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雪がちらちら寒い日曜日 [日記]

 二十二日目にわが家に帰り、色々やるべきことをしてやっと落ち付きました。

遅ればせながらやっぱり年賀状を読むのは楽しいものです。

皆さんの変わらぬ様子に安心しつつ、正月気分にもどります。

 東京での三週間は締めくくりの別所温泉の雪景色の素晴らしさが象徴的

で満足なものでした。

 今年も頑張ろうと元気が出て来ました。気がかりな病気の友もいますが、

出来るだけ見舞って早く元気になりますように念じています。

 留守を頼んでいた弟夫婦も教は早速来てくれてスーバーで買い物もして

来ました。二人ともまだ週三日ほどは仕事をしていて生き甲斐だといいます。

 私もぼつぼつブログなど綴りつつ楽しい日々を過ごせたらいいなあと。

 帰った日にお墓にお参りして、東京での子供たちの様子や親友のことなど

報告を済ませました。

 久し振りの一人の家の中は少し寂しいけれどこれは仕方なし。

 雪の中の県別女子駅伝みてスポーツ好きの私の日常に戻りつつあります。

 少し薄日が差してきました。明日は晴れるのでしょう。
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穏やかな新年 心も優しく

 元日から続く晴天につい浮き浮きとしてしまいます。

何をするでもなく、ただ静かに過ぎていく日々もいいなあと。

東京滞在もあと少し。六十年来の親友とはもう三回もデートしたし

 元日は初めて娘夫婦も一緒にお雑煮を食べてにこにこの私。

今までみんなが仕事の都合もあってなかなか揃いませんでした。

後は温泉行を終えたら、東京でののんびりお正月も終了です。

今年の温泉は「真田丸」で盛り上がった様子の別所温泉

大雪の場合を考えて新幹線にしました。

 私はだいぶ前に夫と行ったことがあるので一入懐かしい気がします。

ひなびた静かな町のたたづまぃを思い出しています。

上田からの電車が風情があって、夫は子供のように喜んでいました。

 さて三週間も留守にする我が家はどうかしら。

毎年のことなのにやっぱり気になります。里心でしょうか。

 ああそうだ。誕生日が来る....今年はなんだか複雑な心境!! 
 
 私もう少し頑張って、トランプさんの政治手腕とやらを見届ける

ことにしましょうか。

 もうちょっとだけ待っていて欲しいのだけどいいですか。

 夫の苦笑い私には見えるのですが。
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年の瀬、今年も東京で越年です [日記]


 少し早いけれど色々あって東京へやってきました。

東京で年の瀬を過ごし、新しい年を子供たちと迎えるのも十回目となりました。

 私が一人で過ごしてきた年月の流れの早さと、重ねた年を思うとぞっとします。

あちらで彼はどんな気持ちでいるのだろうと、時々考えます。

 「もうそろそろいらっしゃいませんか。待ちくたびれましたがな。」

と言っているのではと思ったり、

 「もう少し子供たちの近くにいたらどう。まだ世話をかける訳でもないのだから」

と思っているのではと自分の都合のいいように解釈したりで大笑いです。

 今年はそこそこ元気でいられたし、体力も気力もまあまあだったから、もう少し

頑張ってみましょうか。と

 住みなれた?十二階のベランダから抜けるような空色の空に美しい富士山

輝いて見えます。

 後一週間で今年も終わります。忙しい年の瀬、暖かい日が続きますように。
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面影草  11 [短編]


 戦後二十年経って日本の国全体が活気に満ち、人々は頑張りさえすれば
夢に手の届きそうな時代だった。
 私たちの街にも新しいビルが次々に建ち始めたが、郊外のわが家の辺りは
まだまだ自然がいっぱいで、子育てにはいい環境だった。
 前の家から大切に持ってきた庭の木々や花たちは、私たちの家庭の歴史を
物語るように大きく成長していた。
季節ごとに咲く花は安らかな気持ちを、少しづつ伸びていくさくらんぼや梅や
松や椿には元気と勇気をもらった。
少しでも時間があれば庭にはいつも彼がいた。子供たちの声がした。
 しばらくは葛藤のなかに揺れていた彼も気持ちを切り替えて新しい仕事に
取り組み、彼なりの目標も見つけたようだった。
 
