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清楚な庭の水仙のお出迎え

 三週間振りの我が家。
初春の余韻そのままに静かに私を待っていてくれました。

 カーテンを開けると嬉しい。
庭には緑の葉とすくっと伸びた茎の先には真っ白い花びらと花芯の春らしい鮮やかな黄色。
水仙の花が並んで、お帰りなさいと私には聞こえました。

 今回の東京は残念なことにみんなが次々とかぜを引くし、私も体調芳しくなくて病院にまで。
 
 でも帰ったら元気出て不思議なほど頑張れています。待っていてくれた友やご近所の人たちも
「ああよかった、やっぱり電気付かないと寂しいよ。」と笑顔です。
有難いこと ひとつ年をとってまたおばあちゃんになったのに「おめでとう」だって。

 今日はまだまだやることが沢山あって張り切っています。

 今年のモットー 人より前を歩かない.....年相応に何をするのもゆっくりと。
         遅すぎると思うぐらいで丁度いいのだから。しんどい時は休むこと
 
娘から言い渡された私への言葉です。         

さあこの言葉かみしめて子供たちに心配かけないように頑張りましょう。
 昨日お墓にお参りした時、彼にもおなじことを誓いました。
 今日も冬とは思えない暖かい日差しがそそいで、水仙の花は輝いています。


 今年もいい年になりますように!!
                  
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切ないよろよろ新年 [日記]

 2019年も早くも六日となりました。

 遅ればせながら明けましておめでとうございます。

 こんなにも穏やかな新年、毎朝光輝く太陽を感謝の気持ちで眺めています。
それなのに上京して以来、一日として元気いっぱいの日がなくて、娘が来て
何もかもやってくれるのをいいことにマンションに籠っています。

 心配してくれる子供たちには悪いけど、寝込んでいるわけでもありません。
ただ前に帯状疱疹のあと貧血になったことがあったのでそうかも知れないと
少し風邪気味でもあったので病院へ行きました。
二時間半待って貧血の検査をしましたが先生曰く「ヘモグロビン13もありますし
貧血ではありません」

 途端に元気になって帰ってきて「明日は豪華な食事に行こう」と張り切っていました。
ところが夜になって風邪の症状が少しづつひどくなって微熱も出てきました。

 そして今日で三日目少しよくなりつつあります。

 横浜の弟が来てくれるというのも断りました。
 温泉もキャンセルしました。
 親友とのデイトもまだ一回。

 ああなんと切ないよろよろの新年なのでしょう。

 後四日で又一つ齢を重ねるdanの寂しい2019年の始まりです。

 それでももう一回元気を出して行ましょう。頑張れ!

 皆様今年もよろしくお願いします。

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平成三十年も後二日 [日記]

  穏やかに明けた平成三十年でしたが、様々な自然の力に脅威を感じた一年でもありました。

 それでも何とか細々と「さくらんぼ日記」を続けられたことを嬉しく思っています。

  子供たちと迎える新年を昨年より、ちょっと喜んでいるのも年のせいでしょうか。

 上京して十日、体調イマイチで折角の温泉行もキャンセルしました。

 でも今日のように澄み渡った空、冷気のピンとしたベランダに出ると、元気がでます。

  来年の夫の十三回忌の法要を終えるまでは頑張らなくてはなりません。

  明日はみんなで賑やかに楽しく年越しそばを食べて、お正月には初詣に行きます。

 
 一年間本当に有難うございました。

 新しい希望に燃えた時代が始まります。

 みなさん良いお年をお迎えください。

 

 
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一人ではない [日記]

 風はあるようでベランダに干したバスタオルが飛び跳ねています。
ガラス戸越しにみる空は澄み切った空色、とても師走とは思えぬ穏やかな風情です。
残念ながら今日は富士山は真っ白い雲に隠れて見えません。
 
