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奥様とばあや [エッセイ]

 いつもより少し早く朝の家事が終わった。

 空は真っ青で太陽はギラギラ今日も真夏日だ。
 一人住まいの私の一日は毎日同じで全く面白くもない。
 
 ふと街にでも行ってみようかと友の顔を思い描いてみたが、みんな浮かぬ顔をしている。
 この頃では用事もないのに出かけることなど考えたこともなかったのに。
 
 神の啓示だ。出かけよう。
でも暑そう、別に用事もないし。もう一人の私がぐどぐどと足を引っ張る。
 バス停までの三分が暑いだけよ。バスは涼しいしデパートはもっと涼しいと私。
その時閃いた。そうだタクシーにしょう。
 悲しい悲しい主婦の性、バスは260円タクシー1500円。でも今日は決めた。

 そうなると気持ちが華やいでいつもより少しはお洒落してみようとフアッションショー。
好きな黒のプリーツスカートに薄紫の小花柄のインナーにベージュのレースの軽い上着。
 鏡をみてまあまあじゃない。これで顔が無かったらもっといいのにと心から思う。
 
 でも奥様になった気持。

 いつものタクシーがきた。ところが残念、運転手さんが一番年配「多分後期高齢者」で
お喋りで、のんびりで運転が下手。顔に年寄りの茶色いシミがいっぱいあるので、人の顔を
覚えられない私が唯一覚えている人。
 電話した時、今出払っているので二十分くらい待って下さいと言われて嫌な予感はしていた。
こんなことは滅多にないから。
 とにかく団地の道から県道への右折がなかなか出来ない。車はポツリポツリと来るだけなのに。
そら行け!  はいっ出て! 声にならない声で叱咤激励しながら泣きそうな私。
その間彼は「今回は台風が来そうとか、今日は夏祭りだ」とか喋り続けている。
 いらいらと二十分以上かかってやっと着いた。1730円。

 デパートに入るといつもは人がいなくて恥ずかしいくらいなのに結構人がいる。
やっぱり夏休みだし、お盆も近いからだ。
 私は買い物の予定もないけど何か買いたいかもと思った。
 靴屋さんの辺りを見ていて好みのサンダルをみつけたので立ち止まったら、奥でこちらを
見ていたイケメンさんがすっと出て来た。そして「履いてみて下さい。いいでしょう」と
私が見ていたサンダルを持って来た。何て手際がいいのでしょう。
 履いてみて歩いてみて買ってしまった。何だか楽しくなってきた。

 次は地下に下りて送りものをしてから、全国の銘菓があるコーナーで訪ねてくれる友の顔を
思いながら和菓子や洋菓子を買った。肉屋さんで嫌いな肉もたまには食べなくてはと買う。
 
 ただ何となく買い物するって楽しいなあ。
いつも懐と相談して辛抱して計画的に買い物はした人生だった。
 
 「ケチの癖に欲しいもの買うときは大胆なんだから。そして必ずものにする」夫によく言われた。
 
さあもうタクシーで帰りましょうか。今なら奥様気分のままで。
 
 ちょっと待って、少し商店街も歩いてみませんか。「ばあや」の声がする。

 私が荷物を持ちますから。この商店街を15分も歩いてもう一つのデパートまで行って三千円の
お買い物すれば、バスのお帰り切符がいただけるじゃないですか。
 
のまま そうでした。私鉄デパートの特典です。そういえば私帰りのバス代払ったことないよ。
 商店街は暑いけれど歩いてみようか。

 もう半世紀以上も前の夫と私が突然現れた。
浴衣で歩いた土曜夜市。城山から眺めた花火。涼しい風が渡る堀端のベンチ。
 泣きそうになって思い出すのは止めた。

 ねえやになった私は荷物の重いのもなんのその、昔のお店など四、五軒になってしまった
懐かしい商店街を元気に歩いた。

 デパートでセールのブラウスを買ってバスのお帰り券をもらったのは言うまでもない。

 一人では食事もお茶も飲めない私は、ねえやのままで我が家に帰った。

 でもこの数時間久し振りに楽しかった。

 奥様もねえやも、ちよこっと出て来た夫も元気でよかった。

 この調子で後少しの猛暑を乗り切ろう。

 秋明菊は明かもう白い蕾をつけているのだから。
 

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さくらんぼ日記八歳です [エッセイ]