 娘が幼稚園に入るのを待ち構えて、私はパートに出た。やっと時間で働く
パートという職種が定着し始めたころではなかったろうか。
 昔勤めていた職場から声をかけられて家計の助けにもなると決心した。
彼はすぐ賛成してくれた。
子供が大きくなったら仕事を持ちたいという、私の気持ちをよく理解してくれて
いたから。
 入社にあたって社長にお願いしたこと。幼稚園のお帰りに合わせて時間を
調節して欲しいと。後で考えれば我儘だと思うけれど、その時は必死だった。
「パートだからそれでいいんだよ。」にこにこと社長は了承して下さった。
 私は昔の仲間や新しく知り合った仲間と楽しく働くことが出来た。仕事は
当然単純な補助作業だったけれど今はこれでいいのだと納得しいていた。
 
 一生懸命だったこの頃の思い出は、頑張った自分たちへのご褒美だと彼が
言いだして、家族で出かけた「大阪万国博覧会」
 息子の担任に遠慮がちに「万博に行くので学校休ませて下さい」とお願いに
行った時、若くて美しい先生がおっしゃった言葉が今も忘れられない。
「素晴らしいてすね。しっかり見てきて下さい。学校の勉強も大事だけど、それに
劣らない社会勉強が出来るでしょう。」
 若かった私は感激してこういう先生がこれからの教育界を引っ張っていって
くれるのだと頼もしく嬉しくなって、興奮して彼に報告したものだ。

 私たち家族の三泊四日の万博見物は、楽しくて珍しくて嬉しくて、疲労困憊。
今まで見たこともない人人人の波。
巨大で、でも魅力的な「太陽の塔」。
世界中の国々の展示館の壮大さと、美しい緑いっぱいの万博庭園。
押し合いへし合いチラリと見た「月の石」。
どこかの国のm教の展示館に引きこまれて、一時間も勧誘されたこと。
 体力もお金も使い果たしたけれど、それらに勝る大きな収穫があった素敵な
体験だった。
 

 
 
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短歌を読む

 
  
      春の夜の ともしび消して ねむるとき ひとりの名をば 母につげたり


   鑑賞


       久し振りに訪ねてきた母と床を並べている。

      明日にはもう帰ると言う。

       ガラス窓を通して春の夜の月明りがやさしい

      今夜こそ自分の大切な思いを母に聞いて欲しい。

     でもどうしても言い出せなかった。

       白くて細い彼女の面ざし、静かであたたかい人柄。

     なんとなく母に似ている。

       「おやすみ。」母が枕元の灯を消した。

       私は低い声ではっきりと母に告げた。

       どうしても一生添い遂げたいと切望する人の名を。

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青春の日よふたたび! [随筆]

