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春子さんの茶の間 その2 [短編]

「きれいに咲いたねえ」「豪華だと言ってもいいくらい」「だってもう植えてから
四十年にもなるらしいよ」
 二階に行こうと階段を上がりか時、話声が聞こえた。
 春子さんはにんまり、玄関先のつつじの花に見入っている三人の顔が浮かんだ。
五月晴れの素敵な昼下がり、今出ていったら長くなるだろうと思いつつ、ドアを開けた。
「あら春子さんお出かけでなかったの」三人がにこにこしている。
「はい今日はお出かけの予定はありません」春子さんも少しおどけて応える。

 話題のつつじは直径半間はある大きさで、こんもりと傘を広げたようにブロック塀の
うえまで盛り上がって濃いピンク色の花がびっしり。
 春子さんも玄関の出入りについ立ち止まって見入ってしまうほど見事に美しいのだ。
南の道路に面していないのが残念なほど。
 春子さんの家は団地の東南のかどにあるので、東の玄関まで来ないと気づきにくい。
それでも気が就いた人がわざわざ見に来て、いろんな褒め言葉でこのつつじを愛でている
のを窓のそばで聞きながら、内心自慢たっぷり、嬉しくてたまらない春子さんである。

 このつつじは結婚した時、春夫さんの実家から小さな苗木を持ってきて二人で植えた
記念樹なのだ。
 なかなか大きくならなくて、花も咲かず毎年期待しすぎたからかなあ、などと話して
いた。長い年月にいつからか花が咲き木も少しづつ成長した。
 そして二人がこの木にばかり関わっていられない間に、こんなに大きく花が咲いた。
 特に春夫さんがいなくなってから一際きれいになった気がしている春子さんである。

 春子さんは上機嫌で三人を家に招きいれた。コーヒタイムにはもってこい。
三人は春子さんが心を許せる人たちだった。
 明るくて誰とでも付き合える人、とみんなはいうが、本当の花子さんはそうではない。
けっこう神経質で知らない人に話しかけることはまずない。
でも気心のしれた人となら、一人で喋っていると言ってもいいほど喋る。
 なぜか 春子さん自身にも理由は分からない。

 今日は三人いるからいつもの春子さんの茶の間ではなく、リビングへ案内する。

 

一人住いには大き過ぎるテーブル。真ん中にチューリップの花がガラスの花瓶に数本。
ゆったりした椅子が六脚。
 レースのカーテンも、海老茶色の地にオフホワイトの模様が美しいどっしりした厚手の
カーテンも、春夫さんが気に入って決めたものだ。
 大きな本箱には春子さんの本がびっしり。好きな古典の専門書から小説、最近奥の方から
前面に置きなおした「日本国憲法」かなり古びてみえる。
 ぼーっと座っているとき、前文と第九条を読み返している。
 ピアノの横の戸棚に控えめに家族の写真が数葉、一つの額にいれてたてかけてある
壁には春夫さんの淡彩画の額がいくつか掛けてあって、この部屋にしっくりなじんでいる。

「ここに来ると落ち着くよねえ。だから好き。」とМさん。五歳年下の優しい人。
「コーヒーも美味しいしね。」と同い年のSさんは一番長いお付き合い。
「前通るたびに春子さんいないかなあ」とつい思ってと笑うHさんは、ひとつ年上で陽気で
声が大きい。
三人とも春子さんが心を許しているいい隣人である。

 コーヒーが入って有り合わせのお菓子などつまみながら楽しい時間が過ぎて行く。
 春子さん以外は同居の子供さんがいるが、夫を亡くして遺族年金生活者の似たような
境遇だから、いいのかもしれない。
 でもみんなそれぞれ忙しくて、三人揃ってコーヒータイムなんて滅多にない。

 春子さんも一人になってもこういう隣人がいることはとても心強い。
いざという時頼りになる気がするのだ。

 それにしてもあのつつじの花は素晴らしい、人間で言えば花も恥じらう二十歳かと
誰かが言えば、いやいやあの妖艶さは....とまた花の話でもりあがる三人である。

 いつの間にか傾き始めたガラス越しの陽の光を気にしつつ、リビングに穏やかな
時が過ぎて行く。

 久し振りに賑やかで楽しい時間だと春子さんも幸せな気分の午後だ。

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近くて遠い? 遠くて近い? [日記]

