があった

のではないかと私は自分の思いやりのなさに、すっかり落ち込んでしまいました。


 みんな年を取ると思ってもみなかったことに直面することがあるのだと、自分のことも

考えつつ私は絶対に家は売らないぞ! と思ってにやり。

 とにかく元気でなければ、誰だって住み慣れた我が家で思い出に包まれて人生を全うする

のが一番幸せなのだから。

 我が家の玄関先には私たちの大好きな白い秋明菊が、季節外れの暑い日差しにもまけず

秋の匂いだけはする涼しい風に吹かれています。

 明日からまた元気を出して頑張らなくては、秘かな私の決心です。



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静かな雨の昼下がり [エッセイ]

 やっと秋の気配をあちらこちらで感じるようになりました。

夜の虫の声に気が付いて、もう随分日が過ぎた気がします。

そしていつの間にか「暑い暑い」と独り言を言わなくなっていました。

 いつしか彼岸花が燃え、時折通り過ぎる風もひんやりと心地よいのです。

 まだまだ二十七、八度とかいう日があってもさらりとした空気のせいでしょうか

暑さを感じることはありません。

 このところ少し忙しくしていてブログを書くのも読むのもご無沙汰でした。

 夏休みをとったと突然息子が帰省したり、台風で大雨が降ったり、友達がアキレス

腱を切って入院したり、孤軍奮闘の私でしたから。

 台風一過高く澄み切った初秋の空を飽かず眺めていると、何だか元気が出てきます。

ところが気持ちに付いていかないのが体、毎日しんどいーと意気消沈。

 友達もみんな「しんどい」そうで今年の異常な夏の暑さにやられた「夏バテ」だと。

 多分そうだと思います。別に悪いところもないのだから、もう少し様子を見てのら

のらしょうと決めました。

 本当は年のせいだとみんな思っているのです。くやしいっ!


 でも元気が出たら私十月から始めようとしていることがあります。

楽しみで今ちょっとそわそわしています。老骨に鞭を打つのではなくて、楽しく

のんびり、私なりのやり方で頑張りたいと思っています。


 九月の初めころ膨らみ始めた秋明菊のつぼみの先がやっと白い色をみせました。

 また大好きだけどなんとなく切ない、本当の秋がそこまで来ています。

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秋めいて 教育と教養 [エッセイ]

 九月になった途端に涼しくなって心身ともにシャンとしたような気分です。

それでも気温は三十度以上。ただ涼しい風が一日中吹き渡りエアコンなしです。

 夜はまた一段と涼しくて、澄み切った深い藍色の空に「この月の月」が

少しづつ形を変えながら煌々と現れます。

 コオロギの声も軽やかに、とうとう秋が来たと嬉しくなります。

 今年の夏は本当に暑くて、ご近所さんとたまに会うとこのまま死ぬかもねと

妙に納得したものでした。

 まだまだ残暑は厳しいと予報されていますが、気にしないことにしました。

 こうなるとこの夏、のらのらと過ごしたことが悔やまれて、秋には何かやりたい

と思っていました。

 つい先日同世代の男ともだちがいいこと教えてくれました。


 年を重ねたら毎日「しんどい、しんどい」と、言ってもどうしょうもないことを

ぐちぐち言って、みんなつまらん老人になってしまう。

 少しくらい体の調子が悪いところがあっても、時間だけはたっぷりあるのだから

「教育と教養」に精をだそう。

 私は「えっ」今更と思いました。

 でも話を聞いて大笑い、大賛成。

 「教育」とは  今日行くところがある。

 「教養」とは  今日用事がある。

 なるほどと思いました。家に篭って愚痴っている人に明るい未来はありません。

 それが病院であっても出かける予定や、どうしてもやるべき用事がある時は確かに

張り切って(笑)いるように見えるし、少々しんどくても行動します。


 私もなんだか元気が出て早速NHkカルチャーセンターの講座を考えています。

それともう一つМ大学の「コミニティカレッジ」でも興味ある講座を見つけています。

 今のところ元気だし、週に一回くらいなら大丈夫かなあと。

幸いどちらもバイクなら15分で行けます。勿論娘にはバスで行くと言うつもり。


 青く澄んだ空に浮いている鰯雲、涼しい風、この秋は何かいいことがありそうで

ちょっと浮き浮きのそんな土曜日の午後です。

 
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青空に太陽三つ [エッセイ]