 朝からすっきりと晴れ渡り柔らかな秋の日差しが降りそそいでいます。

昨日までの雨模様が嘘のよう。

 今日は年に一度の「マドンナ会」いまから半世紀も前ともに机を並べて

仕事をした職場の仲間たちが集う日です。


 役所の外郭団体の財団法人として発足以来六十有余年、その変遷は

激しくて、今はその名も変わり事業は細々と続いているものの、人手に

渡りながらも姿を残していた事務所ビルも、とうとう取り壊されて昨秋から

マンションが建てられています。


 昭和三十年頃、女性は定年まで勤める人は珍しくて、四、五年働いて

年頃になると結婚退職していた時代です。


 そして二十数年前、退職した人たちが子育ても終わり、少しゆとりも出

来たからと、誰からともなく話が出て女子だけの退職者の会ができました。

 最初は二、三年に一度の割合で開催して、出席者も多く昔話に花が咲く

楽しいひとときを過ごしていました。

 しかし時が過ぎ親の介護から配偶者の世話へと忙しくなり、ついに自身の

健康も危うくなった数年前から、「生きているうちに会いたい」という年長者の

意見に賛同して毎年の開催となりました。


 昨年十回目の区切りのいい所で、もう止めようかということになった時、そう

大袈裟に考えずに、気軽に集まって食事してお茶でも飲む会にしたらどうかと

いう意見に皆が賛同して今年を迎えました。

 簡単に電話で出欠を聞き、十人位はあつまるかなあ、と心配していたのに

何と昨年とほぼ同数の十六人もの出席者。

 一見みんな元気そうで、八十六歳を筆頭に七十二歳までの仲間の笑顔です。

 近況報告も生き生きと、家に籠っている人は殆どいません。

 料理囲碁、フラダンス、コーラス、カラオケ、俳句、短歌、川柳、洋裁、水泳

などなど。

 
 それでも「お薬は飲んでいますー」と誰かが言ったので爆笑となりました。

 
 その昔の職場の様子は忘れかけていても、ひとつ糸口が見つかって誰か

が話出すと、皆がああそうだったと一瞬で花の働く乙女に立ち戻るのです。


 二時間半の会食が終わっても名残惜しくて誰も席を立ちません。

 幹事さんの機転で近くのカフェに席を移すことになりました。所用があった

二、三人除いて皆が移動しました。

 ここでまた一時間余り、お喋りは尽きることなく続きました。


 楽しい時の過ぎるのは早く、また来年を約束して家路に着く頃は、暮れ易い

秋の日も傾きかけて、暖かい思い出を又一つ積み重ねた私たち仲間を、優しく

見送ってくれているようでした。 

 
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高原の町はもう秋模様 [随筆]

