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奥様とばあや [エッセイ]

 いつもより少し早く朝の家事が終わった。

 空は真っ青で太陽はギラギラ今日も真夏日だ。
 一人住まいの私の一日は毎日同じで全く面白くもない。
 
 ふと街にでも行ってみようかと友の顔を思い描いてみたが、みんな浮かぬ顔をしている。
 この頃では用事もないのに出かけることなど考えたこともなかったのに。
 
 神の啓示だ。出かけよう。
でも暑そう、別に用事もないし。もう一人の私がぐどぐどと足を引っ張る。
 バス停までの三分が暑いだけよ。バスは涼しいしデパートはもっと涼しいと私。
その時閃いた。そうだタクシーにしょう。
 悲しい悲しい主婦の性、バスは260円タクシー1500円。でも今日は決めた。

 そうなると気持ちが華やいでいつもより少しはお洒落してみようとフアッションショー。
好きな黒のプリーツスカートに薄紫の小花柄のインナーにベージュのレースの軽い上着。
 鏡をみてまあまあじゃない。これで顔が無かったらもっといいのにと心から思う。
 
 でも奥様になった気持。

 いつものタクシーがきた。ところが残念、運転手さんが一番年配「多分後期高齢者」で
お喋りで、のんびりで運転が下手。顔に年寄りの茶色いシミがいっぱいあるので、人の顔を
覚えられない私が唯一覚えている人。
 電話した時、今出払っているので二十分くらい待って下さいと言われて嫌な予感はしていた。
こんなことは滅多にないから。
 とにかく団地の道から県道への右折がなかなか出来ない。車はポツリポツリと来るだけなのに。
そら行け!  はいっ出て! 声にならない声で叱咤激励しながら泣きそうな私。
その間彼は「今回は台風が来そうとか、今日は夏祭りだ」とか喋り続けている。
 いらいらと二十分以上かかってやっと着いた。1730円。

 デパートに入るといつもは人がいなくて恥ずかしいくらいなのに結構人がいる。
やっぱり夏休みだし、お盆も近いからだ。
 私は買い物の予定もないけど何か買いたいかもと思った。
 靴屋さんの辺りを見ていて好みのサンダルをみつけたので立ち止まったら、奥でこちらを
見ていたイケメンさんがすっと出て来た。そして「履いてみて下さい。いいでしょう」と
私が見ていたサンダルを持って来た。何て手際がいいのでしょう。
 履いてみて歩いてみて買ってしまった。何だか楽しくなってきた。

 次は地下に下りて送りものをしてから、全国の銘菓があるコーナーで訪ねてくれる友の顔を
思いながら和菓子や洋菓子を買った。肉屋さんで嫌いな肉もたまには食べなくてはと買う。
 
 ただ何となく買い物するって楽しいなあ。
いつも懐と相談して辛抱して計画的に買い物はした人生だった。
 
 「ケチの癖に欲しいもの買うときは大胆なんだから。そして必ずものにする」夫によく言われた。
 
さあもうタクシーで帰りましょうか。今なら奥様気分のままで。
 
 ちょっと待って、少し商店街も歩いてみませんか。「ばあや」の声がする。

 私が荷物を持ちますから。この商店街を15分も歩いてもう一つのデパートまで行って三千円の
お買い物すれば、バスのお帰り切符がいただけるじゃないですか。
 
のまま そうでした。私鉄デパートの特典です。そういえば私帰りのバス代払ったことないよ。
 商店街は暑いけれど歩いてみようか。

 もう半世紀以上も前の夫と私が突然現れた。
浴衣で歩いた土曜夜市。城山から眺めた花火。涼しい風が渡る堀端のベンチ。
 泣きそうになって思い出すのは止めた。

 ねえやになった私は荷物の重いのもなんのその、昔のお店など四、五軒になってしまった
懐かしい商店街を元気に歩いた。

 デパートでセールのブラウスを買ってバスのお帰り券をもらったのは言うまでもない。

 一人では食事もお茶も飲めない私は、ねえやのままで我が家に帰った。

 でもこの数時間久し振りに楽しかった。

 奥様もねえやも、ちよこっと出て来た夫も元気でよかった。

 この調子で後少しの猛暑を乗り切ろう。

 秋明菊は明かもう白い蕾をつけているのだから。
 

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春子さんの茶の間 その11 [短編]