 見上げると雲一つない真っ青の空です。

澄んだその色はもう秋色そのもの。でもそこにはギラギラ太陽が三つもあるかと

思うほどの強烈な陽の光。

 神様もうお許し下さい。人間も植物もこの暑さに頑張る力も限界です。

 暑さ知らずの二週間。夢のような東京から帰ってもう四日になります。

当地の暑さは毎日の天気予報で確認していたけれど、こんなに続くとは。

 涼しさに慣れた体にはこたえます。

 それでも帰ってからの諸々のやるべきことをいつも通りこなしました。

ただ体力の消耗はいつもと全然ちがいます。

 エアコンのきいてない部屋の廊下は足が熱いのですよ。想像出来ますか。


 今はやっと落ち着いて終日涼しい部屋でいつものノラの私に戻っています。

 高校野球も終わって、夜には虫の声もちらほら。

 もう秋もそこまで来ているでしょうと期待しつつ、ひと頑張りしましょうか。

 


 

 
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猛暑の中の小さな楽しみ [エッセイ]

 猛暑 三十度以上の日が今日で二十五日、さすがの私ももうがっくり。

終日エアコンの冷気に助けられてごそごそと最低限の動きしかしません。

新聞と読みかけの本たちをちらちら。パソコンの前にもちょこっと。

 そして一人分の食事作り。買い物もかなりのまとめ買いで滅多に外に出ません。

 幸い今通っている病院もなく、薬も降圧剤を朝一粒のむだけです。

 庭の草もかなり伸びているし、玄関周りのランタナも暑苦しげに茂っています。

やろうと思えば仕事はあるけれど、熱中症になるよりはましと目をつぶっています。

 そしてただ一つ一日の終わりに私の楽しみが待っています。

 夕方六時半過ぎからのウォーキング。と言えば聞こえはいいですが、大したこと

ではなくて散歩程度約三十分ほど歩きます。

 その途中で見える夕日の美しいこと。汗だくなのに、これを見るために歩いている

ようなものです。

 М大学のグランドが本学から四キロほどの我が家の近くにあります。

野球、陸上、アーチェリーのグランド、管理棟などがあり夕方から大学生が大勢自転車や

バイクでやってきて、夜間も煌々とした照明の中で猛練習しています。

 この周囲にある樹齢五十年にもなる楠の並木が見事で、その向こうに真っ赤に燃える

夕日が沈んでいくのです。そこには海があるのですが残念ながら、そこまでは見えません。

 少しの時間差で、太陽の形や色も違います。

 赤でも凄味のある血の色のように見えたり、ただただ神々しい金色だったり、暮れ

落ちる寸前には濃い灰色の雲のなかに、真紅のまん丸いあどけないような太陽が

ゆっくりと沈んでいきます。

 眺めているとなんだか切ない気持になるけれど、でもいっぱい元気を貰った気がして

歩きはじめます。

 汗を拭きふき小さい声で「月の砂漠」なんか歌ってしまいます。

 健康的なことは一切しない私の唯一の「からだとこころ」に良いこと。

 帰ったら真っすぐに浴室へ。極楽です。ビールが飲めないのが残念だけど麦茶でも

本当に美味しい。

 こんな時「寿命が延びた」というのかもしれません。

 さあ 今日も三十五度だったけれど、元気に愛しい夕日に逢いに出発です。



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孤独を楽しむ老後って.... [エッセイ]

 猛暑のなかの三連休です。
あ~あ小さな私のため息聞こえますか。
我が家の前の六十台前半のご夫婦。西隣の母娘はさっき相次いで車で出ました。
 私にもそんな時があったと懐かしく思い出しています。
それが当たり前の日常でした。 数十年の時を経て今じっくりと考えています。
 一人暮らしは自由でのんびりで、そう楽しいこともない代わりに辛いことも
ありません。ただ寂寥感は常に私にまとわりついています。
 私も母が一人でいた年になり、毎日のように訪ねる私に「寂しい」を連発して
いた母の気持ちがやっと今理解できるのです。
 
 でも考えます。
 私の友たちは皆さん旦那様がお元気で、私からみたら羨ましい限りです。
 ただ自宅では生活が無理となり、二人で施設に入った友。訪ねてもあまり
笑顔もなく会話も弾みません。
 「毎日どちらかが病院に行っているのよ」と少し耳が遠くなった友。もう長話も
出来ません。
「私もふらふらなのに主人があちこち痛いので、いつでも車を出せるようにしてる」
と本人曰く老々介護の友。
 旦那様をなくした三歳年上の友は足腰が駄目になり、とうとう施設へ。