 文化の日は晴れる! 本当に美しい朝の空を見上げて溜息ひとつ。

何の予定もないこんな日は寂しくて切なくて恨めしい。

 若い時は祭日など家に居たことあったかしら。ずっと前から計画して、兎に角

出かけました。

 あの頃一緒だった家族も遠く、友も今はもうそんな元気はないのです。

 家事も一通り終わってごろんとしていた十時過ぎ電話が鳴りました。

「お久しぶりです、元気にしてますか。」一年振り位に聞く懐かしい友の声です。

 あまりにいい天気でドライブでもしょうかと思うのだけど一緒に行きませんか。

どこへでも行きたいところがあったら言って下さいとのこと。

 夢ではないかと思うくらい嬉しくて、「行く行く何処でもいいから連れていって。」

三十分したら迎えに来てくれるとのこと、私は大慌てで支度をしました。
 
 海でも川でも街でもと言うことでしたが、考えた末二時間足らずで行ける高原の

町にいくことにしました。


 彼女は年が一回り以上も若い友だちで、人柄も素敵な上に国立病院の看護師

として頑張り昨年定年退職しました。今は医療専門学校の教師として新しい仕事に

張り切っています。

 運転の腕前ももなかなかのもので、久し振りのことで喋り続ける私の話も笑顔で

聞いてくれるのです。


 街を過ぎてくねくねと峠に向かう坂道もすいすい、鬱蒼とした杉の林や松林を通り

ぬけて視界が開けると風にそよぐ銀色のすすきの原が続きます。

 咲き残ったこすもすの花もあちこちに見えて、ご機嫌な私。

 眼下の谷底から目を移すとはるかに光る海も見えて、ドライブも最高潮です。

 まだ紅葉には早いようでしたが、所々には少し色づき始めた紅い葉も見えて

秋の風情を感じることもできました。

 山際の小さい流れは落ち葉と木漏れ日を乗せてゆるゆると流れ、透き通った

水は手が痛いほどの冷たさでした。


 到着した町の真ん中は、はさすがに人が溢れ道の駅や物産館は活気に満ちて

いました。

 私たちも地元の野菜や果物や山の清水で育ったという新米買いました。

 食事をしたり、コーヒを飲んだりのんびりと高原の町で秋を楽しみました。


 思いがけなく楽しい一日を過ごさせてくれた友の優しさを、本当に嬉しく思うと

共に、持つべきものは友だち....と感じ入った私です。

 「またね」にこにこと手をあげて帰って行った友の車を、感謝の気持で見送り

ました。

 もうすぐ本当の秋を連れてきそうな風が、やさしく足元を通り過ぎて行きました。
  
 

 


 








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霜月にひとり [随筆]

 九月初めから咲き継いできた秋明菊の最後の二輪が散りました。

霜月の声を聞いた途端に秋が来たようです。

 空はどこまでも高く澄み渡り、吹く風も時には冷たく通り過ぎていきます。

 一日は夫の祥月命日です。偲び偲びつつ早くも九年、随分元気になった

私ですが、年を経て彼よりもはるかに年上になってしまいました。

それでも大好きなお花をいっぱい持ってお墓へ行きました。

 毎月のことなのにやっぱりいつもと違う気がして手を合わせると様々な

感慨が胸をよぎります。

 何かある度にここに彼がいたらと何度思ったことでしょう。寄り添って歩く

同年配の二人連れが羨ましくてつい目をそらしてしまう自分を可哀そうにと

慰めている自分。

 月日を重ねても決して遠くならない夫のことを、それでいいのだと言い聞かせ

ながら、ひとりで歩いていくしかないのです。


 幸い私には二人のいい思い出が沢山あります。後ろ向きた゜と言われても

これは私の特権だと思っていつでもそこに逃げ込みます。

 そこには若かったふたり。子育てに悪戦苦闘していた頃の。単身赴任地から

電話でお互いの様子を話合った頃の。子供たちが巣立ち心おきなく好きな

趣味に没頭していた頃の。そして突然の病に倒れ、想像だにしなかった早い

別れの日までのふたりだけのわが家での一カ月。

 私の脳裏には、その時々の幸せなふたりの姿が鮮やかに甦ってきます。


 静かな霜月の夜です。叢雲に月の姿はみえません。

 





 
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面影草  10 [短編]

 たった一人の王子様の出現に二人の生活は一変した。目が回るような毎日。
実家でみんなにちやほやされたボクには困った。
 抱きぐせがついて、とうとう私は一日中ボクを抱っこしたりおぶったり。
仕事が終わると風のように飛んで帰って来る彼を待って、買い物に出かけたり
食事の支度をしたり。こんな時彼の主夫ぶりには本当に助かった。
 こんなボクには振り回されながらも幸せな毎日が過ぎて行った。
 専業主婦の私は自分が思っていたより自然に主婦してるじゃない..と自画自賛
彼も予定通りのいい夫いい父として仕事も家庭も充実していた。

 三年後彼は仕事上のことで想像もしなかったトラブルに巻き込まれた。
自分が信じて積み上げて来たものが音を立てて崩れ去った。
自分の不注意ではなかったか。誰かに迷惑をかけてしまったのではないか。
 毎日苦悶する彼を私は黙って見ていることしか出来なかった。
 最初に彼から事の成り行き聞いた時から私は彼を信じた。彼の仕事を信じた。
そして私に出来ることは彼のために祈り続けることだった。
 彼は決断した。結論を聞いて私も彼の決断を正しいと思った。

 私たちは幸せな新婚時代を過ごした思い出のN市を去ることに決めた。
 彼か転職することにも、義父の気持の詰まった、そして私たちの魂の絆と思える
ほど愛着のある家を処分することにも、二人で悩み真剣に考えた末での人生の
一つの選択だった。
 それでもお互い言葉にはしなかったけれど、これから住むことになるМ市が二人が
出会って素敵な青春を過ごした懐かしい街、私の両親のいる美しい街であることが
何よりも嬉しかった。
そしてそれらは、さまざまな不安を抱えて再出発する私たちの大きな支えとなった。