 今日も猛暑だと、とテレビ画面にはずっと高温注意報がでている。
それでも午前中は日によって違う方角から涼しい風が吹き抜けているので、エアコンはいらない。

 朝の家事を済ませると春子さんは新聞を持って茶の間に篭った。
庭のランタナの朱色の花と緑の葉っぱが風に揺れているのが、レースのカーテン越しに見えて
ついにんまりの春子さん。
 
 今春子さんには心配事がひとつある。 高校以来の友葉子さんのことだ。
 
 春子さんの友はみなさん旦那様がお元気で「共白髪」を満喫していらっしゃる。
で、食事をしましょう、とか買い物に行きましょうと、容易には誘えない。チャンスだと
思っても「朝にならないと体調がわからないから」と言われると後の言葉が出ない。


 そなん中でただ一人葉子さんは元気で車にも乗っているから、時々春子さんの茶の間に
寄ってくれてコーヒー飲んでお喋りが弾んで、「ああ楽しかった。元気が出た」と喜んでくれる。
 葉子さんは春子さんが誘わなくても向こうから来てくれるたった一人の友なのだ。

 旦那様も勿論お元気で、年もかなり上なのに食事だけちゃんと作ればそれでいいという。
一人で本を読んだりピアノを弾いたり散歩に出たり喫茶店でゆっくりしたり素敵な紳士なのだ。

 春子さんと葉子さんは高校の時数学が嫌いで嫌いで、世の中に数学がなかったらどんなに良い
だろうとよく話ていた。
 
 卒業後は消息も分からぬまま年月が過ぎ偶然街で会った時は四十歳は過ぎていた。
お互い歩いて十分くらいの近くに家を建てていたのにも驚いた。
 来し方を語り、何よりのびっくりは葉子さんの旦那様が大学の数学教授だったこと。
その時春子さんの言った言葉
「ええっ! 嫌よ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってことあるでしょう。」
これはいくら何でも失礼だったと何回も葉子さんに誤った。
葉子さんはそんな時もにこにこ笑っていた。

 二人はお見合いで素敵な相手に恵まれた稀有な一組だと春子さんは思っている。


 その葉子さんにもう十日も携帯が通じない。

「電波の届かないところか電源が切られています」無機質な声がするだけ。
こんなことはかってない事なので、どちらかが入院でもしたのかしらと悪い想像ばかりする。
 二人暮らしで東京に優しい一人娘さんがいて月に二回は様子をみに帰って来る。
春子さんは会ったこともないので連絡のしようもない。

 今日お昼食事の後片付けをしながら春子さんは呟いた。

「神様、葉子さんはどうしたのでしょう。今年私は花絵さんを失いました。これ以上私の大切な人に悪戯をしないでください」


 日が暮れかかり少し涼しくなったころインターホンがなった。

そこには素敵なグレーの帽子をかぶり、ににっこり微笑む葉子さん元気な顔が映っていた。









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突然の猛暑にがっくり そして danの繰り言 [日記]

 過ごしやすい梅雨、暑くもなくムシムシもしない。
青田を渡る風は心地よくて梅雨入りはしたものの、元気いっぱい快適な毎日でした。
 ところが大雨警報や雷注意報が毎日出るようになり、その割には当地は大したことなく
先日平年より大分遅れて梅雨明け宣言がありました。

