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平成三十年も後二日 [日記]

  穏やかに明けた平成三十年でしたが、様々な自然の力に脅威を感じた一年でもありました。

 それでも何とか細々と「さくらんぼ日記」を続けられたことを嬉しく思っています。

  子供たちと迎える新年を昨年より、ちょっと喜んでいるのも年のせいでしょうか。

 上京して十日、体調イマイチで折角の温泉行もキャンセルしました。

 でも今日のように澄み渡った空、冷気のピンとしたベランダに出ると、元気がでます。

  来年の夫の十三回忌の法要を終えるまでは頑張らなくてはなりません。

  明日はみんなで賑やかに楽しく年越しそばを食べて、お正月には初詣に行きます。

 
 一年間本当に有難うございました。

 新しい希望に燃えた時代が始まります。

 みなさん良いお年をお迎えください。

 

 
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一人ではない [日記]

 風はあるようでベランダに干したバスタオルが飛び跳ねています。
ガラス戸越しにみる空は澄み切った空色、とても師走とは思えぬ穏やかな風情です。
残念ながら今日は富士山は真っ白い雲に隠れて見えません。
 
上京四日目の昼下がり昨夜娘と婿殿が帰ったので、久しぶりにパソコンに向かっています。
 
 先日の飛行機は割合よく利用する私が、もしかして今までで最高?と思うくらい素敵なフライト。
いつも通路側の座席を取るのですが、ほとんど満席状態なのに、三人掛けの真ん中は空席。
 静かで離陸の時一瞬ガタガタ揺れた気はしたかなあ。とにかく着陸までまったく揺れません。
大体イヤホーンで音楽を聴くのがいつものパターンですが、今回は体調イマイチということもあり
備え付けの雑誌をなんとなく読んでいました。
 
 そして聞くともなく斜め後ろの座席の二人の話が耳に入ってきました。
 どうも今回席が隣り合わせになっただけの人のようなのに、乗って来た時から到着するまで
ずっと話し込んでいました。

 お喋りのくせに知らない人には、話しかけることのできない私にとっては気になる事態?
それとなくちらっと振り返り二人の人物を確認しました。
 話の内容から想像していた通り年配の男女でした。

 彼は退職後奥様の故郷の私の住む街に住みつつ東京にも自宅があるようで、時々上京するらしい。上品ないいとこの旦那様風でした。

 「いいなあ。羨ましい理想の老後ではありませんか。」.....私の影の声

 女性の方は彼より五、六歳は若い感じでちょっとふっくらした優しそうな人。
彼女は今日東京である「第九を演奏する」コンサートに行くとのこと。

 実はこの話が聞こえてきた時、それまでなんとなく聞いていた彼らの話に俄然私は興味を覚え、かなり熱心に聴き耳を立てる結果となったのであります。

 だって師走の忙しい時期、わざわざ普通の人が東京までコンサートに行きますか。
私頭古いかのもね。それとも非常識?

 「理解のあるお金持ちの旦那様のいる奥様?いや独身の優雅な老後を送っている人」....私の影の声

 「今夜はお友だちの家えでもお泊りですか」
 「いいえホテルとっていますので」
 「それでは、お気を付けてコンサート楽しんできて下さい」


 一時間十五分ずっと話し続けていた二人、今日初めて会った二人、年配の男女の二人。

 私は年のわりには一応進歩的な考え方をする方だと思っています。
でもこの位のことに、異常に反応するっておかしいでしょう。
 人間、生まれ持った性格や長い間に培われた価値判断がそう簡単に変わるものではないのかなあ。


 私は一人です。一人が好きです。
 本当は寂しがり屋のくせに強がりの衣をいっぱい纏って、そっくり反っている私?
若い時は一人が本当に好きだったのになあ。何故


ああそうでした。年のせいにしよう。

 帯状疱疹になった時、原因は疲労やストレス、加齢などとネットで見て
「私ストレスなんかないのになあ」

「一人でいることがストレスなんだよ」娘が言いました。

「東京にでておいで」
「絶対に嫌」
子供たちが諦めてなにも言わなくなって十二年過ぎました。

 一人ではない....そうですね。.考え方や行動ひとつでそう出来るのかもしれません。

 また一つ年を重ねてわが行く末をどう想像できるか。楽天家のdanさんはさて?






 

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招からざる客 [日記]

 師走も早半分終って、垣根の南天の赤い実が北風にゆれています。
「ああ」ついため息が出てしまいます。
今日で十一日何と年末の忙しい私の体によもやの珍客。「帯状疱疹」が取りついてしまいました。
 それも二度目の。それも今回は三叉神経に取りついた?「顔と頭右半分」

 初回は十一年前の三月末、これは文字通り袈裟がけにびっしり出ましたね。
38度の熱も出たし、食欲もなくもう起きてなど居られなくてどっぷり床に着いたまま。
 桜の花が咲いても花見どころではありませんでした。

 でもあの時は強い味方の彼がいました。

 絶対に欲しくないと我儘を言う私に、三度三度食事を作り「食べないと元気にならないから」と
怒ることもなく、本当に優しい彼でした。
 内心どんなに感謝をしていても「有難う」とぶっきら棒にしか言えない素直でない私でした。
 結局貧血も引き起こし、体がしゃんとしたのはゴールデンウイークも終わりの頃でした。

 そのころから今度は彼が体調を崩しました。ガレージの波板を張り替えたり、濡れ縁を作ったり、庭の木に掛かりっきり、腰や背中が痛いとすぐ整形病院に行き、慣れない仕事のやり過ぎです
よと言われ、毎日電気を掛けに熱心に通っていました。

 私は帯状疱疹の時の恩返しとばかりに、せっせと食事を作りました。食欲旺盛でにこにこと
彼は「どれもおいしいよ。」と沢山食べてくれました。

 この時彼の体に恐ろしい病気が巣食っていることを、誰も気がついてはいなかったのです。

 そして四か月そのことを皆が知った時は、既になす術もなく、その代わり辛い治療も一切ないまま彼は安らかに旅立ってしまいました。

 今回先生に帯状疱疹と言われたとき、私の脳裏に真っ先に彼の顔が浮かんで「ああ今度は一人で頑張らなければ....」と思ったのがおかしくて思わず笑ってしまいました。

 今は先生のおっしゃる顔の右の目から下顎から頬にかけて耳の中「先生は中ではない縁」とおっしゃるけど「お岩さん」状態。頭にも五、六個はあるけど先生は触りもしないし見もしません。

 私はこの先生を信じているけど、ちょっと十年前とは対応が違うと感じています。
 今やベテランになられた先生にとって「帯状疱疹」なんてチチンプイ!!なのでは。

 とにかくもう全治は目にみえています。

 それに一番しんどかった時、突然娘が帰って来て驚きました。「帰らなくていいと言ったのに」と言いつつ本当に心強く嬉しかった私でした。
 素直に「有難う。嬉しかったよ。」と言えたのは年の功かなあ。
 
 後一週間 お岩さん上京す!

  


 
 

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