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霜月を重ねて

 今朝の風は優しくて霜月とは思えぬ暖さに少し嬉しい。

それでも玄関先で九月半ばから私を楽しませてくれた秋明菊はもう五輪が咲き残っているだけである。
寄り添うように風に揺れる白い花が心細げでとても切ない気持ちになってしまう。

 先日剪定した庭は明るくなって、廊下から黄色いつわぶきの花が咲いているのが見える。
すっきりした庭に降り立ってみた。そして隅っこにある山茶花のピンクの花を見つけた。
 毎年山茶花は散った花びらを見つけて、あれっ、いつの間にと思うほど知らぬ間に咲いて
私を残念がらせる。
 今年はしみじみと近くで眺めた。一重のはなびらの可憐なこと。

   私の庭の山茶花をそっと折り取る小さい手
   何故に一言その花をくれよと言って下さらぬ
   私は詩人は花に添え書いた歌まであげように

 遠い遠い昔大好きだった西条八十の詩が突然浮かんだ。もっと長くて素敵な詩だったのに
いくら考えてももうこれ以上は出て来なくて情けない。

 夫が作った濡れ縁にしばらく座っていた。庭の木はすべて彼が丹精こめたもの。半世紀の
時を経てみんな大きくなった。隣に彼が座っていないのが悔しい。

 十一年たっても一人に慣れることが出来ない私。
一人でいること、一人ですることにはもう慣れた。何もかも一人でやる。
泣きながらやっていた諸々のことも、いまでは笑いながら、歌いながらやれる。
逞しくはなったけれど、残念ながら年をとった。体が気持ちについてこない。でも年のわりには
元気だと秘かに自慢している。まだ生きているのだから。
 そうでしょう。十年経った昨年私決心した。
 一人になってこの世になんの未練もなくなって、自分のことしか考えなくて彼が迎えに来て
くれることばかり考えていた。早く来て早く早くと。
 三年前の病気の時今度こそきっと.....。と思ったのに音沙汰なし。

 その間子供たちの気持ちや、仲良しの友の思いにも触れて、「もう止めた!」待つのは止めた。

 同い年の古い友だちの誰一人として、不思議なくらい「死」のことなどを考えてない。
皆さん旦那様がお元気だからかも知れないけれど、まだ死なないと思っているようだ。
その証拠に「死ぬ」話をするとみんな機嫌がか悪い。
 そうだ、死ぬまではみんな生きているのだから、そう焦ることもないか。


 私は彼を信じて幸せな人生を歩いて来た。感謝こそすれ恨むなんて絶対駄目。
 明るくて真っすぐなところが貴女のいいところ。ずっと昔そう言ってくれた。
 そしてあの時から変わぬ彼も私の中でいつも笑っている。それでいい。
 
 重ねた霜月、愛おしい霜月、夢見る夢子さんの独り言。いつまで続くのでしょうか。 


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春子さんの茶の間 その8 [短編]

  今夜は十六夜の月が春子さんの茶の間から庭に出るとよく見える。
風が少しあり薄雲が流れて時折その姿がぼやけて見える。それもなかなか風情があっていい。
 
 春子さんは今日も住田夫人との電話のことを、花絵さんにどう告げればいいか朝から
家事をしながら考えていたのだけれど、まとまらぬまま夜になってしまった。
ありのままを言っても花絵さんが素直に受け取らないのでは.....とそんな気がして仕方がない。
それでもやっぱり事実をそのまま知らせるのが一番いいと思い至った。
何より彼が元気だったのが嬉しかったから万事OKだと。少し気が楽になった。

 いつもメールをする時間の十一時過ぎ春子さんは電話をした。
「もしもし私よ。少し遅いけど時間大丈夫?」
「いいよお風呂も入ったし後は寝るだけ」
二人とも気楽な一人暮らしだ。
 住田君元気だったよ生きていたよ。よかったね。一気に喋ると受話器の向こうで花絵さんが
ふっうーとに一息ついたように春子さんは感じた。