 令和になってもたもたしているdanをあざ笑うかのようにはや半月。

 今朝がた夢をみました。なんだかやたら長い夢で夫を始め大勢の登場人物ががやがやと
海だか山だかで、楽しそうにバーべーキューなんかしています。

 少し離れた木陰でパソコンを膝に四苦八苦しているdanがいます。

 ああこの夢はすぐ記録しておかないと忘れてしまうからと枕元のメモ帳を探しているところで
目が覚めました。

 そして考えました。夢の中でも折角出て来た夫と話もせずにパソコンに向かっている私。
ブログ始めた頃は何も知らないから怖いものなし。
 だらだらと面白いように何でも書いていた。そしてそれを負担に思ったことなどなかったのに。

 そのうち種切れ、才能なしに気がついてあたふた。ブログのこともだんだんわかって来て少し
怖くなったのも事実です。
 でも書くことが嫌いではなかったし、素敵なブログ仲間に出会えて「生きる希望」おおげさに
言えば本気でそう思った時もありました。
 今でもその気持ちは嘘ではありません。
 
 でもあれから早八年。のろのろでも、ヒョロヒョロでも続けてきたのです。

 自分で思っていたより随分長く生きてしまっているdanですが、生きている以上は頑張りたいと
思っています。

 「さくらんぼ日記」一回でも訪ねて下さった皆様。
いつも訪ねて下さる心優しい皆様。
 
 有難うございました。これからも仲良くして下さると嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。

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平成最後の一日 [エッセイ]

 平成最後の日、この記念すべき日に東京に居るのです。どこかへに行こう。
皇居に近いところは人でいっぱいでしょう。ずっと一人で考えていました。

 私にとっての平成を思い返してみました。
もしかして人生で一番のんびりしていた頃だと思います。
 
 昭和に生まれて大人になり「この人でなれければ」と思う人と結婚して、二人の子供を育て
大学入学と同時に二人とも十八歳で家を出て行きました。
 私たちは子供の思うように彼らの人生を生きてもらいたいと、いつも話していたので
別に寂しいとも思わなかったし、卒業したら帰れとも言いませんでした。

 それでも長男は就職を決める時「帰らなくてもいいのか」と言ってくれました。
友人たちが家の都合で実家に帰るのを目の当たりにしたからでしょうか。
 で、そのまま二人とも東京に居ついてしまいました。

 私たち夫婦は二人して大好きな自分たちの街で、のんびりと思うように生きて来たました。
平成元年は私たちもまだ若かったから、仕事にも趣味にも精一杯頑張っていました。

 私にとっての平成は十九年までは、本当に若き日の貧乏生活を思い出しては、
「人生って上手く出来ているね。いつかはバランスが取れるようになっているんだ」
と二人で笑ったものです。

 ところが笑っていたのはそこまで。後の十一年を涙にくれて寂しく一人で生きて行く
ことになろうとは。
 でもその生活にもいつしか、年を重ねることで諦めと「仕方ないさ」という気持ちになり
 今では一人を満喫していると言ったらやせ我慢に聞こえるでしょうか。

 年末年始やゴールデンウィーク、秋が来た、夏もいいと東京へ来る私に、ご近所さんは
少し私の姿が見えないと、「東京へ行ってたんですか」と聞きます。
 私のこの生活パターンをいつまで続けて行けるのか、今のところ足腰も大丈夫だけど
寄る年波には勝てない気もします。
 
 まあもう少し新天皇と皇后のご活躍を見ていたい気もします。
何よりも上皇様が、激務から解放されてのんびりとお二人で歩まれる、これからの日々が
安らかにお幸せに長く続かれますよう、お祈りしたいと思います。

 さて私は考えた挙句平成最後の日、銀座を歩きましょう。
少しだけ贅沢して、美味しいお昼ご飯食べて、素敵な喫茶店でコーヒータイムを。
 小雨のぱらついていましたが、傘をさすこともなく楽しい銀ブラでした。
大好きな鳩居堂で買い物しました。木村屋のアンパンも買いました。
 快く一緒に歩いてくれた娘には、後日何か買ってあげよう。「内緒」