上京四日目の昼下がり昨夜娘と婿殿が帰ったので、久しぶりにパソコンに向かっています。
 
 先日の飛行機は割合よく利用する私が、もしかして今までで最高?と思うくらい素敵なフライト。
いつも通路側の座席を取るのですが、ほとんど満席状態なのに、三人掛けの真ん中は空席。
 静かで離陸の時一瞬ガタガタ揺れた気はしたかなあ。とにかく着陸までまったく揺れません。
大体イヤホーンで音楽を聴くのがいつものパターンですが、今回は体調イマイチということもあり
備え付けの雑誌をなんとなく読んでいました。
 
 そして聞くともなく斜め後ろの座席の二人の話が耳に入ってきました。
 どうも今回席が隣り合わせになっただけの人のようなのに、乗って来た時から到着するまで
ずっと話し込んでいました。

 お喋りのくせに知らない人には、話しかけることのできない私にとっては気になる事態?
それとなくちらっと振り返り二人の人物を確認しました。
 話の内容から想像していた通り年配の男女でした。

 彼は退職後奥様の故郷の私の住む街に住みつつ東京にも自宅があるようで、時々上京するらしい。上品ないいとこの旦那様風でした。

 「いいなあ。羨ましい理想の老後ではありませんか。」.....私の影の声

 女性の方は彼より五、六歳は若い感じでちょっとふっくらした優しそうな人。
彼女は今日東京である「第九を演奏する」コンサートに行くとのこと。

 実はこの話が聞こえてきた時、それまでなんとなく聞いていた彼らの話に俄然私は興味を覚え、かなり熱心に聴き耳を立てる結果となったのであります。

 だって師走の忙しい時期、わざわざ普通の人が東京までコンサートに行きますか。
私頭古いかのもね。それとも非常識?

 「理解のあるお金持ちの旦那様のいる奥様?いや独身の優雅な老後を送っている人」....私の影の声

 「今夜はお友だちの家えでもお泊りですか」
 「いいえホテルとっていますので」
 「それでは、お気を付けてコンサート楽しんできて下さい」


 一時間十五分ずっと話し続けていた二人、今日初めて会った二人、年配の男女の二人。

 私は年のわりには一応進歩的な考え方をする方だと思っています。
でもこの位のことに、異常に反応するっておかしいでしょう。
 人間、生まれ持った性格や長い間に培われた価値判断がそう簡単に変わるものではないのかなあ。


 私は一人です。一人が好きです。
 本当は寂しがり屋のくせに強がりの衣をいっぱい纏って、そっくり反っている私?
若い時は一人が本当に好きだったのになあ。何故


ああそうでした。年のせいにしよう。

 帯状疱疹になった時、原因は疲労やストレス、加齢などとネットで見て
「私ストレスなんかないのになあ」

「一人でいることがストレスなんだよ」娘が言いました。

「東京にでておいで」
「絶対に嫌」
子供たちが諦めてなにも言わなくなって十二年過ぎました。

 一人ではない....そうですね。.考え方や行動ひとつでそう出来るのかもしれません。

 また一つ年を重ねてわが行く末をどう想像できるか。楽天家のdanさんはさて?






 

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招からざる客 [日記]

 師走も早半分終って、垣根の南天の赤い実が北風にゆれています。
「ああ」ついため息が出てしまいます。
今日で十一日何と年末の忙しい私の体によもやの珍客。「帯状疱疹」が取りついてしまいました。
 それも二度目の。それも今回は三叉神経に取りついた?「顔と頭右半分」

 初回は十一年前の三月末、これは文字通り袈裟がけにびっしり出ましたね。
38度の熱も出たし、食欲もなくもう起きてなど居られなくてどっぷり床に着いたまま。
 桜の花が咲いても花見どころではありませんでした。

 でもあの時は強い味方の彼がいました。

 絶対に欲しくないと我儘を言う私に、三度三度食事を作り「食べないと元気にならないから」と
怒ることもなく、本当に優しい彼でした。
 内心どんなに感謝をしていても「有難う」とぶっきら棒にしか言えない素直でない私でした。
 結局貧血も引き起こし、体がしゃんとしたのはゴールデンウイークも終わりの頃でした。

