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朱色の路面電車に揺られて

 梅雨入りせぬまま夏至を迎えた。
紫陽花の紫が緑の葉の間からちらりと見えて、それでまた気持ちが和む。
 暑くも寒くもなく風は心地よくこんなに爽やかな六月を私は知らない。

 だから体調はまあまあでも、予定の講座には絶対に出かける。

 バイクを止めたので今まで十四、五分で行けたところへ今はバスと電車を乗り継いで
一時間もかかる。
 せっかちの私にとってこんなに悲しく悔しいことはない。都会と違って一電車遅れると十分は
待たなければいけない。
 
 そこで私は気持ちの切り替えをした。のんびりとその時間を楽しむことにした。
見渡せば高層マンションが次々に出来ている。どんな人が住むのだろう。一時私も憧れた。
 あれホテルの名前が又変わっている。新しいコンビニが出来ている。
電停のベンチだって楽しいではないか。私の中の野次馬百匹。

 今日は予定も無いのでぶらり出かけることにした。家から三分のバス停からバスで十分。
 さて市内電車に乗るとそろりそろり歩いたほうが早いくらい。信号と電停で止まっている時間の
方が長いのではないか。

 この電車がまた鮮やかな朱色で、この色に変わり始めた頃「ええっー派手~過ぎる」と思っていたのに、バスも郊外電車もすべてが朱色になってくると、のんびりとしているこの街に活気があふれ
若返った気がしたものだ。

 その窓からみえる景色は最高。旅好きの私は全国あちこち歩いているがどの街もみんな特徴が
あって素敵だった。だけど心のなかで呟く「絶対負けとらん」

 堂々とした白壁が美しいお城の天守閣、水を湛えた堀を巡る土手の桜、梅、松、柳、など
季節が代わる度にその色を変え姿を変えて市民を楽しませてくれる木々。

 この堀に向かっていくつもの小さなベンチがある。ここにはいつも彼の面影がある。

 亡くしたころはバスや電車でここを通る度に、自分でもびっくりするほど涙が出た。
人に悟られぬようにうつ向いていた。

 さすがに今は涙は外には出てこない。

 昔はベンチはなくて大きな石があり二人でその石に腰かけていろんな話をした。
結婚するまで離れ住んでいたので、月に一回くらいしか会えなかった頃。駅まで送る途中で。

 結婚してこの街に住んでもただの一回も二人でこのベンチに座ったこともなければ、あの頃の
ことを思い出して話したこともなかった。

 だから今私一人がその思い出に耽り、昔のこと彼ともっと話したかったと思うのだ。

 紅い電車に揺られて楽しいひと時を過ごせた私はデパートに行った。お茶碗を買うつもりだ。
 一人になってからは大好きだった食器にも関心がなくなり、新しいのを買う気にもならなかったのになぜかふとその気になった。

 小一時間もかかってやっと気にいったお茶碗。今風だけど古風な感じもするもの。
乳白色の地色に茶色の柔らかなやさしい枝が描かれ、緑の小さな葉っぱと同じくらいの大きさの
朱色の実がついている。
中も薄茶色の落ち着いた色合い。手触りが優しくて重さもちょうどいい。
 つい朱色の実のところだけがが薄水色の、もうひとつの大きめのお茶碗も買ってしまった。

 彼はきっと笑うだろうなあ。でも私の気持も分かって喜んでくれるような気がする。
 二つ並べて遺影の前に置いてみた。

 夕暮れの空は青く澄んで雲ひとつなく涼しい風が渡って来る。明日も雨は降りそうにない。


 


 




 
 


 
 
  
 
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春子さんの茶の間 その10 [短編]

 梅雨入りした地方のニュースを見ながら、雨の気配もない空を見上げる。

二十数年前の地獄のような水不足を思い出して春子さんはゾクゾクっと身震いした。
退職したばかりだった春子さんを心配して全国の仕事仲間から、沢山の水を送って頂いた。
 今年もちらほら節水のお願いが行政機関から聞こえてくる。
 今のところこの茶の間から見える庭の木々は元気で、春子さんは散水もしていない。
まあそのうち降るでしょう。と一人住いの気楽さでボーと座っているとメールが来た。
 まあ珍しい息子からだ。余程のことがない限り彼の方から連絡があることなどないので、まず
心臓がバクバク。
 
「私旅に出ています。」たったこれだけ。
 
 確か今日はまだ金曜日休みでもないのにどうして? 何処へ?  何しに?
春子さんの頭の中で? がぐるぐる回る。
 もともと彼は旅行好きで、ぽっと出かけることも珍しいことではない。
つい先日の土曜日も
「プロジェクト終わって、また新しいのが始まるので、ちょっと伊豆に向かっています」
と報告があったばかりなのに。

 「どこにいるの?」まず居場所の確認。
「龍飛崎」
「どひゃあ青森県それも先っぽ」
 天気はいいのか、風は強いか、体調は大丈夫。聞きたいことは山ほどあったのに、それっきり。