 そして今日は令和元年、五月一日。今から近場へ出かけてきます。
今度は息子が渋々一緒に行ってくれそうです。

 明るくて元気で戦争のない令和時代が続きますように。
 









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桜に雪 新元号の春が来た [エッセイ]

 暖冬だ、今年は暖かいと喜んでいました。
本当に朝起きるとき寒くて辛いと思ったことはありませんでした。
 特に二月と三月は体調も良くて、毎日好きなことのし放題。
 お出かけはなく、訪ねてくれた友と我が家でゆっくりとコーヒータイム、それなりに好い日を
送ることが出来たました。
 
 ところが春分の日が過ぎて「暑さ寒さも彼岸まで」などとお花見の相談やら、たまには美術館で
覗いてみましょうと、予定を立てたころから寒い日が戻って来ました。
 
 開花宣言したまま桜の花が咲きません。楽しみにしていたお花見も花がなくては話にならない。
しまったセーターやコートまたで出してきたり。

 今年は庭のさくらんぼも、梅も白山吹、アイリスまでが随分早く花が咲きました。
そしてずっと遅れて紫木蓮、蘇芳、利休梅が今やっと咲いています。

 足踏みした春にいら立っているうちに四月が来ました。

 そして新元号の発表。耳にも優しい感じの「令和」

 これは嬉しかったです。
まさかその典拠が万葉集だなんて。ひとしきりテレビにかじりついてほんわかしていました。
大好きな万葉集、高校時代からずっと結構読んだと思っていたのですが、「梅花の宴」を
すぐに思い出せたりはしませんでした。

 夜になってから万葉集巻五、「梅花の歌三十二首 併せて序」じっくりと読みました。
 ついにやにやしている自分に呆れつつ、でも少しは自慢げな気持ちが沸き上がってくるのを抑えながら。

 大宰府天満宮へは梅の季節以外にも何回か行きましたが、いつも道真や万葉人に思いを馳せて
悦に入っている私がいました。

 そして四月二日、日本列島すっぽりと寒波に覆われ、時ならぬ雪が降りしきりました。

テレビで見る満開の桜に降り積もった雪は、本当に幻想的で夢の世界にいるようで、これなら
少しくらい寒くてもいいか、と思ってしまいました。

 この寒波も明日の朝までとか、三寒四温少しづつ本当の春は近づいています。

 明後日、私は生まれ故郷の街に出かけます。小学校から中学校二年までを共に過ごした仲良しと
四人で楽しい一泊旅行です。電車で行く私を三人が駅で出迎えてくれます。
 十年振りの再会です。あの時もみんなで私を励ますために集まってくれたのでした。
でもこの十年で、どんなおばあ様が揃うか怖いような嬉しいような。
 また一つ楽しい思い出を作ってきます。
 
 さあ年相応に頑張って昭和 平成 令和とゆっくり歩いて行きましょう。

 平和が続くことを信じ祈りながら。




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自分らしく思う通りに [エッセイ]

 今日も朝から気持ちの良い青空です。
 ついに春が来た! と声に出して言ってみてにっこり。
 風は時折冷たいし、冬に戻りそうに寒い朝はリビングの温度計を日当たりのいいところへ。
 私は天気予報を見るのが好きで、だいたい一週間分は覚えておきたいのです。
 これは私の行動の原点といっても過言ではありません。
 このところ体調もよくて、どうしたことか「のら」の私はどこかへ消えてよく動いています。

 先日は突然にキッチンの戸棚の整理を思いつきました。
 欲張りの私が出来る限り壁面いっぱいに取りつけて、何でもかでもしまい込むのだろうと夫に
笑われたしろものです。
 あるある、不用品はとっくに処分していたつもりだつたのに、箱に入ったままの大鉢や
輪島塗のお椀。備前の湯飲みセット。今更IHに対応しない鍋などなど、笑ってしましました。
気に入って買っても「よそいき」と言ってすぐに使わない私に「よそいき」って。と大笑い
していた夫のこと思い出しました。