 そのころから今度は彼が体調を崩しました。ガレージの波板を張り替えたり、濡れ縁を作ったり、庭の木に掛かりっきり、腰や背中が痛いとすぐ整形病院に行き、慣れない仕事のやり過ぎです
よと言われ、毎日電気を掛けに熱心に通っていました。

 私は帯状疱疹の時の恩返しとばかりに、せっせと食事を作りました。食欲旺盛でにこにこと
彼は「どれもおいしいよ。」と沢山食べてくれました。

 この時彼の体に恐ろしい病気が巣食っていることを、誰も気がついてはいなかったのです。

 そして四か月そのことを皆が知った時は、既になす術もなく、その代わり辛い治療も一切ないまま彼は安らかに旅立ってしまいました。

 今回先生に帯状疱疹と言われたとき、私の脳裏に真っ先に彼の顔が浮かんで「ああ今度は一人で頑張らなければ....」と思ったのがおかしくて思わず笑ってしまいました。

 今は先生のおっしゃる顔の右の目から下顎から頬にかけて耳の中「先生は中ではない縁」とおっしゃるけど「お岩さん」状態。頭にも五、六個はあるけど先生は触りもしないし見もしません。

 私はこの先生を信じているけど、ちょっと十年前とは対応が違うと感じています。
 今やベテランになられた先生にとって「帯状疱疹」なんてチチンプイ!!なのでは。

 とにかくもう全治は目にみえています。

 それに一番しんどかった時、突然娘が帰って来て驚きました。「帰らなくていいと言ったのに」と言いつつ本当に心強く嬉しかった私でした。
 素直に「有難う。嬉しかったよ。」と言えたのは年の功かなあ。
 
 後一週間 お岩さん上京す!

  


 
 

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二百円の極楽 [日記]

 朝目が覚めた時今日はいつもより寒いなあと感じました。
窓を開けるとさっと冷気が入ってきて確かに冬の気配。
 平年より暖かいと天気予報は毎日嬉しいことを言ってくれるし今日も快晴です。
午前中の予定を終えてお昼の食事をしながら考えました。
朝思ったほど寒くもないし、午後の予定もない私閃きました。
 温泉へ行こう。

 バイクで十分薄手のダウンを着たので寒くもありません。
 真昼の温泉街は平日なのに観光客もそぞろ歩いて楽し気な雰囲気でした。

 市民が本館とよぶ一番古い建物は来年から大修理がはじまります。

その代わり今年それに代わる新館がオーブンしました。飛鳥時代を模した素敵な建物です。

 私が行くのは市民が愛用の温泉でここも今年リニューアルオープンしていい感じです。
館内は閑散としてオバアサンが六人。皆さんいかにも幸せそうな顔をして平和そのものです。
 ゆっくり湯舟に体を沈めて、高窓から差し込む柔らかな真昼の日差しを眺めていると、
とてもとても幸せな気持ちになって少しうつ向いてひとりでに笑えてきて困りました。
普段はカラスの行水の私ですが、ここではゆっくり髪も洗って体も念入りに....
湯舟の中の温泉が出ている湯口では肩やら腰やらを勢いよくでてくるお湯に打たせてご機嫌。
待っている人もいないから自分専用で嬉しい。実は私足も腰も痛いところはないのですが。
相当頑張ったつもりでも出てみると二十分くらいしか経っていません。
 脱衣所にも四、五人しかいなくてゆっくり休みました。
ぽかぽかと暖かい体は本当に気持ちよく生き返った!と言えば大げさだけどそんな感じでした。

 帰りのバイクの心地良かったこと。
もっと近ければ、車の運転が出来れば、そしてそして彼がいたら毎日でもいけるのになあ。
思いついたらすぐ二人で飛んで行っていた日々日を思い出してしまいました。
 
 冬がそこまで来ている日の幸せな私の午後でした。






 


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霜月を重ねて

 今朝の風は優しくて霜月とは思えぬ暖さに少し嬉しい。

それでも玄関先で九月半ばから私を楽しませてくれた秋明菊はもう五輪が咲き残っているだけである。
寄り添うように風に揺れる白い花が心細げでとても切ない気持ちになってしまう。