 春子さんは住田夫人との話をそのまま忠実に話した。
「嘘よ、私ついこの間まで電話していたもの。一か月も前から入院しているわけないわよ」
一番に元気だったことを喜ぶ言葉が聞けると思っていた春子さんがたじろぐ程の強い口調だった。

 長い付き合いの春子さんが知らなかった花絵さんの一面? だって二人の友情は半世紀物だよ。
一瞬のうちに春子さんは花絵さんと関わった少女時代、二十歳の頃、新婚の頃、子育ての頃、
子供たちが独立してからの、少しゆとりの出来た還暦の頃を思い出していた。
そのどの時にもこんなにきつい彼女の物言いは聞いた覚えがなかった。

 勿論二人は結婚してからは遠くに離れ住み会うこともままならなかったので、それほど親密に
付き合ったわけではなかったけれど、花絵さんのことが大好きだった春子さんは、だれよりも
彼女のことは理解していると自負していた。

 「恋をすると人格が変わる人がいる」いつか誰かに聞いたことがある。その時春子さんは
そんなはずはない。そんなのは本当の恋ではないと内心思った。
でも今考えると恋にもいろいろあるからなあ。幸せな恋ばかりではない。辛い恋や憎い恋、
汚い恋?や悲しい恋。もしかして人格変わるかも。

 花絵さんもその昔、もしかして住田君に失恋したのかしら。何も知らなかった春子さん。

 住田夫人は住田君が昔の友人と関わることを嫌がっている。きれいごとを言っても私には
わかる。携帯電話も持たせてない。電源は入っているのに応答はない。時々電話はしていた
のに突然音信普通になったのもおかしい。入院しているなんて信じない。ちゃんと面倒は見て
ているのだろうか。

「花絵さんよくわかったよ。どっちにしても彼が生きていることはわかったのだから、病気が
よくなったらまた連絡あるかもしれないよ。気長に待つことにしょうよ。良かったよかった。
今夜はお休みさい」

花絵さんが受話器の向こうでまだ何か言っていたけど春子さんは電話を切った。
 心が重く少し疲れを感じた。あの花絵さんがねえ。

 春子さんはただ誠実で、春子さんを信じてくれた春夫さんと恋をして、他のどんな恋も知らない。これはとても素敵な体験だったのではないかと、今更ながら懐かしい彼の好いとこばかり
思い出していた。

 少し日が過ぎて花絵さんの気持ちが落ち着いたら会いに行こう。
 そして今この年になっても恋する気持ちをなくさない純粋な花絵さんに、やっぱり貴女は素敵
だから私は花絵さんが大好き! と言ってあげよう。
 
 十六夜の月は今中天にあって今夜の二人のことどう思っているだろう。
 

 









 