 ある日は玄関まわり、ドアはいつも開いている方しか開かないと五年くらい知らなくて、それ以来掃除もしてなかったのを思い出して、片方の細い部分を開けてみました。
 細かい隙間に貼っている蜘蛛の巣かごみを取り除き、水で洗い直してきれいになりました。

 その間いつも通りお雛様も飾ってひと安心。椿の花も満開です。

 あれほど毎日しんどいと落ち込んでいた一月が嘘のようで嬉しい誤算です。
親友を失った悲しみは、意識して胸の奥に封じ込んでいます。

 こんなにいい毎日、先日小学校時代の故郷の友人から久し振りに電話がありました。
つもる話が弾んで桜でも咲いたら会いたいねということに。また楽しみが増えました。
 最後に彼女が言いました。
「今は元気で一人でいるけど最後はどうするの?誰に面倒みてもらうの」
 私が今まで考えたことなくて、このところ眠る前に毎日考えていることをずばり。

「ずっと一人でいて最後は施設に入る」
 この考えは数年前施設に入った友を訪ねた帰りに捨てました。どこがどうという訳でも
なくて本能的に嫌だと思い自分でも納得したものです。

 もしまだ数年生きることになったら.....

 止めた止めたケセラセラ。

「息子も娘もいること忘れないでよ」という娘。ほんの少し「そうよね」と思っている私。
威勢のよかった私も年相応のばあさんになったかと思うと悔しい。

 いえいえ私、気を若く持って今まで通り最後まで自分らしく思う通りに生きていきたい。
 ずっとずっと昔夫と約束したように。

 三月の透き通るように青い空、今日もとても優しく穏やかな風が吹いてます。


 

 
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嬉しい春の訪れ [エッセイ]

 思ったよりずっと早く春が来た。
今朝見たらもうさくらんぼの花が五つ六つ開いている。それなのにえひめあやめもまだ次々に
優しい紫の花をつけている。
 花たちをみて、つい笑顔になる自分の単純さに呆れつつ、それでも嬉しくて心が躍る。

 代わり映えのしない毎日が過ぎて行く一人の生活。何かしているので退屈をすることはないが
楽しいとか嬉しいとかいう感情とはほど遠いところにいる私。

 お茶を飲んでほっと一息ついても、思い浮かぶ友たちの顔は....
老々介護、病院通い、そしていくつかの高齢者施設の一人の部屋。春になっても二つ返事で
付き合ってくれそうな人はいない。年を取るということは寂しいことだと今更のように思う。

 それでも春めいた日差しに誘われていつもの散歩道を歩いていて立ち止まってしまった。
固まって生えている一面の枯芝の中に、淡い薄水色のいぬふぐりの花が、星が降って来たように
辺り一面に咲いている。

 私はつい胸の辺りが切なくなり、なにやら懐かしい想いがあふれた。
あれはもう半世紀以上前の話。
 毎年この花を見る度に思い出しては少し嬉しがっている私。そしてこの花が咲くのを心待ち
しているのに、今年は思いがけなく早く見つけた。
 
 夫は無類の花好きで、デートの時など花屋さんの店先で、道端で野原で、よく花の名前を教えてくれた。それなのに私が高校の時作って、先生に褒められたとぬふぐりを詠んだ俳句の話をしたら
いぬふぐりを知らないという。どこの道端にもいっぱい咲いていたのに。

 数か月経って二人で初めて行ったお城跡の草むらで、いぬふぐりの薄水色の花を見つけた。
そしてとても得意げに私はこれがいぬふぐりだと教えた。
何だか嬉しくて、いつも教えてもらってばかりいたので、少し態度も大きかった気もする。
 そしてその日から夫もこの花が大好きになった。二人の家の庭も早春には薄水色になった。

 春めいた風が私を現実に引き戻し、私はもう一度しゃがみこんでいぬふぐりの花をみた。

 春が来たのだから、もっと前向きに楽しい毎日を過ごそう。寂しがっても泣いても笑っても
一日は一日。
 事情のある友にも一度声をかけてみよう。みんなで楽しいこれからを歩こう。
 早春の光を全身に受けて上を向いて歩きだすと、なんとなく力が沸いて来た。