 七月も半ば過ぎなのだから暑いのは覚悟していました。
でも26、7度だった気温が連日33度超え。「ひぇー」ジジ、ババの悲鳴です。

 午前十時を過ぎるとエアコン無しでは死んでしまいそうな暑さです。
家に篭り涼しい所で非生産的な怠け者の私はとろりんとしています。

 いつもの夏とどこが違うのか、そう確かにひとつ年はとりました。でも別に悪いところが
増えたわけでもないのに。
やっぱり突然の大きな気温の変化に体がついて行けなかったのでしょう。
 
 私はのらだけど、今日はこれをしょうと決めたら少々体調が悪くでも案外頑張るたちです。
というより何か用事があった方が、生きている実感があるから安堵するようです。
 
 毎日自分のことだけして、自分のことだけ考えていればいい。

 旦那様のお世話に明け暮れている同輩の方たちから見たら「いいなあ」と思うのでしょう。
 実際面と向かってはっきりそう言われたこともありました。

 私やっとこの頃そういう人たちににっこり笑って「本当に呑気でいいですよ」と言える
ようになりました。

 でも一人になると私の思い、愚痴やその人たちに対する悪口雑言は止まりません。

 「私はこんな生活を望んだことはありません。
予想だにしなかった老年期に入ってからの一人暮らし。最愛の人を亡くした悲しさ、辛さ
寂しさ。そういう最大の犠牲を払って、否応なく今の生活があるのです。

 台風や大雨、雷など怖い自然現象に一人で立ち向かわねばならない心細さ。
家庭に起こる日常生活の諸々の問題の解決。等々。考えたことありますか。」

 「なんなら代わってさしあげましょうか」

 嫌な人間になってしまった私。

 可愛らしい誰からも好かれるおばあちゃんになるのが私の夢だったはずなのに。

」 猛暑のせいで少しあたまの様子がおかしくなったdanでした。


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雨が降ります 寂しい雨です [日記]

 毎日が日曜日の私にとって三連休なんて関係ない。とひねくれて降り続く雨を眺めています。

出かける予定がない日の雨は好きです。しとどに優しく降る雨はでも少し寂しい。

 朝から予定の家事はさっさと片づけて、緑が一際美しい庭をぼんやりと見ていると

胸の底の奥の方がじんわりと痛くなって、心の中の涙を一粒そろりと吐き出してしまいます。

そして二階に駆け上がり馬鹿な私はやっぱり「宝物」を引っ張り出して一人でニヤリと

うつ向いて笑います。

 そう六十年も前の私と彼の青春がいっぱい溢れている往復書簡です。

  彼が逝ってもうすぐ十二年にもなるのに、彼は私から片時も忘れない。

おはよう、お休み、暑いね、寒いね。私から一方的に話しかける毎日です。

 まあ考えてみれば、そんなことだけ考えて過ごせる私は幸せなのかもしれません。

 私の親しい友人は皆さん旦那様が健在です。毎日のお世話も大変だと思うし、

私には分からない苦労もあるかも知れません。それでもとても羨ましく思ってしまいます。

 この気持ちは多分私が彼に逢えるその日まで続くのでしょう。

 
 「宝物」の最初の一ページ彼からの第一信。「ともだち」からの出発でした。

知り合って二か月で彼の転勤のために離れてしまった私たち。

 ただ寂しくて切なくて呆然としていた私に彼は

「汽車なら三時間で逢えるし、手紙だってあるのだから」と慰めてくれました。

 結婚までの三年間綴り続けた若いふたりの、思いが溢れています。

 
 彼を亡くしてからの私を支え続けて生きるための道しるべとなってくれた「宝物」です。

 
 続く雨音を聞きつつその時々の思い出に浸り切っています。

  寂しいけれど、自分なりに日一日を有意義に生きないと彼に逢った時叱られてしまいます。

 天気予報は一週間雨のマークが続いています。


 楽しい雨の日にしたいなあ。頑張ろう元気をだして。




 




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心優しい人の家 [短編]

 美千代は接骨院の石段が苦手だ。
たった三段だけど一段が結構高い。そしていつもここで少し忌々しい気持ちになる。
 だってここに来る人は足や腰が悪い人が多いのではないか。と少し先生が恨めしい。