 先日剪定した庭は明るくなって、廊下から黄色いつわぶきの花が咲いているのが見える。
すっきりした庭に降り立ってみた。そして隅っこにある山茶花のピンクの花を見つけた。
 毎年山茶花は散った花びらを見つけて、あれっ、いつの間にと思うほど知らぬ間に咲いて
私を残念がらせる。
 今年はしみじみと近くで眺めた。一重のはなびらの可憐なこと。

   私の庭の山茶花をそっと折り取る小さい手
   何故に一言その花をくれよと言って下さらぬ
   私は詩人は花に添え書いた歌まであげように

 遠い遠い昔大好きだった西条八十の詩が突然浮かんだ。もっと長くて素敵な詩だったのに
いくら考えてももうこれ以上は出て来なくて情けない。

 夫が作った濡れ縁にしばらく座っていた。庭の木はすべて彼が丹精こめたもの。半世紀の
時を経てみんな大きくなった。隣に彼が座っていないのが悔しい。

 十一年たっても一人に慣れることが出来ない私。
一人でいること、一人ですることにはもう慣れた。何もかも一人でやる。
泣きながらやっていた諸々のことも、いまでは笑いながら、歌いながらやれる。
逞しくはなったけれど、残念ながら年をとった。体が気持ちについてこない。でも年のわりには
元気だと秘かに自慢している。まだ生きているのだから。
 そうでしょう。十年経った昨年私決心した。
 一人になってこの世になんの未練もなくなって、自分のことしか考えなくて彼が迎えに来て
くれることばかり考えていた。早く来て早く早くと。
 三年前の病気の時今度こそきっと.....。と思ったのに音沙汰なし。

 その間子供たちの気持ちや、仲良しの友の思いにも触れて、「もう止めた!」待つのは止めた。

 同い年の古い友だちの誰一人として、不思議なくらい「死」のことなどを考えてない。
皆さん旦那様がお元気だからかも知れないけれど、まだ死なないと思っているようだ。
その証拠に「死ぬ」話をするとみんな機嫌がか悪い。
 そうだ、死ぬまではみんな生きているのだから、そう焦ることもないか。


 私は彼を信じて幸せな人生を歩いて来た。感謝こそすれ恨むなんて絶対駄目。
 明るくて真っすぐなところが貴女のいいところ。ずっと昔そう言ってくれた。
 そしてあの時から変わぬ彼も私の中でいつも笑っている。それでいい。
 
 重ねた霜月、愛おしい霜月、夢見る夢子さんの独り言。いつまで続くのでしょうか。 


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春子さんの茶の間 その8 [短編]

  今夜は十六夜の月が春子さんの茶の間から庭に出るとよく見える。
風が少しあり薄雲が流れて時折その姿がぼやけて見える。それもなかなか風情があっていい。
 
 春子さんは今日も住田夫人との電話のことを、花絵さんにどう告げればいいか朝から
家事をしながら考えていたのだけれど、まとまらぬまま夜になってしまった。
ありのままを言っても花絵さんが素直に受け取らないのでは.....とそんな気がして仕方がない。
それでもやっぱり事実をそのまま知らせるのが一番いいと思い至った。
何より彼が元気だったのが嬉しかったから万事OKだと。少し気が楽になった。

 いつもメールをする時間の十一時過ぎ春子さんは電話をした。
「もしもし私よ。少し遅いけど時間大丈夫?」
「いいよお風呂も入ったし後は寝るだけ」
二人とも気楽な一人暮らしだ。
 住田君元気だったよ生きていたよ。よかったね。一気に喋ると受話器の向こうで花絵さんが
ふっうーとに一息ついたように春子さんは感じた。

 春子さんは住田夫人との話をそのまま忠実に話した。
「嘘よ、私ついこの間まで電話していたもの。一か月も前から入院しているわけないわよ」
一番に元気だったことを喜ぶ言葉が聞けると思っていた春子さんがたじろぐ程の強い口調だった。