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春子さんの茶の間 その7

  二日続きの雨が上がり秋の気配が深まった感じの午後、一通りの家事を終えソファに座って 春子さんは、ずっと気にかかっていた花絵さんの彼のことを、もう一度考えた。  あれから毎日メールしているけれど、二人ともこのことには触れないで来た。  兎に角様子が知りたい。春子さんは考えていた通り意を決して彼の家に電話をかけた。 呼び出し音が六回、留守かな?と思った時 「はい住田でございます」 きれいな声の人が出てきた。 「奥様でしょうか」  春子さんは何回も考えていた通り、今日の用件について丁寧に説明した。  自分が住田さんの高校の同期生であること、ずっと前にもお世話になってお礼状を差し上げた ことがあったこと。先だっての同期会に欠席されていたので、どうしたのかと心配する人を代表 して電話したこと。  最後は勝手に考えた理由だったので、少し後ろめたい気持ちもしたが、平常心を装って。 「はい有難うございます。私覚えています。その節はお世話になりました。ご心配かけて申し訳 ございません。」  住田さんは、前から痛めていた頸椎の病気が急速に悪くなり療養していたところ、一か月前に 家の中で転倒して、今度は大腿骨骨折で入院しているとのこと。    ああ生きていた。春子さんの率直な思いだった。年も年だから急に音信不通になるなんて最悪 のことも考えないではなかったから。  花絵さんの安堵した笑顔が浮かんだ。よかった。  住田夫人は「遠方からわざわざ電話を頂いて本当に嬉しい。主人もきっと喜ぶでしょう。」と 丁寧に挨拶されて、春子さんも本当に感じのいい良い奥様だと思った。  花絵さんから聞いていたのとはちょっと違う。  彼は奥様とは年がかなり離れていて、前からあまり仲がよくなかった。彼が定年になってからも奥様はまだ仕事にも出ていたので、体調を崩してからも十分に面倒は見て貰えなかった。 だから花絵さんは電話は随分気を使っていたそうだ。 花絵さんの中にきっと奥様に対する後ろめたさがあったのではなかろうか。  春子さんなら夫が昔の恋人と電話するくらい全然平気だと思う。ただこっそりやられるのは嫌。 そんな話を花絵さんにした時、彼女は信じられないという顔をした。  若い時ならいざ知らず、ここ老境に至って昔の恋人と昔話をするなんて素敵ではないか。    とにかく彼が生きていることだけは確認できた。 早く花絵さんに知らせて、彼女の喜ぶ様子が見たい。春子さんの野次馬心がむくむく沸いてきた。       
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春子さんの茶の間 その6 [短編]

  春子さんの思い出はふと家事から解放されたときなど、つるつると繋がって出てくる。
今日は朝、東の窓を開けた時今年初めての金木犀の香りがした。もう秋が来たのだ。

 それにしても花絵さんからの手紙は春子さんを驚かせたし、考えもさせられもした。
 
 手紙によると、花絵さんの高校時代の恋が卒業と同時に終わったと思い込んでいたのは
春子さんの独りよがりだったようで恋は続いていたのだ。
 でも彼が大学を卒業する少し前には花絵さんは結婚して東京に住んでいた。
 彼からのプロポーズはなかったのだろうか。どうして結婚しなかったのだろう。

それでも彼が仕事で上京した時など、二人は喫茶店や公園で逢瀬を楽しんでいたというのだ。
 これはもう恋というより大人の友情というものだと今だからこそ春子さんも妙に納得した。
 
 当時このことをもし春子さんが知っていたらどうだろう。
「結婚していながら昔の恋人に逢うなんて何ということ。頭冷やしなさい。」
もしかしてそんな花絵さんとは絶交だ、ときっと喚いたに違いない。そういう時代だった。
 
 親友だと思っていた花絵さんの、こんな大切なことも春子さんは知らなかったことになる。
そして長い長い年月が過ぎて今花絵さんが春子さんに、心配な相談があるとの手紙だ。
 
 この長い年月、春子さんは彼のことを全然知らなかったわけではない。
二年毎の高校の同期会に彼は必ず出て来たし、花絵さん、春子さん、高子さんの三人旅で京都に遊んだ時など、定年になっていた彼が車で奈良の方まで案内してくれたこともあった。
 そんな時春子さんは「持つべきものは美人の友だち」とか言いつつ高子さんと徳した気持ちに
なって喜んでいた。花絵さんはにこにこと助手席で笑っていたけど嬉しかったのかなあ。

 花絵さんが旦那様を亡くした三年前に、春子さんは「彼と時々電話しているの」と聞いたことがあった。
 それもいいかなあ、と少し羨ましく思ったことを覚えている。
それっきり春子さんは彼らの電話のことなど忘れてしまっていた。
 
 彼からの電話は一週間に二回くらい夜遅く携帯にかかって来ることが多かった。
時々は花絵さんからかけることもあったようだ。それが一か月前からぷっつりかかってこない。
心配になって花絵さんからかけても、まったくつながらない。
 もしかして亡くなったのでは.....と思うと心配でたまらないどうしたらいいのだろうか。