 もうすぐ弥生三月、お雛様を飾って花は桃の花。ちょっと嬉しくなってきた。













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春立つ日 ひとつのさようなら [エッセイ]

 視界から銀色の車体が消えた。
思ってもみなかった感慨が体の中心からじわじわと全身に広がった。
 
 立春と聞いてもまだまだこんなに寒いのに。と毎年思ってきた。
今年は違った。朝からうらうらと優しい日差しがいっぱい降りそそぎ風もない。

 こんな日に愛用のバイクとお別れできるのは良かったと思う。
十三年間お世話になった。買い物にカルチャーに命日のお墓参り、毎日の乗らない日はなかった。

 しかしここ二、三年は遠出は止めて近くの電停まで五分とかスーパーまで五分とか。
それに弟たちや子供たちに「バイクは止めろ」耳にたこが出来る程言われ続けたし、自分でも
もう潮時だと思えた。
 今年は免許更新の年だったので昨年秋に更新しない決心もした。


 このバイクは私にとって三台代目、必要にせまられ免許をとって三十六年無事故無違反を
通していたのに、五年くらい前初めての道で、一時停止の標識を見落とし白バイに。
 あの時の悔しさ、自分のミスを棚に上げにこやかに応対する若い警官を憎んだ。
それからは知らない道でも「一時停止」の標識はすぐ目につくので、捕まるのもいいか。


 バイクとの別れがつらい訳がもう一つある。

 このバイクは夫が亡くなる前年二人で買いに行ったものだ。ケチの私はもうそう遠くまでは
乗らないのだから、安いのにしょうと決めていた。
 彼は違った。「命を預けるものだから」とその時の最新型のホンダに決めた。
どれでもいいと言う私にヘルメットも一番いいのを選んだ。
 あの時の夫の顔は今でも覚えているが、私より満足げで嬉しそうだった。


 翌年夫が病気になり、入院していた四十五日間、私はこのバイクで毎日病院に通った。

 昨秋バイクは廃車を考えて買った店の店主にもそう伝えていた。

ところがたまたま訪ねて来た知人とバイクの話になり
「大切にきれいに使っているし、距離を乗ってないからまだまだ乗れる。うちのはもう時々
エンジンもかからないので、よかったら譲って欲しい」

 廃車してどこでどうなったかより、知人が乗ってくれたら私も嬉しいと思った。
そして二月に譲り渡す約束をしていた。

 一月東京から帰ってから暖かい日に少しづつバイクの掃除をして、保険証や防犯登録
キーも予備の真新しいのと揃えて、いつ知人が来てもいいようにしておいた。

 昨日待ちかねて電話をした。知人はあまり早々に行くのもとためらっていたらしい。


 そして今日ご夫婦で見えて、諸手続きの準備も終わり、ゆっくりとお茶を飲みながら
「どうぞよろしく」と私。
「有難うございます」と知人。

 颯爽と私のバイクに乗った奥さんが軽快なエンジンの音を残して帰って行った。


 バイクが見えなくなった途端何故か切なくて苦しくて胸がいっぱいになった。
気がついてはいなかったが、私にとってはやっぱり大切なもの。夫との思い出のバイク。

 蝋梅のかすかな香りが風にのって漂っている。庭の寒あやめも愛らしい紫を見せている。
 
 穏やかな春立つ日のさようなら、私の優しい思い出がまたひとつ。








 

 

 


 



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最後のメール「おやすみなさい またあしたね」 1 [エッセイ]

 私が唯一無二の親友Hさんから最後のメールを受け取って三週間が過ぎた。
 
 その間自分が何をしてどうなったか、今でも夢の国をさまよっているような頼りなさで
毎日の生活を普通にしているのが不思議な気がする。

 年末年始やゴールデンウイーク そして思いついたら子供たちのいる東京へ飛ぶ。
本音は十五歳からの友であるHさんに逢える、待っていてくれるそれが何よりの楽しみ
だったからだ。
 そして今回も毎日のメールや電話で「いつ来る?」「あと二日ね」「待ち遠しい」と。