 私たちは市の郊外に開発されたばかりの七十区画ある団地に第二の新居を構えた。
 夫は今までとは全く違う新しい仕事に必死に取り組み、私もボクも頑張っていつも
笑い声の絶えることのない、楽しい家庭作りに精をだした。
 顔が見たいと思えばいつでも逢える父母や弟たちや友だちが私たちの底力となった。

 ここで私たちは待望の女の子を授かった。

 私が希み想像していた色白で、目はぱっちりとはいかなかったけれど、可愛くて元気な
女の子。
 彼はまた子煩悩を絵に描いたようなパパになって、あれこれと世話をやき、自分も随分
元気を貰ったようだった。
 あの泣き虫だったボクも三歳になり今は優しいお兄ちゃんぶりを発揮していつも彼女の
側を離れず、女の子のようにお人形と遊んでいた。

 近所にも人が増え、子供たちにもいい遊び相手も出来、私もここで生涯の友ともいえる
心通う素敵な女性に出会うことが出来た。
 相変わらず苦しい家計との格闘に明け暮れる私。、時にはいらいらしても陽のあたる
縁側で仲良く遊んでいる子供たちを見ると、つい笑顔になってしまう。
 若い時、彼と二人で描いていた理想の結婚生活が、曲がりなりにも出来つつあることに
気がついて、胸の底の方からほんわかした暖かさが立ちあがって来る。
 そして変わらぬ彼の優しさを本当に嬉しく思い、また頑張る気持が湧いてくるのだった。





 

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金木犀やっと色づきました。 [随筆]

 朝玄関を出るとあの懐かしい香りが風とともに。

三日前には目を凝らさないと見えぬほど花は緑色。今年は金木犀が咲くのが

遅いと感じていました。
 
 酷暑と長雨、朝晩の気温の高低の激しさに植物だって調子狂うよと、ご近所と

話していました。

 それが今朝ほんのりと薄黄色に色を置き秋の香りをいっぱいに。

 私の好きな十月、庭では雨上がりが嬉しいのか小鳥の声もしています。

 十月は夫の生まれた月、彼もきっと自分の生まれ月を気に入っていたのだと

思います。

 その証拠にその十月を精一杯生きて十一月一日未明に旅立ちました。

そして私は十月が嫌いになってしまいました。

 でも時が経つにつれて、私たちの大切な人生の区切りの出来ごとも十月が

多かったことを思い出しました。

 そしてまた大好きな十月が戻ってきたのです。

 その十月もあっと言う間に半分終わってしまいました。

 黄金に実っていた稲もいつの間にか刈り取られ、背の高い鷺たちが落ち穂を

ついばんでいるのでしょうか、刈田をのんびり歩いています。

 毎日のウォーキングが終わる頃、西に沈む入り陽の美しいこと。不気味なまでに

紅い大きな太陽、少し曇っている日は濃い灰色の雲の中に沈んでいくその赤色に

魅せられて、毎日見ているのについ足を止めてしまいます。

 夜の月を楽しみに愛でていることは言うまでもありません。

 
 一人暮らしで、老老介護の苦労もなく、ただぼんやりと一日を過ごしている私は

贅沢といえば贅沢かも知れないと、ふと思うこともあります。

 しかしその代償は....と思うと失ったものの大きさに気がつき.....堂々巡り。

 これも私の人生なのだから仕方なし。もう少し頑張ってみましょうと。


 秋明菊も今最後の花たちが風に揺らいで、さよならを告げようとしています。

 穏やかな昼下がり、開け放った窓から金木犀の香りが忍びこんできます。

 

 
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