 毎日メールを交わしているのに、何も言いだせなかったのだと思うと複雑な心境の春子さん。

 手紙を読んで春子さんは花絵さんの彼に対する気持ちが初めて本当に分かったような気がした。
そして今彼がどういう状態なのか。花絵さんのために知りたいと思った。 
 手紙だけではではわからない。春子さんはすぐに花絵さんに電話した。そして今までのいきさつを聞き、出来るだけ力になりたいと約束した。

 
 



 
 


 

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春子さんの茶の間 その5 [短編]

  彼岸花も色褪せて本格的な秋が来た。
窓を開け放ち風を入れる時、つい鼻歌でも歌いたい気分の春子さんだ。
待ちに待った短い秋、懐かしい思い出がいっぱいの秋。
 昔ほど元気ではないけれど、この青い空を見ていると電車に乗りたいと思う。
と言っても今は「はいっ」と道連れになってくれる人もいない。友もみな老いた。
 二時ごろ郵便が来た。その字に見覚えがあってつい嬉しくなって封を切るのももどかしい。
親友の花絵さん。美人で人柄もよくて中学時代からの友である。
 性格そのままの優しいきれいな文字。二三日前にメールもしたのに手紙なんてどうしたの?

 花絵さんは恋多き人で普段は静かで、どちらかと言えば引っ込み思案なのに恋をすると
元気になるのだ。それも自分から好きになるというのはなくて、いつも声をかけられる側。
 だが彼女にとってはそれが当然と思っているようにも見える。

 中学時代のお相手は同級の優等生で勉強もスポーツも万能。背が高くてかっこいい少年だった。
しかし、この幼い恋は彼が卒業と同時に父の転勤でこの街を去ることになって終わった。
 駅まで見送りに行きたいと頼まれて春子さんも一緒に行った。
ご家族も一緒だったので、春子さんは恥ずかしくて、彼にペコリと頭をさげるのが精一杯だった
のに花絵さんは、花束なんか渡して笑顔で話していた。本当は寂しかったと思う。

 高校に入ると新しい同級生は中学の倍以上の人数になった。
夏休み前には花絵さんには複数の男子生徒から声がかかり、春子さんも相談されてやっぱり
勉強の出来そうなハンサムな彼に決めた。
 
 今でも春子さんは不思議な気がする時がある。
 春子さんは花絵さんと同い年なのに、恋というより男子に関心がなかった。
勿論声をかけられたこともなかったのだが。
 花絵さんが恋に浮かれるだけの人だったら、春子さんは決して親友にはならなかったし、
相談にも乗らなかったと思う。
 彼女は真面目で勉強もよくできた。春子さんにとっては理想で自慢の友だちだったのだ。

 高校時代の花絵さんは、今までのように彼のことをあまり話さなくなった。
そのことを春子さんも気にもしてなかったし、知りたいとも思わなかった。
 でもある時私たち仲良し三人組のひとり高子さんが言った。
「私昨日の日曜日花絵さんに誘われて白浜に行ったら、彼と彼の友だちがいて四人でボートに
乗ったのよ。びっくりした~」
「えええ!彼の友だちって同級生?大きなボートやね」
「いいえ知らない人よ、彼の友だちらしかったわ。私はその人とボートに乗ったんだから」
だったら花絵さんは彼と二人でボートに乗ったことになる。
 春子さんは腰が抜けるくらい驚いた。
 花絵さんはなんて大胆なのだろう。高校生なのに恋人と二人でボートにの乗るなんて。
ちゃんと高子さんも誘って内緒じゃないものね。
 もしかして二人は本当の恋をしているのかも。こういうことに疎い春子さんでもそう感じた。
そして春子さんではなく高子さんを誘った理由も、花絵さんの気持も手に取るようにわかった。
もはや真面目過ぎて理屈ばかり言い、恋心の分からない春子さんはお呼びでなかったのだ。
 色々あったこの恋も二人が高校卒業して、彼が県外の大学に行った時終ったと春子さんは
思っていた。

 春子さんたち三人組は地元で就職して、今までと変わりなく楽しい青春真っただ中にいた。


 






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敬老の日 [エッセイ]

