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あっという間に桜満開 幸せな私 [日記]

 「桜見物は来週だね」つい先日友人とそんな話をしたばかりなのに、今どこの

桜も満開です。

 暖かくなってさすがのノラの私も、あれもこれも家事全般やる気になっていました。

でも桜の様子を見に行かなくては。一週間前ふと思いついて一人で城山に登りました。

 登りはリフト真っ青の空に透き通る陽の光。城山の木々は緑に茂っていたけれど

かなりある桜はつぼみのまま、咲いていたのは一、二本。お城広場も同じ状態。

 久し振りに上った天守閣からも、桜の花は見えませんでした。

 まあ二、三日前に開花宣言したところだから、こんなものだろうとそれでも春の

気配は十分感じつつ、下りはロープウエイにしました。

 観光客は結構多くてお城も街も賑わっていました。

  あれからたった三日なのに、あっという間に満開。もうどこを見ても桜さくら。

このところの気まぐれな気候の変化にはついていけそうにありません。

 これで朝夕は結構肌寒いし体調を整えるのも大変です。

 
 あまり早く満開になったので突然ですが、ご都合はいかがですかと、昨日は若い

友人のお誘いに嬉しくて、二つ返事で十一時頃から五時過ぎまで、車であちこちの

桜に逢いにつれて行っていただきました。

 大きな川岸に何十本と咲き競う白やピンクや紅の桜の花。満開の満開。その桜の下で

風に散る花びらを浴びながら食べたお弁当の美味しかったこと。

 見渡す限り黄色い絨毯を敷き詰めたような、菜の花を見るおまけまでついて幸せな

私でした。

 わが子より若い友人の優しさが胸の底までしみて涙が落ちそうでした。

 有難う。

 こんなおばあさんと行くより旦那様やお友だちと行く方がきっと楽しいに違いない

のに。

 この感謝の気持ちは言葉では表せません。桜や菜の花も美しかったけれど、彼女の

心根の優しさ、美しさも負けていないと思いました。

 私も彼女を見習って可愛らしいおばあちゃんにならなくてはと秘かに決心しました。

 明日も歩いて十分ほどの桜の名所へ、ご近所の人たちとお花見の約束が出来ています。

 あれもこれもやること沢山あるのに.....。桜の花には勝てません。





 








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春子さんの茶の間 [短編]

 激しい雨音が気になって眠れずにいると「ぽっぽ」古い鳩時計が一時をを告げた。
年のわりにはよく眠れるたちで、いままで寝付きが悪いと思ったこともない。
それなのにこの頃そうもいかなくなった。
 六十五歳を過ぎたころから友たちが眠れない話をするのを、よく聞くようになった。
そんな時春子さんは
「寝ようと思ったら三分で眠れるし眠ったら最後、朝まで目が覚めない」
と言って皆に呆れられたものだ。
 あれから何年過ぎたのだろう。

 目が覚めたらカーテンの隙間から明るい早春の陽が差し込んでいて、嬉しくなった
春子さんは飛び起きた。
「あらら朝ドラ終わってるよ」
 春子さんの日課は決まっていて、特に食事は規則正しく時間も決めてある。
 一人暮らしの気楽さで、のんべんだらりの生活はしたくない。
 それでも寒い冬は特別で、わりにのんびりラジオを聞いていてぎりぎり「えいっ」と
飛び起きる。

 朝食は茶の間で朝ドラを見ながら八時、昼食はニュースをみながら十二時、夕食は
ローカルニュースを見ながら六時。
 季節によって多少変わるけれど原則これを貫いている
 朝食の後片づけをしたら、一時間は新聞を読む。
経済面はざっと項目を見るだけで一面と三面記事は大見出しを見て関心のある記事には
さっと目を通す。
念入りに読むのは文化文芸とスポーツ。これでも結構頭の体操にはなる。
 本を読むのも心の通い合う友と長電話するのも、春子さんの好きなこの茶の間だ。

家事は最低限、必要不可欠以外は無理をしないと決めてある。元気が一番。

 若い時は友と連れ立って遊びに趣味に、たまにはカルチャースクールによく出かけた。
今はそれぞれ事情があって、お出かけもままならない。

 夫の春夫さんとも、彼が定年退職してからは、思いついたら即旅に出たし、絵を見たり
コンサートにも出かけた。
 それぞれの趣味にお互い干渉はしないが理解して、協力を惜しまなかった。
 