 美千代が膝を痛めて困っていた時、知人が好い先生だと紹介してくれたが、六十そこそこで
接骨院というと「年寄り」の行くところだと少し抵抗があった。
 それでも膝の痛さに負けて渋々やって来た。
 五十歳代の先生は腕が良いだけでなく、なかなかイケメンで優しくて話もよく聞いてくれるのに
無駄口をきいたり、他の患者の噂話などはしない。
 美千代はすっかり先生のファンなって膝が治ってからもご縁は続いている。

 あの頃は石段なんて気にもならなかった。

 あれからもう五年、美千代もりっぱな高齢者。この頃では腰も肩も時には体中が痛い。
そして石段が苦手になった。
 
 それでも今の季節になるとその石段が嫌でなくなる。
一番上で腰を伸ばして軒先を見てついにっこり笑ってしまう。

 小さな小さなお客様、小指の先ほどの濃茶色の頭が五つ行儀よくならんでいる。
「今年もはるばる来たんだねえ」
 チチチチ親鳥が帰ってくるとみんな顔中を口にして丸が五つ。美千代はつい大笑いしてしまう。

 しばらく見とれてから中に入ると
「畑中さんは燕が好きなんですね」と助手の水田さんが言って受付だけでも先にしたらと笑う。

 どうも先生と二人で、スリガラスのドア越しに美千代の様子を一部始終見ていたらしい。
中に入ると飾り棚の小さな白板には「今年も燕が三家族来ています。」ときれいな字で書いてある

 燕にはどうして「心優しい人の家」が分かるのだろう。忘れもせずに毎年迷わずやって来る。
誰に教えられたわけでもなく、家の造りだろうか、風の通り加減か。
 接骨院のコンクリートの天井と柱の狭い隙間に、何度も土や藁しべなど運んで来て器用に巣を作っている。

  美千代の家などその気配さえ見せないのに。

 それでも梅雨で気の滅入るこの季節、美千代は接骨院の燕家族に随分癒されて優しい気持に
なっている。
 
 もしかして、この気持ちがいつか燕に通じるかも。そして我が家にも。
  
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朱色の路面電車に揺られて

 梅雨入りせぬまま夏至を迎えた。
紫陽花の紫が緑の葉の間からちらりと見えて、それでまた気持ちが和む。
 暑くも寒くもなく風は心地よくこんなに爽やかな六月を私は知らない。

 だから体調はまあまあでも、予定の講座には絶対に出かける。

 バイクを止めたので今まで十四、五分で行けたところへ今はバスと電車を乗り継いで
一時間もかかる。
 せっかちの私にとってこんなに悲しく悔しいことはない。都会と違って一電車遅れると十分は
待たなければいけない。
 
 そこで私は気持ちの切り替えをした。のんびりとその時間を楽しむことにした。
見渡せば高層マンションが次々に出来ている。どんな人が住むのだろう。一時私も憧れた。
 あれホテルの名前が又変わっている。新しいコンビニが出来ている。
電停のベンチだって楽しいではないか。私の中の野次馬百匹。

 今日は予定も無いのでぶらり出かけることにした。家から三分のバス停からバスで十分。
 さて市内電車に乗るとそろりそろり歩いたほうが早いくらい。信号と電停で止まっている時間の
方が長いのではないか。

 この電車がまた鮮やかな朱色で、この色に変わり始めた頃「ええっー派手~過ぎる」と思っていたのに、バスも郊外電車もすべてが朱色になってくると、のんびりとしているこの街に活気があふれ
若返った気がしたものだ。