 黄金に実った稲田を囲むように真っ赤な彼岸花が咲いた。
 我が家は六十軒くらいのこじんまりした団地で、もう半世紀余りが過ぎ人も家も老いた。
それでもそれなりに皆さん元気で平穏な日々を有難いと思っている。
 昔はここも田舎だったが、今は歩いて十分以内に生活に必要な商店、病院はすべてある。
市の中心に出るのもバスでも二十分。シルバーさん?でも快適な日常生活は維持できる。
 それに団地の北は市街化調整区域とやらで、かなり広い田圃が残っている。
三分の一しか稲作はなくて後は休耕田。よくわからないが田圃もそう簡単には売れないらしい。
 ここがまた素敵で夕方薄暗いところに子供くらいの鷺が座っていていてギョッとしたり。
小さな鳥も沢山いるし、草花も色を添え、セミや虫の声も、季節の風も嬉しい。

 彼岸花をみていて、あれっもしかして敬老の日かもと思った。この頃の祭日は分かりにくい。
何の予定もないので近くの施設にいるSさんを訪ねようと思いついた。
 そうだ彼女は九月に八十八歳。米寿だ。
花店でお祝いの花籠を作ってもらった。
 独身で過ごし書道は県展の会員、川柳も名人クラス。それなのにお茶目で可愛い人。

 赤やピンクの薔薇に白や紫の桔梗、赤紫の竜胆も。ふわつとカスミソウを入れて、さすがプロ
私も満足、Sさんにお似合いの美しくて可愛いいプレゼントが出来た。

 突然行ったのでSさんの歓びようは大げさで、二人で涙を流して泣き笑い。
特にお花のことはきれい嬉しいと、子供のように喜んでくれた。
 彼女は末っ子なので八人の兄姉はもうだれもいない。私と同い年の姪が後見人のようなもの。
その彼女も病気がちで、前のように度々来てはくれないらしい。

 Sさんは特に病気もなく頭もしっかりしていて、話していても楽しい。
 ただ今回三か月ぶりだったのだが、あれっというほど部屋が乱雑で、花籠をどこに置くか
考えてしまった。
 病的なほどきれい好きで、銭湯に自分専用の椅子を持って行くのでみんなに笑われていた。
今度掃除しに来るね。怒るかと思いながら言ったらはっはっはと笑って、ずっと前姪が来た時
ここの職員さんと台車でごみを捨ててくれたのだと言う。
 
 そうよね。米寿だもの少しは年寄りらしいところがないとね。

 昔話をいっぱいして最後にSさんが
「ねえ昔、貴女と喧嘩して一か月も口きかなかったの覚えている?」
「覚えているよ。私が長いお詫びの手紙を書いて朝事務所の机の引き出しに入れておいたら
帰りにSさんからの手紙が私の引き出しに入っていたのよね。」
 そうそれで仲直り、喧嘩の原因は忘れたと言う。私は忘れていない。

 長い年月が過ぎてもさっと昔にかえって話せる友だちがいることは嬉しいこと。
 今度は本当に掃除しに来るからと約束して家路についた。

 楽しかったけれど少し切ない。

 それでも有意義な敬老の日だったと、Sさんのあどけない笑顔をもう一度思い出してほっこり。
 
 

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山桃追想 [短編]

 朝ゆっくりと新聞を読む。
とにかく全ページに目を通して政治も文化もスポーツに経済面も。
多少斜め読みの感じもするが、千秋の大切な日課のひとつである。
そして今日地方版の片隅に真っ赤な実をつけた山桃の木の写真をみつけた。

 千秋はとっさに母の実家にあった大きな山桃の木を思いだした。何十年振りだろう。
あの村を離れてもう半世紀近い。学生時代までは夏休みや冬休みを待ちかねて弟たちと
すっ飛んで行った。祖父母と叔母たちの優しさだけが待つ故郷へ。
 ただ屋敷の周りに何本もあった、柿やみかんや、杏にイチジク。畑にはトマトが食べ放題。
本当に食べるもののなかった終戦直後。これら何よりのご馳走だった。

