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平成最後の一日 [エッセイ]

 平成最後の日、この記念すべき日に東京に居るのです。どこかへに行こう。
皇居に近いところは人でいっぱいでしょう。ずっと一人で考えていました。

 私にとっての平成を思い返してみました。
もしかして人生で一番のんびりしていた頃だと思います。
 
 昭和に生まれて大人になり「この人でなれければ」と思う人と結婚して、二人の子供を育て
大学入学と同時に二人とも十八歳で家を出て行きました。
 私たちは子供の思うように彼らの人生を生きてもらいたいと、いつも話していたので
別に寂しいとも思わなかったし、卒業したら帰れとも言いませんでした。

 それでも長男は就職を決める時「帰らなくてもいいのか」と言ってくれました。
友人たちが家の都合で実家に帰るのを目の当たりにしたからでしょうか。
 で、そのまま二人とも東京に居ついてしまいました。

 私たち夫婦は二人して大好きな自分たちの街で、のんびりと思うように生きて来たました。
平成元年は私たちもまだ若かったから、仕事にも趣味にも精一杯頑張っていました。

 私にとっての平成は十九年までは、本当に若き日の貧乏生活を思い出しては、
「人生って上手く出来ているね。いつかはバランスが取れるようになっているんだ」
と二人で笑ったものです。

 ところが笑っていたのはそこまで。後の十一年を涙にくれて寂しく一人で生きて行く
ことになろうとは。
 でもその生活にもいつしか、年を重ねることで諦めと「仕方ないさ」という気持ちになり
 今では一人を満喫していると言ったらやせ我慢に聞こえるでしょうか。

 年末年始やゴールデンウィーク、秋が来た、夏もいいと東京へ来る私に、ご近所さんは
少し私の姿が見えないと、「東京へ行ってたんですか」と聞きます。
 私のこの生活パターンをいつまで続けて行けるのか、今のところ足腰も大丈夫だけど
寄る年波には勝てない気もします。
 
 まあもう少し新天皇と皇后のご活躍を見ていたい気もします。
何よりも上皇様が、激務から解放されてのんびりとお二人で歩まれる、これからの日々が
安らかにお幸せに長く続かれますよう、お祈りしたいと思います。

 さて私は考えた挙句平成最後の日、銀座を歩きましょう。
少しだけ贅沢して、美味しいお昼ご飯食べて、素敵な喫茶店でコーヒータイムを。
 小雨のぱらついていましたが、傘をさすこともなく楽しい銀ブラでした。
大好きな鳩居堂で買い物しました。木村屋のアンパンも買いました。
 快く一緒に歩いてくれた娘には、後日何か買ってあげよう。「内緒」


 そして今日は令和元年、五月一日。今から近場へ出かけてきます。
今度は息子が渋々一緒に行ってくれそうです。

 明るくて元気で戦争のない令和時代が続きますように。
 









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リンさん

私は平成最後を松山で過ごしました。
美味しい料理を食べて、渋谷や六本木が新年を迎えるような騒ぎになっていることなどつゆ知らず、まったり過ごしていました。
東京は、却って電車が空いていたのではないですか。
皇居はすごい人でしたけど。(テレビ情報)

by リンさん (2019-05-05 11:18) 

dan

ああ何という運命の巡り合わせ。
平成最後を四国への旅。と聞いた時からそんな気が
していました。残念無念!
松山で本当にお会いしたかったです。
私は娘と銀座を歩きました。


by dan (2019-05-05 16:14) 

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