 私も春夫さんも旅好きで少しのお金と時間が出来たらすぐ飛び出した。その血を引いている。
でもよく考えてみたら、彼も、もうおじさん心配する方がおかしい。可笑しくて一人で笑った。

 私も東北は大好きでツアーで若い時に仲良しと三人と。
 春夫さんとは行かなかったけれど息子とは義妹と二人八年前にも車で巡った。
初秋の十和田湖、奥入瀬、遠野まで四泊五日。美味しいもの食べて満足の旅だった。
 そう言えばあの時息子は龍飛崎へ行きたがっていた。暗くなるからと春子さんが反対した。

 どうやら今回は新幹線みたいだから、もう心配はやめた。
 一昨年の冬にも、突然「八戸どすえ」と大雪の中で立っている写真が来て腰が抜けかけたっけ。


 まあ独り者の気きままな人生、ひっそり落ち込んでいるよりはいいかも知れない。
 音楽と読書が好きで、マンションは様々な楽器と古いレコードでいっぱい。
壁面は書棚にびっしりの本。
 地震がきたら圧し潰される。と笑っている。

 それでも春子さんのやっぱりいい人と結婚して欲しかったという思いは今も変わらない。


 茶の間の飾り棚にある春夫さんと二人並んだ写真にふと目がいった。
彼はどう思っているのだろう。

 子供たちには「自分の人生は自分で目標を持って思い通りに生きなさい」といつも言っていた。


 春夫さんが今ここにいたらどんなにいいだろう。
 また春子さんの呪文が始まった。

 来週には梅雨入りするでしょうとテレビが報じている。息子はもう帰途についているだろうか。

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黄昏に佇む [短編]

 朝の家事が終わらぬうちに英子から電話が来た。
「何?また旦那様がお出かけしたの」
「なんでわかるの?」
「貴女は一人になるとすぐに私に電話かけて来るのだもの」

 他愛のない会話がはじまる。英子と私は青春時代を共に同じ職場で働いて同期の桜なのだ。

 元気な旦那様、キャリアウーマンの未婚の娘さんと優雅に暮らしている。
 近くには長男一家が住んでいて、幸せを絵にかいたような日常だ。

 「ねえ一度会いたいからお宅に行ってもいい?」
「大歓迎よ。今週は予定も無いからいつでもどうぞ」
旦那様は彼女を我が家に送ってくると自由にどこかへ行って、夕方迎えにきてくれる。
「コーヒーでもどうぞ」と進めて少しの時間を一緒に話すこともある。

私たちには積もる話はいくらでもある。
ただこの頃英子は耳が遠くなり、物忘れも年相応でたまにとんちんかんなのが少し寂しい。

 早速英子がやって来た。旦那様は夕方迎えに来るからと、すぐに消えた。
コーヒー飲んで、アルバムを見たり、友だちの近況など話すうち、昔の話になった。
 実は英子は昔熱烈な恋をして結婚まで考えていたkさんという人がいた。
 当時先に結婚してしばらく当地を離れていた私は、風のたよりに彼女の結婚を知った時、ああ
あのkさんとしたのだと思い込んでいた。

 でも違った。何故と聞く間もなく数十年が過ぎた。

 私はずっとそのことが気にかかっていた。半分真面目に半分野次馬気分で。
 「何故」「どうして」と。

 私は思い切ってその話を持ち出した。
英子は真ん丸な目をして、それから真面目な顔になったが、そう懐かしそうな様子でもない。
また昔のことをと言いつつ
「自分では彼と結婚するつもりだったし彼も同じだった。でもしなかった、どうしてなのかは
忘れてしまったよ。」
とこともなげに言った。
 私は唖然とした。そんな大切なこと、いくら終わったと言っても一度は一生の大事と二人で
話し合ったに違いないのに。
 私はそれ以上聞きたくはなかった。人それぞれなんだもの。
その日彼女は迎えに来た旦那様に連れられて上機嫌で帰って行った。

 もう一人の同期生のミハルさんは、美人で気立てがよくて優しい人で、私が夫を亡くした時も
黙って寄り添ってくれた。随分助けられた。でも彼女がホームに入ってもう四年にもなる。
 毎月のように訪ねていたけれど、もう今は私のことが分からない。
彼女は私より一つ若いのに。先日旦那様も同じホームに入ったと聞いた。

 私が尊敬して止まない二人の先輩も頭はしっかりしているけどホーム暮らし。

 人間齢を重ねると寂しいなあ。人生の黄昏って寂しくて残酷だとつくづく思う。

 勿論元気で頑張っている知人も沢山いるにはいる。
 
 でも私自身心のど真ん中に開いた穴は決して決してふさがることはない。
  
 夕暮れの入日の赤い色、昔は随分きれいだと感激して眺めたものだ。立ち尽くして。

 今はうつむき加減でちらちらっとみて、寂しい気持ちをどうすることも出来ない私。

 やれやれ折も折、テレビニュースが梅雨入りを告げている 


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