 千秋はふと思い出した。あれは小学四年生の夏休みだ。赤黒く実った山桃は美味しい真っ盛り。祖母が食べごろだから、後で取ってあげるから待っていてねと買い物に出かけた。
 山桃の木は家の西側の小さな川の上に乗り出すように二階の窓近くまであり、あちこちに
張り出した太い枝が、ちょうどよい足場となって子供でも容易に登ることができた。
 千秋は誰もいない間にやりたいことがあった。とっさに登ろうと決めて決行した。
 そろそろと木に登り、そこから屋根に下りて窓から千秋より三歳年上の叔母の幸子の部屋に
入りり込んだ。
 カーテンの閉まった薄暗い部屋は余計に千秋の冒険心を掻き立てた。少し胸がどきどきした。
 幸子は女学生なのに末っ子だったせいか、なかなか気が強くて元気がよくて、いたずらっ子の
千秋は余り好かれていなかった。
 千秋は、幸子が机の引き出しに宝物のように大切にしまってある、押出しクレヨンを
取り出した。
 いつも幸子が自慢げに見せてはくれるけれど、絶対に触らせてはもらえなかった。
 そのクレヨンはまわりを厚手の紙で巻いてあり、ちょうど割りばし位の棒で少しづつ
クレヨンを押し出して使う仕組みになっているのだ。
 千秋は座り込んでわくわくしながら大好きな赤色のクレヨンをそっと押してみた。
少し硬い感じがしたので、エイッと力を入れて押したらすっと赤い色が出てきた。
 一回だけやってみるつもりだったのに、嬉しいのと面白いので千秋は我を忘れて次々に
いろんな色を押し出した。

 どのくらいの時間が経ったのだろう。ガラッと部屋の戸が開いて幸子が鬼の形相で立っていた。
それからのことは、思い出したくなかった。
 千秋に飛びかからんばかりの勢いで泣き叫ぶ幸子。祖父母や叔母も飛んで来て、なぜか千秋も
おーんおーんと大泣きしたのだ。
 結局遠来の客の千秋は叱られなかった。謝った記憶もない。
 可愛い初孫と愛しい末娘のこと。祖母はどんなに悲しかっただろうと、高校生になったころ
千秋はやっと悪いのは自分だったと気がついた。

 祖父母は晩年は、春や秋にはよく千秋の家にやって来て温泉を楽しんでいた。
でもこのクレヨン騒動の話が出たことはなかった。
 大人になった千秋と幸子は、遠く離れ住んでいたから、何かの時会っても笑顔で話し合えた。

 新聞写真の山桃が思い出させた、いたずらっ子千秋の懐かしくて苦い思い出だ。

 この山桃の木にはもう一つ千秋の心のなかに、今も優しく愛しい想いを抱かせてくれる
二人の面影がある。
 父母は幼馴染で結婚した。そして終生変わることない愛を全うしたと千秋は思っている。

 父母が亡くなってからのことだ。千秋が田舎に行って親戚たちが昔話をしていた時、母の
従兄の喜久治おじさんが笑いながら話してくれた。

 「実はおれ子供の時から千秋の母さんのこと好きじゃった。母さんはあの山桃の木に登って、
学校帰りの子供たちに次々山桃の実を投げつけて、みんなキャアキャア言って逃げ回った。
おれもやられた。おれにはバンバン投げるのに隣にいる父さんには絶対に投げなかった。
子供心にもすぐわかったよ。母さんは父さんが好きなんだと。
 大人になって父さんが俺に母さんが好きだと相談した時、話通したのはおれなんだよ。」

 話終わって、得意げに喜久治おじさんは千秋を真っすぐ見た。
「好い話を有難う。薄々は知っていたけどそんなに小さい時から.....」
千秋の胸はほっこり何とも言えない暖かさに溢れた。

 田舎の母の実家、緑色の葉と赤い山桃の実が空いっぱいに広がって、その空に優しくて
いつも仲のよかった父母の姿が千秋にははっきりと見えた気がした。

 

 
 


 





 


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春子さんの茶の間 その4 [短編]