 その窓からみえる景色は最高。旅好きの私は全国あちこち歩いているがどの街もみんな特徴が
あって素敵だった。だけど心のなかで呟く「絶対負けとらん」

 堂々とした白壁が美しいお城の天守閣、水を湛えた堀を巡る土手の桜、梅、松、柳、など
季節が代わる度にその色を変え姿を変えて市民を楽しませてくれる木々。

 この堀に向かっていくつもの小さなベンチがある。ここにはいつも彼の面影がある。

 亡くしたころはバスや電車でここを通る度に、自分でもびっくりするほど涙が出た。
人に悟られぬようにうつ向いていた。

 さすがに今は涙は外には出てこない。

 昔はベンチはなくて大きな石があり二人でその石に腰かけていろんな話をした。
結婚するまで離れ住んでいたので、月に一回くらいしか会えなかった頃。駅まで送る途中で。

 結婚してこの街に住んでもただの一回も二人でこのベンチに座ったこともなければ、あの頃の
ことを思い出して話したこともなかった。

 だから今私一人がその思い出に耽り、昔のこと彼ともっと話したかったと思うのだ。

 紅い電車に揺られて楽しいひと時を過ごせた私はデパートに行った。お茶碗を買うつもりだ。
 一人になってからは大好きだった食器にも関心がなくなり、新しいのを買う気にもならなかったのになぜかふとその気になった。

 小一時間もかかってやっと気にいったお茶碗。今風だけど古風な感じもするもの。
乳白色の地色に茶色の柔らかなやさしい枝が描かれ、緑の小さな葉っぱと同じくらいの大きさの
朱色の実がついている。
中も薄茶色の落ち着いた色合い。手触りが優しくて重さもちょうどいい。
 つい朱色の実のところだけがが薄水色の、もうひとつの大きめのお茶碗も買ってしまった。

 彼はきっと笑うだろうなあ。でも私の気持も分かって喜んでくれるような気がする。
 二つ並べて遺影の前に置いてみた。

 夕暮れの空は青く澄んで雲ひとつなく涼しい風が渡って来る。明日も雨は降りそうにない。


 


 




 
 


 
 
  
 
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春子さんの茶の間 その10 [短編]

 梅雨入りした地方のニュースを見ながら、雨の気配もない空を見上げる。

二十数年前の地獄のような水不足を思い出して春子さんはゾクゾクっと身震いした。
退職したばかりだった春子さんを心配して全国の仕事仲間から、沢山の水を送って頂いた。
 今年もちらほら節水のお願いが行政機関から聞こえてくる。
 今のところこの茶の間から見える庭の木々は元気で、春子さんは散水もしていない。
まあそのうち降るでしょう。と一人住いの気楽さでボーと座っているとメールが来た。
 まあ珍しい息子からだ。余程のことがない限り彼の方から連絡があることなどないので、まず
心臓がバクバク。
 
「私旅に出ています。」たったこれだけ。
 
 確か今日はまだ金曜日休みでもないのにどうして? 何処へ?  何しに?
春子さんの頭の中で? がぐるぐる回る。
 もともと彼は旅行好きで、ぽっと出かけることも珍しいことではない。
つい先日の土曜日も
「プロジェクト終わって、また新しいのが始まるので、ちょっと伊豆に向かっています」
と報告があったばかりなのに。

 「どこにいるの?」まず居場所の確認。
「龍飛崎」
「どひゃあ青森県それも先っぽ」
 天気はいいのか、風は強いか、体調は大丈夫。聞きたいことは山ほどあったのに、それっきり。

 私も春夫さんも旅好きで少しのお金と時間が出来たらすぐ飛び出した。その血を引いている。
でもよく考えてみたら、彼も、もうおじさん心配する方がおかしい。可笑しくて一人で笑った。

 私も東北は大好きでツアーで若い時に仲良しと三人と。
 春夫さんとは行かなかったけれど息子とは義妹と二人八年前にも車で巡った。
初秋の十和田湖、奥入瀬、遠野まで四泊五日。美味しいもの食べて満足の旅だった。
 そう言えばあの時息子は龍飛崎へ行きたがっていた。暗くなるからと春子さんが反対した。