 子供たちも自分たちの思うままに、頑張っていたので春子さんたちに何の気掛かりも
なくこういうのを悠々自適というのかもと思ったり。

 夫の春夫さんと二人で過ごした約十年余は今考えると本当に 素敵な日々だった。
 春子さんは人が感心するほどさっと子離れできたし、心の片隅に「自分が一番大切」
という信念のようなものを若い時から持っていた気がする。
 我儘と言われても、それを春夫さんも子供たちも容認してくれていた....と思っていた。
 そして本当に自分の思う通りの人生が送れたと満足していた。
春子さん自身も心の底から幸せで、嬉しいことだと秘かに自慢に思っていた。
 でもそれは春夫さんという理想の伴侶がいたからこそだと一番良く分かっているのは
春子さん自身のはずだ。

 しかし、春子さんがそのことに気がついたのは、最愛の春夫さんが遠い遠いところへ
旅立った後だった。

 「思い知った」というべきか。「傲慢だった」というべきか。涙ながらの反省ばかり。

 春子さんのすべての景色が無色になった。
 ただ悲しさだけが虚しさだけが、寂しさだけが朝から晩まで、春夏秋冬春子さんに
ついて来た。

 長い時が過ぎて行った。
 この頃になってやっと、今でもいつもそばにいる春夫さんと春子さんは茶の間で
涙なしで昔話がいっぱいできるようになった。
 喋っているのはいつも春子さん。
 昔と変わらず、にこにこ優しい眼差しでその様子を見つめている春夫さん。

 一足飛びに桜が咲いて春がきた。

 茶の間の飾り棚に寄り添って嬉しそうな笑顔の春夫さんと春子さんの写真。
「おはよう」
 セピア色のそれに向かって毎朝春子さんは大きな声でご挨拶をするのが朝一番の仕事。

 今日も春子さんの茶の間から素敵な一日が始まりますように。

 このまま元気でいたいなあ。春子さんの贅沢な願望である。


 

 
 
 

 
 
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春がそこまでやってきた [エッセイ]

 庭の白梅もいつの間にか満開になり、固い蕾だと思っていたさくらんぼの花も

薄紅に開いて朝の日差しをうけています。

 朝昼夜と食事をするだけでのらのらの私は、イマイチの体調のこともあって

まるで入院しているのと同じ、ただ違うのは自分で食事をつくることくらいだと

娘に言って苦笑されていました。

 でもこのところ急に暖かくなり、お雛様を出し桃の花を飾るとなんだか嬉しく

なって元気が出てきました。

 デパートへでも行ってみる気になって、二人のもっとも親しい友に電話してみました。

 「そうねえ久し振りに出かけようか」という返事を期待していたのにがっくり。

 同じ年の彼女は

「買いたいものもないし、昨日眼科へ行ったばかり、その上旦那の食事つくりも大変で」

 二歳年下の彼女は

「風邪がまだはっきりしないし、好きでもない犬の世話でくたくた出かける元気がない」

 ああ二年前までは月に二回カルチャースクールに行って、楽しいお昼ご飯食べてお茶を

飲んで喋って、夕方帰って来ていたのに。

 確かに年はとったかもしれないけど、寂しい気持ちが私を不機嫌にさせました。

 そして又他の友に声をかける元気もなくなりました。

 でもあまりに春らしい今日という日、私はちょっとおしゃれをれをして一人で街に

でかけました。

 といってもバスで二十分あまり、思いつきさえすれば何のことはないのです。

バスの窓からみえるお堀の水はゆったりとして、白鳥があちこちに羽を休めています。

岸の寒桜や紅梅白梅も美しく、私の好きなせんだんの大木には今薄黄色の実が鈴なりで

辺りの芽吹いてきた木々との調和は、ここでバスを降りたいと思うほど。

 そして見えてきた、青い空のした城山のてっぺんにそびえるお城の天守閣。

どこのお城より美しいと私は思っています。

 仰ぎ見るたたづまい、天守閣からの眺めも文句のつけようがありません。

 デパートも疲れるほどの人もいなくて、いつも行く店の彼女が歓迎してくれました。

予定にもなかった買い物もして、市内一の商店街を歩きます。

 半世紀以上も前からあるアーケード街も昔からある店は数えるほどしかありません。

でもなんだか気持ちは浮き浮きして、遠い遠い昔の思い出が胸をよぎります。

 街行く人はみな楽しそうで若い人が多い気がしました。

そういえばあまり年配の人は歩いていません。

 足がわるいのか、病院か、デイサービス?

 嫌だいやだ、自分の思いを打ち消して、私は必要以上に背中を真っすぐにして

さっさっと歩きました。    転ばないように細心の注意をはらって。

 一人ではダメな私。コーヒーも飲まずに二時間半後にはもう我が家にいました。

 それでも出かけてみれば一人でも結構楽しかったし元気もでました。

 暑さ寒さも彼岸まで、春がそこまでやってきました。





 

 

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