 彼女らからみたら、多分何もせずに呑気に暮らしている私のこと「羨ましい」と
思うかもしれません。
 私の気持ちなど我儘だと思っているかもしれません。
 私もそうかもしれないと思いつつ、私が払った代償の大きさには気もつかない
彼女たちを、それなりに幸せなのだろうと思っています。
 
 失ってからでないと分からないこと。失ってからでは遅いということ。
 人間、死ぬまでは生きていくしかないということ。
 私実感し過ぎています。

 五木寛之著 「孤独のすすめ」 人生後半の生き方

  老年になって「前向きにポジティブに生きろ」などというのはむしろ残酷な
ことではないか。だとすれば後ろを振り返り、ひとり静かに孤独を楽しみながら
思い出を咀嚼したほうがよほどいい。回想は誰にも迷惑をかけないし、お金も
かかりません。繰り返し昔の楽しかりし日を回想し、それを習慣にする。
そうすると、そのことで錆びついた思い出の抽斗が開くようになり、次から次へと
懐かしい記憶がよみがえってくるようになる。はたからは何もしていない
ように見えても、それは実は非常にアクティブな時間ではないでしょうか。
 孤独を楽しみながらの人生は決して捨てたものではありません。
それどころかつきせぬ歓びに満ちた生き生きとした時間でもあるのです。

 私は感動にも似た共感を覚えました。
元気が出てきました。
 三連休暑いけどお天気はよさそうです。ちょっと出かけてみましょうか。
  
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懐かしい父に逢えた! [エッセイ]

 梅雨の晴れ間に咲く紫陽花の花の色も、日増しに濃くなっていくようです。

ぼんやりと眺めていると花にまつわる昔のことを思い出したりして、時間が

ゆっくりと過ぎていきます。

 そこへ古い友人のHさんから電話がかかりました。本当に久しぶりです。

 お互いの近況を知らせ合い、ひとしきり話が弾んだのち

「古い話だけどね」とHさんが切りだしました。

 彼女は私より四歳くらい年上で、仕事関係で若い時知り合ったのです。

 私の父とHさんの会社の社長が親友で、仕事上も関連があってよく来たので父の

こともよく知っているというのです。


 さてHさんの話は昔、時々職場に来る父はいつもにこやかで静かなのに話しだすと

博識でユーモアがあって、ついみんなが仕事の手を止めて聞き入ったこと。

 事務所の看板を書き換えを社長が頼んだ時も突然のお願いなのに、太い筆に

たっぷりの墨で達筆で堂々と書いたこと。

 たまに娘の私の話をするときは「可愛くてたまらん」という顔をしていたこと。

 そうそうお昼の時間に来ることが多かったけどいつもアンパンをひとつぶらさげて

いたこと。

 最後にHさんが今でも残念に思っているのは忘年会に風邪で出席できなかった時

翌日同僚たちが口をそろえて、父が躍った安来節がどんなに面白かったか、涙ながらに

話してくれたこと。そしてその踊りをとうとう見なかったこと。


 私は聞きながら涙が出そうになりました。

 家庭以外での私の知らない父がそこにいました。

大好きな父でした。元気だっ父は病に倒れ五十九歳で逝ってしまいました。

 私はこの時の悲しさ悔しさを今でも忘れられません。

 市内でも大きなお寺での会社葬、何百人もの会葬者、延々と続く弔辞。道路まではみ

出した花輪の列。

 立派な葬儀も私にとってはただただ恨めしいだけでした。

 私は父のことを書き留めて置きたいと何度もペンを取りました。

三行 五行 半べ―ジ でもどうしても書けませんでした。何年経っても駄目でした。

 涙の跡が沁みたノートは今でも手元にあります。


 Hさん有難うございます。今日は本当に嬉しかったし楽しかったです。

私は心から大きな声で言い受話器の向こうに最敬礼です。

 「私昨夜貴女のお父さんの夢を見たのよ。どうしてかしらね。」

 Hさんが最後にポツリと言いました。

 ええ私の所へもずっと来ないのに何故? 私 嫉妬に狂いそうです。
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きょうだいって やっぱりいい! [エッセイ]