昨日の雨がうそのように晴れ上がって心地よい朝です。

 ゴールデンウイークを東京で。恒例になって十年になります。

家からタクシーで空港まで二十分。飛行機は一時間二十分で羽田空港に到着します。

リムジンバスの時間まで約一時間あるけれど、長い長い通路を到着ロビーまで

かなり歩きます。

 バスは約一時間で目的地の駅へ。息子のマンションまで徒歩三分。

 合計四時間です。

 飛行機の出発が遅れたり、リムジンバスが渋滞にかかるという不測のことが

ない限りはこの時間設定で大丈夫です。

 私はこの時間を長く感じたことはないのですが、待ち受けてくれる親友は

「やっぱり遠いねえ」

 そりゃあ二人の娘さんがすぐ近くに住む彼女にしてみれば、私たち親子の距離は

遠いです。いざという時間にあわん。と思っているのでしょう。

 それでも子供たちも生まれた土地より東京で過ごした年月の方断然長くなりました。
 
 とりあえず私は私のやり方で、遠くて近い子供たちと素敵なこれからが過ごせたら

いいなあと思っています。




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卯月のこころ模様 [エッセイ]

 今年の桜はもう葉桜。
 卯月半ばだというのに目に飛び込んでくるのは、きらきらと若緑の輝き。
 我が家の゜庭も遅咲きの藪椿の一二輪が小さく赤く咲き残り、紫木蓮と花周防のほかは
初夏の感ありというところ。

 私の中で卯月は大切で嬉しい楽しい思い出がいっぱいつまっている季節なのだ。

 卯月の声を聞くとそわそわ、朝から晴れ渡り降り注ぐ太陽の光までが微笑みかけて
くれるような日は、思いははるかうん十年前に猛スピードで遡り、若かりし頃の自分を
みつけて満足だげと、我に返れば苦笑い。
 
 私のそばで勿論、彼もしっかり若返ってにこにこしている。

 今日は四月十一日。ふと閃いて確信にも似た想いで思い出のひとつを持ちだしてきた。
便箋の色も赤茶けて、何度も読み返した私の指紋と涙で薄汚れている彼との往復書簡

 少しドキドキしながら、そっと最後のページの日付を見る。
 「昭和三十五年四月十一日」私は大声を上げたい衝動にかられた。「やっぱり」

 「これがフィアンセとして貴方に贈る最後の手紙になるでしょう」
 心を込めて書いた私の万年筆の文字が、あの時の私の気持ちを鮮明に思いださせた。
 そこには離れ住んでいた結婚までの切ない三年の日々、いつも我儘で自分の思いを通し
続けた私を、優しく見守ってくれた彼への感謝と、結婚したらあなたが望むいいお嫁さんに
なりますと、可愛らしい?私の決意がしっかりと書かれている。

 三日後の彼からの返信には、こんな理想の家庭を作りたいという彼の三つの「信条」が
書いてあり、それは、若い二人で生きていくこれからの生活が容易でないことを、私に
知らしめるに十分な説得力があり、身の引き締まる思いがしたものだった。
 手紙の最後には私にたいする約束事が三つ、彼の優しさが溢れる言葉で綴られている。

 今日のこの手紙を読むことになった偶然を、私は彼からの贈り物だと信じている。

 そうそう「これから二人で生きていく歳月は長ければ長いぼといい」手紙に書いてあった
この言葉だけが唯一彼が果たしてくれなかった私との約束だ。

 彼が逝って十年余、時々取り出してみるこの手紙が、私に生きる元気をくれる唯一の
ものとさえ思えるのだ。

 卯月 うらうらと暖かで優しいのに、青い空をみているとふと胸が痛くなる。
 白山吹の花が、やさしい風にゆれている卯月の昼下がり、ひとりの私。
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