 長い付き合いの春子さんが知らなかった花絵さんの一面? だって二人の友情は半世紀物だよ。
一瞬のうちに春子さんは花絵さんと関わった少女時代、二十歳の頃、新婚の頃、子育ての頃、
子供たちが独立してからの、少しゆとりの出来た還暦の頃を思い出していた。
そのどの時にもこんなにきつい彼女の物言いは聞いた覚えがなかった。

 勿論二人は結婚してからは遠くに離れ住み会うこともままならなかったので、それほど親密に
付き合ったわけではなかったけれど、花絵さんのことが大好きだった春子さんは、だれよりも
彼女のことは理解していると自負していた。

 「恋をすると人格が変わる人がいる」いつか誰かに聞いたことがある。その時春子さんは
そんなはずはない。そんなのは本当の恋ではないと内心思った。
でも今考えると恋にもいろいろあるからなあ。幸せな恋ばかりではない。辛い恋や憎い恋、
汚い恋?や悲しい恋。もしかして人格変わるかも。

 花絵さんもその昔、もしかして住田君に失恋したのかしら。何も知らなかった春子さん。

 住田夫人は住田君が昔の友人と関わることを嫌がっている。きれいごとを言っても私には
わかる。携帯電話も持たせてない。電源は入っているのに応答はない。時々電話はしていた
のに突然音信普通になったのもおかしい。入院しているなんて信じない。ちゃんと面倒は見て
ているのだろうか。

「花絵さんよくわかったよ。どっちにしても彼が生きていることはわかったのだから、病気が
よくなったらまた連絡あるかもしれないよ。気長に待つことにしょうよ。良かったよかった。
今夜はお休みさい」

花絵さんが受話器の向こうでまだ何か言っていたけど春子さんは電話を切った。
 心が重く少し疲れを感じた。あの花絵さんがねえ。

 春子さんはただ誠実で、春子さんを信じてくれた春夫さんと恋をして、他のどんな恋も知らない。これはとても素敵な体験だったのではないかと、今更ながら懐かしい彼の好いとこばかり
思い出していた。

 少し日が過ぎて花絵さんの気持ちが落ち着いたら会いに行こう。
 そして今この年になっても恋する気持ちをなくさない純粋な花絵さんに、やっぱり貴女は素敵
だから私は花絵さんが大好き! と言ってあげよう。
 
 十六夜の月は今中天にあって今夜の二人のことどう思っているだろう。
 

 









 

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春子さんの茶の間 その7

  二日続きの雨が上がり秋の気配が深まった感じの午後、一通りの家事を終えソファに座って 春子さんは、ずっと気にかかっていた花絵さんの彼のことを、もう一度考えた。  あれから毎日メールしているけれど、二人ともこのことには触れないで来た。  兎に角様子が知りたい。春子さんは考えていた通り意を決して彼の家に電話をかけた。 呼び出し音が六回、留守かな?と思った時 「はい住田でございます」 きれいな声の人が出てきた。 「奥様でしょうか」  春子さんは何回も考えていた通り、今日の用件について丁寧に説明した。  自分が住田さんの高校の同期生であること、ずっと前にもお世話になってお礼状を差し上げた ことがあったこと。先だっての同期会に欠席されていたので、どうしたのかと心配する人を代表 して電話したこと。  最後は勝手に考えた理由だったので、少し後ろめたい気持ちもしたが、平常心を装って。 「はい有難うございます。私覚えています。その節はお世話になりました。ご心配かけて申し訳 ございません。」  住田さんは、前から痛めていた頸椎の病気が急速に悪くなり療養していたところ、一か月前に 家の中で転倒して、今度は大腿骨骨折で入院しているとのこと。    ああ生きていた。春子さんの率直な思いだった。年も年だから急に音信不通になるなんて最悪 のことも考えないではなかったから。  花絵さんの安堵した笑顔が浮かんだ。よかった。  住田夫人は「遠方からわざわざ電話を頂いて本当に嬉しい。主人もきっと喜ぶでしょう。」と 丁寧に挨拶されて、春子さんも本当に感じのいい良い奥様だと思った。  花絵さんから聞いていたのとはちょっと違う。  彼は奥様とは年がかなり離れていて、前からあまり仲がよくなかった。彼が定年になってからも奥様はまだ仕事にも出ていたので、体調を崩してからも十分に面倒は見て貰えなかった。 だから花絵さんは電話は随分気を使っていたそうだ。 花絵さんの中にきっと奥様に対する後ろめたさがあったのではなかろうか。  春子さんなら夫が昔の恋人と電話するくらい全然平気だと思う。ただこっそりやられるのは嫌。 そんな話を花絵さんにした時、彼女は信じられないという顔をした。  若い時ならいざ知らず、ここ老境に至って昔の恋人と昔話をするなんて素敵ではないか。    とにかく彼が生きていることだけは確認できた。 早く花絵さんに知らせて、彼女の喜ぶ様子が見たい。春子さんの野次馬心がむくむく沸いてきた。       
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春子さんの茶の間 その6 [短編]