  先日姉弟が実家に集合して母の十七回忌法要を終えました。

みんなが揃うのは四年ぶりです。

 法要に関するすべては長男であり実家に住む弟が義妹と二人で奮闘してくれて

私の出る幕はありませんでした。

 長男夫婦、神戸から次男夫婦、横浜から三男夫婦、そして残念ながら私だけひとり。

 法要を終えてお昼は賑やかに老舗割烹で美味しい料理をいやというほどご馳走になり

酒豪の三男はこれも酒豪の甥と二人で随分のんでご機嫌でした。

若い頃に比べたら大分弱くなったと言うのですが、何故か兄弟でひとりだけお酒が強い。

 夜は実家でみんなで寝ました。

 私が夫と付き合い始めたころ長男が東京の大学へ行くため家を出たので、下の弟たちは

すぐ夫と仲良くなりました。

 そんな昔の話や祖父母や父母と賑やかだったころのことなど、懐かしい話がいっぱいで

笑いが絶えません。

 三人の義妹が口を揃えて、結婚して最初に思ったことは、「ここの姉弟は気持ちが悪い

ほど仲がいいということ」だったと言ったのでまた大笑いになりました。

そう言えば夫も同じことを言っていました。彼は私の弟たちよりむしろそのお嫁さんたち

と仲良しでした。

 結婚して数年、転勤などでこの街を離れるまでみんな一緒のときもありました。

 今はみんな孫たちの話題で持ちきりで、孫のいない私は「おばあさん」でないと上を

向いていました。

 夜の更けるのも忘れて楽しい時間を過ごしました。

 翌日は次男夫婦が、次の日は三男夫婦が我が家に泊まってくれました。

「兄さんの話はするな、もう泣くな。」二人はそう言いながらも、長いこと仏壇に手を

合わせてくれました。  私やっぱり涙がでました。

 この一週間少し疲れたけれど私にとっては久しぶりの楽しい時間でした。

 次にみんなが集まるのは兄さんの十三回忌だと誰かが言って....。

 どうも東京オリンピックの年らしい。

 「私頑張ってみる」と秘かに決心しました。

 みんな帰って、今日も五月半ばだというのに夏日の二十七度。暑い夏がそこまで来ています。












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大好きわが街 [エッセイ]

 わが家に帰ってきて今日は二日目です。

昨日はとにかく留守の間のもろもろの処理。二週間足らずだから留守電は数件です。

親しい人には周知済みなのでたいしたものはないのだけど、今回困ったのが一件。

「帰ったら知らせてね。」

私が出かけたのを知っている人らしいけど声に心当たりがありません。

次は、心ばかりのお土産を届けた家で十分づつ話しても.....。ふふふ。

 家の周りの道路の継ぎ目から生え出た雑草が、留守の家を強調するように青々と

茂って?います。しゃがみこんで四、五十分。私のもっとも不得手な分野ですが仕方

ありません。でもすっきりきれいになりました。

 冷蔵庫もからっぼ。スーパーで買い物いっぱい。

 一番大切なこと。バイクで一走り。

「帰って来たよ。子供たちも元気だったよ」お墓へお参りして報告を済ませました。

 早めにお風呂に入って昨夜はわりとぐっすり眠りました。

 今日は少し疲れた感じだけど予定があります。

昔夫が立ち上げた切り絵の会の展示会が、デパートで開催されていてその案内状が来て

いました。

 お昼過ぎに会場に行くと今年八十五歳になられた会長のNさんが笑顔で待っていてくれ

ました。懐かしい会員の方たちの名前と力作をみていくうちに涙が溢れてきて止まらなく

なりました。

 もう十七年、発足当時の六人は今もお元気で、新しい会員さんと会を続けています。

 夫もこの場にいたら、どんなにいいだろうと考えていたら、つい不覚の涙が....。

 気持ちを切り替えて、久しぶりの商店街をひとりで歩きました。

 途中に全国的にも有名な「鍋焼きうどん」の店があります。うどん玉がなくなったら

閉店という店でなのに今日はのれんが見えました。

 二時近くになっていてお腹もすいていたけれど、私は一人でお店にはいれません。

街に出てもごはん時でも飲まず食わずで一目散に家に帰る意気地なしなのです。

 でも今日は何だか勇気が沸いてきました。格子戸を開けると女性ばかり数人います。

そして初体験、一人で鍋焼きうどん食べました。五百八十円、おいしかったです。

 元気が出た私は電車通りから、堀端まで足を延ばしました。

堀の岸辺の若緑の木々や、つつじのピンクの花が水に映って、本当にきれい。

県庁の後には燃え上がるような緑いっぱいの城山、見上げると青空に映える白い天守閣。

 ああ私の大好きな風景。

 この堀端を若い時の私夫とよく歩いたなあ。ちょっとセンチになって。

 私はこの街が好き、だからどこにも行かない。一人でここで頑張りたいなあ。

終の棲家はこの街の我が家。家族の思い出がいっぱいいっぱい詰まったこの家。

 さあ明日からは少しのんびりと、東京での遊び疲れを取らなくては。

早くものらの本性が現れ始めた私です。





 

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