 どうやら今回は新幹線みたいだから、もう心配はやめた。
 一昨年の冬にも、突然「八戸どすえ」と大雪の中で立っている写真が来て腰が抜けかけたっけ。


 まあ独り者の気きままな人生、ひっそり落ち込んでいるよりはいいかも知れない。
 音楽と読書が好きで、マンションは様々な楽器と古いレコードでいっぱい。
壁面は書棚にびっしりの本。
 地震がきたら圧し潰される。と笑っている。

 それでも春子さんのやっぱりいい人と結婚して欲しかったという思いは今も変わらない。


 茶の間の飾り棚にある春夫さんと二人並んだ写真にふと目がいった。
彼はどう思っているのだろう。

 子供たちには「自分の人生は自分で目標を持って思い通りに生きなさい」といつも言っていた。


 春夫さんが今ここにいたらどんなにいいだろう。
 また春子さんの呪文が始まった。

 来週には梅雨入りするでしょうとテレビが報じている。息子はもう帰途についているだろうか。

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黄昏に佇む [短編]

 朝の家事が終わらぬうちに英子から電話が来た。
「何?また旦那様がお出かけしたの」
「なんでわかるの?」
「貴女は一人になるとすぐに私に電話かけて来るのだもの」

 他愛のない会話がはじまる。英子と私は青春時代を共に同じ職場で働いて同期の桜なのだ。

 元気な旦那様、キャリアウーマンの未婚の娘さんと優雅に暮らしている。
 近くには長男一家が住んでいて、幸せを絵にかいたような日常だ。

 「ねえ一度会いたいからお宅に行ってもいい?」
「大歓迎よ。今週は予定も無いからいつでもどうぞ」
旦那様は彼女を我が家に送ってくると自由にどこかへ行って、夕方迎えにきてくれる。
「コーヒーでもどうぞ」と進めて少しの時間を一緒に話すこともある。

私たちには積もる話はいくらでもある。
ただこの頃英子は耳が遠くなり、物忘れも年相応でたまにとんちんかんなのが少し寂しい。

 早速英子がやって来た。旦那様は夕方迎えに来るからと、すぐに消えた。
コーヒー飲んで、アルバムを見たり、友だちの近況など話すうち、昔の話になった。
 実は英子は昔熱烈な恋をして結婚まで考えていたkさんという人がいた。
 当時先に結婚してしばらく当地を離れていた私は、風のたよりに彼女の結婚を知った時、ああ
あのkさんとしたのだと思い込んでいた。

 でも違った。何故と聞く間もなく数十年が過ぎた。

 私はずっとそのことが気にかかっていた。半分真面目に半分野次馬気分で。
 「何故」「どうして」と。

 私は思い切ってその話を持ち出した。
英子は真ん丸な目をして、それから真面目な顔になったが、そう懐かしそうな様子でもない。
また昔のことをと言いつつ
「自分では彼と結婚するつもりだったし彼も同じだった。でもしなかった、どうしてなのかは
忘れてしまったよ。」
とこともなげに言った。
 私は唖然とした。そんな大切なこと、いくら終わったと言っても一度は一生の大事と二人で
話し合ったに違いないのに。
 私はそれ以上聞きたくはなかった。人それぞれなんだもの。
その日彼女は迎えに来た旦那様に連れられて上機嫌で帰って行った。

 もう一人の同期生のミハルさんは、美人で気立てがよくて優しい人で、私が夫を亡くした時も
黙って寄り添ってくれた。随分助けられた。でも彼女がホームに入ってもう四年にもなる。
 毎月のように訪ねていたけれど、もう今は私のことが分からない。
彼女は私より一つ若いのに。先日旦那様も同じホームに入ったと聞いた。