 今日も暑いなあ。ガラス越しに見る庭の木々もぐったり。連日の猛暑にげんなりの春子さん。
一人の午後、コーヒーでもと立ち上がったら電話が鳴った。
「暑いけど何かしてる?別に予定なかったら出かけて来ない?」
Hさんだ。少し涼しくなったらと、ずっと前から誘われていた。
「暑いからと思ったのだけど、家の中は涼しくしてあるし、思い切って出ておいで。」
「嬉しいわ。ぼんやりしていたところだからお言葉に甘えてお伺いするわ」
春子さんは即座に決めた。歩いても七、八分バイクなら三分だ。

 Hさんとは子供が同い年で知り合いになったから、もう五十年近いお付き合い。
旦那様は銀行員で、春子さんのことが男?らしくて話が面白いから好きだと言ってくれる。
Hさんが春夫さんの淡彩画の会に入っていたので、こちらも気心のしれた間柄。
 特に定年後みんなが暇になってから、そして春夫さんが逝ってからは優しい二人に
随分助けられている春子さんである。

 春子さんは少し明るめの服にお気に入りのスカートで出かけることにした。
久し振りの訪問である。

 通されたいつものお座敷はひんやりとして、パッチワークが得意のHさんの作品がいっぱい。
テーブルクロスは藍色の糸で細かい刺し子模様。座椅子のクッション、壁のタペストリー。
その辺に置いてある小物もすべて手作り。こういうことの苦手な春子さんにとっては感心する
以外ない。こんなに部屋しっとり馴染んでいるのをとても羨ましいといつも思う。

 テーブルには小さな朱色の角盆に、ガラスのカップにワイン色の冷たい紅茶とレモン。
アイスクリーム。プリン。クッキー。が可愛らしく並んでいる。
 「可愛い。」上機嫌の春子さんと、ちょっと得意げなHさん。彼女の心配りが嬉しい。

 電話では時々話していたけれど、本格的なお喋りは久しぶりで、冷たい紅茶を頂きつつ
二週間ほど上京していた春子さんの話やら、東京から帰省していたHさんの次男一家の話
など、楽しい時間が過ぎて行く。
男の子ふたりのHさんはお孫さんが二人とも女で、何年かに一回会うくらいでは扱い方が
分からないと笑う。そうかもしれないなあと春子さんは自分のことを思ってみる。
 
 春子さんが行くとすぐ顔を見せて下さる旦那様がみえないので、どうしたのかと思って
いると、少し腰がいたいので休んでいるとのこと。 
「大好きな春子さんが見えてるのだから、食事の時は出てくるからね」とHさん。

 予定の時間にお寿司屋さんが来て食事の時間にはご主人も見えた。お元気そうでよかった。
もうすぐ八十五歳になるという。腰のほかにもそれなりに病気があるのだと笑うけれど
七十二歳になったばかりで逝ってしまった春夫さんのことをふと思い、今ここにいたら
どんなにいいだろうと、つい思ってしまう春子さんである。
 
 ここからは話上手のご主人の独壇場、政治、経済これからの我々年寄りの生き方。
時の経つのも忘れて楽しい食事会だった。
 「一人で食べてもつまらんでしょう。また時々ご一緒しましょう。私は出かけられないから
又来てくださいね゜。」

 優しい二人に見送られて外にでると、陽は落ちて涼しい夕風が心地いい。
 有難うございました。いい友人のいることを、幸せだと感じつつ、楽しかった数時間を思い
つい、ほほが緩んでしまう春子さんである。
 明日も暑そうだけど頑張ろう。こんなに元気をもらったのだから。

 





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真夏の石和温泉へ [エッセイ]

 この暑さをどのように乗り切ろうか。
このところ自分なりに体調を考えながら、よく働いた気がする。
日常の家事もやっとこさのくせに、ひとたび何かの整理など始めると頑張ってしまう。
 特に机の抽斗や、古い書類などが入った缶などを何気なく見つけると始末が悪い。
懐かしさが先にたって、整理を忘れて読みふけったり、当時に帰ったり。
 ここで一人でこんなことしているより、あっちも暑そうだけどやっぱり行こう。

