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飛んで東京 [日記]

 爽やかな風とまぶしい陽の光。
やっと相応の季節の中に落ち着いた日々が過ぎて行きます。

 ゴールデンウイークを東京で! 例年のことなのに今年は一つの感慨があります。
 だって、私平成に発って帰ってくるのは元号が改まって令和なのですから。
ちょっと自慢に思う自分がいて、いつもより少し浮き浮きしています。

 一人で過ごす長い休みが切なくて、ゴールデンウィークと年末年始は半ば習慣のように
子供たちと過ごすため上京するようになって、早十二年になります。
 ご近所の皆さんからも、もうそろそろ行くのではと声をかけて下さったり羨ましがられたり。
でも人様が思うほど楽しみなわけでもなく、へそ曲がりの私は素直ではありませんでした。
 でも行ってみると結構楽しくて、年を経るほど前よりは嬉しがってる私がいます。
ただ今年は「いつ来るの。待っているからね。」と言い続けてくれて彼女がもういません。
先日もそのことを息子に愚痴った時「それは言わない約束でしよう」と一言。
ああ昭和、平成と手をつないできた彼女と令和をゆっくり歩きたかったです。
 今日は少しづつ準備に入りました。持って行く洋服など出してきても、また「つまらん」と
呟いてしまいます。

 椿が散った庭はピンクのつつじが満開になり、白い山吹やアイリスも風に揺れています。
朝夕の寒暖の差も少なくなり本当に最高の季節になりました。

  やっぱりいつもとは違う、浮き浮きした私のゴールデンウィークになりそうです。
 
 












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故郷の桜の花に包まれて

 朝から晴れ渡った青い空、浮き浮きと足も軽やかに駅に向かう。 私の生まれ故郷の街に近い駅まで特急で約二時間、のんびりゆるゆる走る。  早い春が来たのにそこで足踏みし続けて、桜もさっとは咲かない。 毎日一人で座っていると春とはうらはらに、何だか寂しくて病がちの友の消息など聞くと 余計に気分が滅入る。  そんな時ふと古い写真を見つけた。 おかっぱの髪に赤い鹿の子の布の入った髷をつけ、赤い着物を片袖脱いで下から空色の 襦袢の袖が見える。 それぞれのポーズでにっこり笑った七人の少女たち。  一人一人の顔を指さし名前を声に出して言いながら、懐かしくて私は涙が出そうになった。 これは小学校五年生の時の学芸会の劇中「紅葉おどり」の写真だ。  それぞれの役はこなしつつ、この踊りは別にしっかり練習をした。  学芸会が終わった翌日 隣町の写真館で摂ったもの。一里の道をどのようにして行ったのか 自家用車などない時代。 父兄や先生方も当然一緒だったのだろうが、その辺の記憶はまったくない。  バックの花の写真が美しい、写真館の広間でそれぞれのポーズを取るまで大変だった。 小一時間もかかつたろうか。子供心にも疲れ果てた思いは今も思い出すことが出来る。  写真は勿論白黒だ。でもこの衣装のことだけは、はっきり覚えている。 赤い着物と空色の袖、しっかり締めた銀色の帯。嬉しかったし得意だったから忘れていない。  しばらく眺めていると皆に逢いたくなった。この中の三人とは今でも年賀状で繋がっている。  十年前夫に逝かれて落ち込んでいた私を故郷の街に呼んでくれた。 四人で一緒に泊まって、涙にくれる私を慰めてくれた。  私は思い切って一番の仲良しだったFさんに電話をかけた。 少し前Sさんも夫を亡くしたが、Tさんにも声をかけてくれてみんなで逢ってくれるという。  話はとんとん拍子に進み一週間の後、桜も満開の時、今日私は電車に乗った。 きらきら光る瀬戸内海は波も穏やかで、いくつも浮かぶ島影も春の真ん中に。  山側の窓からはその色を変えて高く低く連なる山々。一番高く頂上に雪を頂くのは 西日本一高い霊峰石鎚山。  ここは私にとって生涯の思い出がいっぱい詰まっている大切な懐かしい路線なのだ。 あちこちに見える満開の桜が車窓を飛んでいく。あっという間の二時間。  約束の時間に約束の駅で十年振りの三人が笑顔で手をふって、私を迎えてくれた。 ここから三、四十分のそれぞれ別の町からみんな車できてくれた。  三人の、とてもとても元気そうな若々しい?笑顔に、私はもうそれだけで満足だった。 花見弁当を買ってから桜を見に行った。とにかく全山桜桜、吉野山にも引けを取らない。 人は大勢いるのに、どこからでもどこに座っても、風に散らない満開の桜が見えるのだから みんな余裕でのんびりしている。これが田舎のいいところだとつくづく思う。  大木の下に陣取ってご馳走もそこそこに、まあよく喋ること。    それぞれ家庭の事情もあったろうに、私の思いつきに快く皆が来てくれたこと、その気持ちが 嬉しくてやっぱり幼馴染はいい。それに家族の人たちの優しさ。 私たちの結んで来た七十年の友情は本物だったと、私は心の底から三人にお礼を言った。 三人もこういうチャンスは大切にしたかったと喜んでくれたのもまた嬉しかった。  二時間も花の下で、そうそうあの写真や学芸会の話も出た。 みんな覚えていたけど見たことはないと笑った。家のどこかにはあるよねえと。  夜は宴会に温泉に楽しい時間が続いた。十年前の写真を持っていったので皆に見せた。 「あれえ私らこんなに若かったのねえ」と今更顔を見合わせた。 「あのときはみんなで泣いたねえ。慰めるために集まったのにみんなで泣いてしまって」 Fさんがしんみりと言った。 あれから十年早いねえ。これからの十年のことはみんな考えたと思うが、誰も何も言わなかった。  次の日も快晴。車で街中の桜を巡り、ごはんを食べ喫茶店で喋り、心ゆくまで故郷と友情を 堪能した私を、夕方の駅でホームまで出てきて三人が手を振って見送ってくれた。  帰りつくまでの二時間、二日間の楽しかったことばかりを思い続けて嬉しがってた私。 十年前は涙が止まらず思い出のこの路線を二時間泣きながら帰ったのに。  これからも又時々逢って、みんなで元気で幸せな余生を送りたいものだと切に思った。        
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桜に雪 新元号の春が来た [エッセイ]