 私が尊敬して止まない二人の先輩も頭はしっかりしているけどホーム暮らし。

 人間齢を重ねると寂しいなあ。人生の黄昏って寂しくて残酷だとつくづく思う。

 勿論元気で頑張っている知人も沢山いるにはいる。
 
 でも私自身心のど真ん中に開いた穴は決して決してふさがることはない。
  
 夕暮れの入日の赤い色、昔は随分きれいだと感激して眺めたものだ。立ち尽くして。

 今はうつむき加減でちらちらっとみて、寂しい気持ちをどうすることも出来ない私。

 やれやれ折も折、テレビニュースが梅雨入りを告げている 


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春子さんの茶の間 その9 [短編]

春子さんが花絵さんと住田君のことを話し合ってから随分時間が経った。
 
 あれは十六夜の月が美しい秋の夜、もう半年も前のことだったのかと、大切なことを
放り出したままにしておいた自分に呆れてしまった春子さん。
 この間少し体調を崩してそれを花絵さんに知られたくなくて、つい長いご無沙汰になった。
住田夫人に不信を抱いたまま花絵さんの方からも、このことについては何の話もなかった。

 そうして春子さんも大分元気になり、気持ちの整理もできたので、やっと花絵さんとじっくり
話せると思っていた矢先に突然花絵さんの訃報が届いた。

 春子さんは愕然として悲しみのどん底に沈んだまま、浮き上がることが出来ずにいた。
冷たい雨が降りしきる夜に、花絵さんは心不全で一人で逝ったのだという。
だんだん事情が分かってきてもどうして?何故?あの元気だった花絵さんが。と彼女の死を
受け入れるのに随分時間がかかった春子さんだった。

 先日四十九日の法要が終わりましたと長女の奈美さんから丁寧なあいさつ状が届いた。

 庭の若葉が輝くように風に揺れているのを、それさえ恨めしい気持ちで春子さんは眺めた。

 もう住田君のことも住田夫人のことも終わってしまった。

 空っぽになった頭の隅で春子さんは考えた。
 花絵さんのことを住田君に知らせるべきか。答えは決まっている。

 遥かな青春の日に恋をした二人はもうこの世で逢うことはないのだ。
花絵さんが頑として思い込んでいたように、今も彼が元気で住田夫人の邪魔建てに合って
いたとしても、今は自由になった花絵さん。
いつか住田君が旅立って花絵さんの元に来た時、花絵さん本人が「真実」を質せばいい。


 春子さんはしょっていた荷物をひとつ下ろした気持になったが、胸の底にある悲しみは
一層深く濃く強く重く春子さんの体の中に沁みついて離れる気配もない。
 



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さくらんぼ日記八歳です [エッセイ]

 令和になってもたもたしているdanをあざ笑うかのようにはや半月。

 今朝がた夢をみました。なんだかやたら長い夢で夫を始め大勢の登場人物ががやがやと
海だか山だかで、楽しそうにバーべーキューなんかしています。

 少し離れた木陰でパソコンを膝に四苦八苦しているdanがいます。

 ああこの夢はすぐ記録しておかないと忘れてしまうからと枕元のメモ帳を探しているところで
目が覚めました。

 そして考えました。夢の中でも折角出て来た夫と話もせずにパソコンに向かっている私。
ブログ始めた頃は何も知らないから怖いものなし。
 だらだらと面白いように何でも書いていた。そしてそれを負担に思ったことなどなかったのに。

 そのうち種切れ、才能なしに気がついてあたふた。ブログのこともだんだんわかって来て少し
怖くなったのも事実です。
 でも書くことが嫌いではなかったし、素敵なブログ仲間に出会えて「生きる希望」おおげさに
言えば本気でそう思った時もありました。
 今でもその気持ちは嘘ではありません。
 
 でもあれから早八年。のろのろでも、ヒョロヒョロでも続けてきたのです。

 自分で思っていたより随分長く生きてしまっているdanですが、生きている以上は頑張りたいと
思っています。

 「さくらんぼ日記」一回でも訪ねて下さった皆様。
いつも訪ねて下さる心優しい皆様。
 
 有難うございました。これからも仲良くして下さると嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。

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