  春子さんの思い出はふと家事から解放されたときなど、つるつると繋がって出てくる。
今日は朝、東の窓を開けた時今年初めての金木犀の香りがした。もう秋が来たのだ。

 それにしても花絵さんからの手紙は春子さんを驚かせたし、考えもさせられもした。
 
 手紙によると、花絵さんの高校時代の恋が卒業と同時に終わったと思い込んでいたのは
春子さんの独りよがりだったようで恋は続いていたのだ。
 でも彼が大学を卒業する少し前には花絵さんは結婚して東京に住んでいた。
 彼からのプロポーズはなかったのだろうか。どうして結婚しなかったのだろう。

それでも彼が仕事で上京した時など、二人は喫茶店や公園で逢瀬を楽しんでいたというのだ。
 これはもう恋というより大人の友情というものだと今だからこそ春子さんも妙に納得した。
 
 当時このことをもし春子さんが知っていたらどうだろう。
「結婚していながら昔の恋人に逢うなんて何ということ。頭冷やしなさい。」
もしかしてそんな花絵さんとは絶交だ、ときっと喚いたに違いない。そういう時代だった。
 
 親友だと思っていた花絵さんの、こんな大切なことも春子さんは知らなかったことになる。
そして長い長い年月が過ぎて今花絵さんが春子さんに、心配な相談があるとの手紙だ。
 
 この長い年月、春子さんは彼のことを全然知らなかったわけではない。
二年毎の高校の同期会に彼は必ず出て来たし、花絵さん、春子さん、高子さんの三人旅で京都に遊んだ時など、定年になっていた彼が車で奈良の方まで案内してくれたこともあった。
 そんな時春子さんは「持つべきものは美人の友だち」とか言いつつ高子さんと徳した気持ちに
なって喜んでいた。花絵さんはにこにこと助手席で笑っていたけど嬉しかったのかなあ。

 花絵さんが旦那様を亡くした三年前に、春子さんは「彼と時々電話しているの」と聞いたことがあった。
 それもいいかなあ、と少し羨ましく思ったことを覚えている。
それっきり春子さんは彼らの電話のことなど忘れてしまっていた。
 
 彼からの電話は一週間に二回くらい夜遅く携帯にかかって来ることが多かった。
時々は花絵さんからかけることもあったようだ。それが一か月前からぷっつりかかってこない。
心配になって花絵さんからかけても、まったくつながらない。
 もしかして亡くなったのでは.....と思うと心配でたまらないどうしたらいいのだろうか。

 毎日メールを交わしているのに、何も言いだせなかったのだと思うと複雑な心境の春子さん。

 手紙を読んで春子さんは花絵さんの彼に対する気持ちが初めて本当に分かったような気がした。
そして今彼がどういう状態なのか。花絵さんのために知りたいと思った。 
 手紙だけではではわからない。春子さんはすぐに花絵さんに電話した。そして今までのいきさつを聞き、出来るだけ力になりたいと約束した。

 
 



 
 


 

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