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春立つ日 ひとつのさようなら [エッセイ]

 視界から銀色の車体が消えた。
思ってもみなかった感慨が体の中心からじわじわと全身に広がった。
 
 立春と聞いてもまだまだこんなに寒いのに。と毎年思ってきた。
今年は違った。朝からうらうらと優しい日差しがいっぱい降りそそぎ風もない。

 こんな日に愛用のバイクとお別れできるのは良かったと思う。
十三年間お世話になった。買い物にカルチャーに命日のお墓参り、毎日の乗らない日はなかった。

 しかしここ二、三年は遠出は止めて近くの電停まで五分とかスーパーまで五分とか。
それに弟たちや子供たちに「バイクは止めろ」耳にたこが出来る程言われ続けたし、自分でも
もう潮時だと思えた。
 今年は免許更新の年だったので昨年秋に更新しない決心もした。


 このバイクは私にとって三台代目、必要にせまられ免許をとって三十六年無事故無違反を
通していたのに、五年くらい前初めての道で、一時停止の標識を見落とし白バイに。
 あの時の悔しさ、自分のミスを棚に上げにこやかに応対する若い警官を憎んだ。
それからは知らない道でも「一時停止」の標識はすぐ目につくので、捕まるのもいいか。


 バイクとの別れがつらい訳がもう一つある。

 このバイクは夫が亡くなる前年二人で買いに行ったものだ。ケチの私はもうそう遠くまでは
乗らないのだから、安いのにしょうと決めていた。
 彼は違った。「命を預けるものだから」とその時の最新型のホンダに決めた。
どれでもいいと言う私にヘルメットも一番いいのを選んだ。
 あの時の夫の顔は今でも覚えているが、私より満足げで嬉しそうだった。


 翌年夫が病気になり、入院していた四十五日間、私はこのバイクで毎日病院に通った。

 昨秋バイクは廃車を考えて買った店の店主にもそう伝えていた。

ところがたまたま訪ねて来た知人とバイクの話になり
「大切にきれいに使っているし、距離を乗ってないからまだまだ乗れる。うちのはもう時々
エンジンもかからないので、よかったら譲って欲しい」

 廃車してどこでどうなったかより、知人が乗ってくれたら私も嬉しいと思った。
そして二月に譲り渡す約束をしていた。

 一月東京から帰ってから暖かい日に少しづつバイクの掃除をして、保険証や防犯登録
キーも予備の真新しいのと揃えて、いつ知人が来てもいいようにしておいた。

 昨日待ちかねて電話をした。知人はあまり早々に行くのもとためらっていたらしい。


 そして今日ご夫婦で見えて、諸手続きの準備も終わり、ゆっくりとお茶を飲みながら
「どうぞよろしく」と私。
「有難うございます」と知人。

 颯爽と私のバイクに乗った奥さんが軽快なエンジンの音を残して帰って行った。


 バイクが見えなくなった途端何故か切なくて苦しくて胸がいっぱいになった。
気がついてはいなかったが、私にとってはやっぱり大切なもの。夫との思い出のバイク。

 蝋梅のかすかな香りが風にのって漂っている。庭の寒あやめも愛らしい紫を見せている。
 
 穏やかな春立つ日のさようなら、私の優しい思い出がまたひとつ。








 

 

 


 



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コメント 4

リンさん

13年も大事に乗ったんですね。
それは辛いお別れですね。
でも、事故にでも遭ったらに大変ですものね。
素晴らしい決断だったと思います。
by リンさん (2019-02-10 10:51) 

dan

有難うございます。
もう今では歩いたりバスに乗ったりしています。
時にはチラッと空っぽの車庫が寂しいかな。
by dan (2019-02-10 11:07) 

智

お久しぶりです、
長年の相方さんも、いい先があって良かったですね。
神奈川はすっかり春めいてきました、春の花そちらも一日一日とほころんでいるでしょうか?
by (2019-02-22 20:24) 

dan

有難うございます。
今コメント気がつきました。嬉しい!
玄関脇にある紅白咲き分ける椿が今日二輪開き
ました。白梅は満開、エヒメアヤメや水仙もまだ咲いています。今日は風もなくてもう春です。
智さんの素敵な写真は毎日見ています。


by dan (2019-02-24 23:05) 

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