 暖冬だ、今年は暖かいと喜んでいました。
本当に朝起きるとき寒くて辛いと思ったことはありませんでした。
 特に二月と三月は体調も良くて、毎日好きなことのし放題。
 お出かけはなく、訪ねてくれた友と我が家でゆっくりとコーヒータイム、それなりに好い日を
送ることが出来たました。
 
 ところが春分の日が過ぎて「暑さ寒さも彼岸まで」などとお花見の相談やら、たまには美術館で
覗いてみましょうと、予定を立てたころから寒い日が戻って来ました。
 
 開花宣言したまま桜の花が咲きません。楽しみにしていたお花見も花がなくては話にならない。
しまったセーターやコートまたで出してきたり。

 今年は庭のさくらんぼも、梅も白山吹、アイリスまでが随分早く花が咲きました。
そしてずっと遅れて紫木蓮、蘇芳、利休梅が今やっと咲いています。

 足踏みした春にいら立っているうちに四月が来ました。

 そして新元号の発表。耳にも優しい感じの「令和」

 これは嬉しかったです。
まさかその典拠が万葉集だなんて。ひとしきりテレビにかじりついてほんわかしていました。
大好きな万葉集、高校時代からずっと結構読んだと思っていたのですが、「梅花の宴」を
すぐに思い出せたりはしませんでした。

 夜になってから万葉集巻五、「梅花の歌三十二首 併せて序」じっくりと読みました。
 ついにやにやしている自分に呆れつつ、でも少しは自慢げな気持ちが沸き上がってくるのを抑えながら。

 大宰府天満宮へは梅の季節以外にも何回か行きましたが、いつも道真や万葉人に思いを馳せて
悦に入っている私がいました。

 そして四月二日、日本列島すっぽりと寒波に覆われ、時ならぬ雪が降りしきりました。

テレビで見る満開の桜に降り積もった雪は、本当に幻想的で夢の世界にいるようで、これなら
少しくらい寒くてもいいか、と思ってしまいました。

 この寒波も明日の朝までとか、三寒四温少しづつ本当の春は近づいています。

 明後日、私は生まれ故郷の街に出かけます。小学校から中学校二年までを共に過ごした仲良しと
四人で楽しい一泊旅行です。電車で行く私を三人が駅で出迎えてくれます。
 十年振りの再会です。あの時もみんなで私を励ますために集まってくれたのでした。
でもこの十年で、どんなおばあ様が揃うか怖いような嬉しいような。
 また一つ楽しい思い出を作ってきます。
 
 さあ年相応に頑張って昭和 平成 令和とゆっくり歩いて行きましょう。

 平和が続くことを信じ祈りながら。




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