 そして上京した。息子たちも夏季休暇を取り早速温泉を予約して待っていてくれた。
 ところが予約した那須は台風進路にすっぽりとはいった。
さあどうする。中止は残念と意見が一致。あれこれ考えた末にぎりぎりで台風を避けて
石和温泉に決定した。

 いつものことながら私たちの旅は観光よりのんびりと温泉に入りご馳走を食べること。
それと往復の電車が楽しい。でもあまり遠いのは嫌。

 青い空と高い山、流れる大きな川があれば私は満足。
そしてもしかしておまけにいい短歌でも出来ればしめしめなのだ。

 私はこの高い山が連なって見え、ぶどうや梨畑しかない鄙びた石和温泉が好きだ。
今回三度目。
 初めては、三十年くらい前、石和で温泉が出た。と聞いて、甥の結婚式に上京した時
 夫と二人で行った。雪の降りしきる日。ここには本当に温泉しかなかった。
でも甲府で食べた熱々のほうとうの美味しかったこと。
 道路の突き当りにどーんと大きな富士山が普通にあることに感動して、寒さなど
吹き飛んで二人で長いこと眺めたこと。忘れられない。

 次は仲良し三人の旅で富士五湖に行った時二十年くらい前、一晩は石和に泊まろうと
私が勧めた。大分温泉町らしくなっていた。友もよかったと言ってくれた。

 そして今回三度目、子供たちにすっかりおばあさん扱いされて内心不満な私。
それでもどこまでも青い澄み切った空の色、二千メートル級の連山のそれぞれ違う
藍色の木々の色模様。自然は変わることなく人々の営みに寄り添っている。

 今年のように、全国いたるところで自然の怖さを思い知らされても人間は戦うしかない。
 頑張るしかない。

 手足を伸ばしてゆっくりと湯舟につかり、暑いけど温泉はいいと思う。
食べられそうもないくらい、次々出てくるお料理も本当に美味しい。
 命の洗濯も出来たし寿命も少し伸びた気もする。彼も勿論一緒。
子供たちも優しい。口にはださないけど有難う。元気でいなければとつくづく思う。

 台風のことも忘れて、涼しい旅館で時間延長してのんびりすごした。
 帰りに駅まで歩いた灼熱地獄の七、八分。暑い暑い甲府は三十六度だったそう。

 特急「かいじ」は快適で、陽の光いっぱいの夏連山と笛吹川。

 ふふ いい歌が出来そうな気がしてきた。


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ノラの私 頑張ってます [日記]

 連日の猛暑に日本列島どうなっているのでしょう。

 人智の及ばぬところで何かが起こっています。

 ニュースを見て豪雨被災地の人たちとボランティアの方々の奮闘を、祈る思いで

 見ているだけの自分が情けなくなりますがどうすることも出来ません。

 スーパーの募金箱に一かけらの気持ちを託すのみです。

 で、せめて自分のことでも頑張ってみようと、押し入れ、食器戸棚、下駄箱、机の

 引き出し、本棚等の掃除と整理始めました。

 あの大雨の後続いている猛暑の中(エアコンつけています)毎日頑張っています。

 家事さぼり大臣の私としては、本当に久しぶりの健闘です。

 やっていると、これが結構楽しくて、思い出の茶碗ににんまりしたり、懐かしい本を

 パラパラめくったり、昔の連句が出てきたときは、それを読んでいる時間の方が長くて

 つい苦笑してしまったり。

 食事して新聞読んでテレビみて、ふわっとしていたノラの私とは思えません。

 後どれほどの時間が私にあるか分かりませんが、これを機会に頑張る気持が沸いて

 きました。

 その合間に自分の好きなことやっていると、今更ながら「人生充実している」と思う

 自分がいて、つい単細胞を笑ってしまいます。


 今日も予報は初めての36度。被災地を思えばなんのその。もうひと頑張りしましょう。

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