 上京して四日目やっと十二月二十五日十一時半に会えた。私が風邪気味だと知って
「それなら私がそちらに行くよ」
 にこにこといつものHさん、改札口で待っている私。いつものように固く手を握って大笑い。
 色白で本当に綺麗な彼女とそうでなくても汚い上に、今回は帯状疱疹の跡が顔の右半分に
ああ私の顔。
 毎日メールで報告はしていたけれどきっと驚いたと思うのに
「あらもうほとんど分からないよ」
くどくど説明する私に笑顔が反って来る。あくまでも優しいHさんだ。


 デートコースは決まっているいつものお寿司屋さんで二人の好きな握りずし。
メールでは足りないあれやこれ話はいっぱいある。でも喋っているのは私だけ。
彼女は聞き役で相槌をうちつつたまにぼそりと一言。
 街を少し歩いてこんどは喫茶店ホットコーヒとモンブラン、これもいつも通り。

 それがあの日は恋の話になった。美しくて性格がよくて成績優秀なHさんがモテない
訳がない。中学高校と好きな人がいた。私はこの頃男子なんか眼中になかった。
恋など学生のするものではない、そんな人は不良だと思っていたのにHさんだけは許せた。

 珍しく彼女がよく喋った。優しい人だから「来るもの拒ばまず」だったのかなあ。
 中学の時のO君には後日談もあって初めて聞く私はまあ、とあんぐり。
 高校の時はN君М君二人いた。М君は古希の同窓会の時、隣の席にいた私がからかったら
「結婚したかった」とはっきり言った。彼とのことは私も少し覚えている。欠席していた
彼女に早速報告したら、ふふふと笑って「結婚なんて....」あっさり言った。

 ともかくこれらの話は、真剣な恋ではなくて彼女のなかではきっと青春の素敵な
思い出なのだろう。

恋多きМさんも大人になって結婚した素敵な旦那様と五十余年を添い遂げて、二年前に見送り
私と同じ一人暮らしになった。
 
 今度会う新年はいつものように上野公園をぶらぶらしてから浅草寺にお参りする約束をした。

 四時四十二分、駅の階段の上と改札口で二人は手を振って別れた。

 この時の別れが二人の永遠の別れになるなんて。

 いつでもМさんは私が死ぬ話をすると怒っていた。夫を亡くしてもうこの世に未練はないと
言った時も
「何言ってんのよ、旦那様の分まで生きなくては」
と強い口調で怒こったし、私たちもういつ死んでもおかしくない年になったと友だち同士で
話していても
「馬鹿なこと言わないの」と叱られた。

 彼女にとってはまだまだ素敵に生きる自信があったのかもしれない。
 
 涙はほとんど流してない私が、あっメールしなくてはと思い出してはもう彼女はいない
と胸が痛くて悲しくてつい涙が溢れてしまう。
 
 二人のこのメールは毎日もう十年以上続いている。最初の頃はああした、こうしたと四、五回
行き来していたのにこの頃では精々二、三回
「私ら年取ったんかねえ」とついこの間も笑ったところだったのに。

 そしてつい今夜もつい「おやすみなさい またあした」のメールを開けてしまう。
 

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敬老の日 [エッセイ]

 黄金に実った稲田を囲むように真っ赤な彼岸花が咲いた。
 我が家は六十軒くらいのこじんまりした団地で、もう半世紀余りが過ぎ人も家も老いた。
それでもそれなりに皆さん元気で平穏な日々を有難いと思っている。
 昔はここも田舎だったが、今は歩いて十分以内に生活に必要な商店、病院はすべてある。
市の中心に出るのもバスでも二十分。シルバーさん?でも快適な日常生活は維持できる。
 それに団地の北は市街化調整区域とやらで、かなり広い田圃が残っている。
三分の一しか稲作はなくて後は休耕田。よくわからないが田圃もそう簡単には売れないらしい。
 ここがまた素敵で夕方薄暗いところに子供くらいの鷺が座っていていてギョッとしたり。
小さな鳥も沢山いるし、草花も色を添え、セミや虫の声も、季節の風も嬉しい。

 彼岸花をみていて、あれっもしかして敬老の日かもと思った。この頃の祭日は分かりにくい。
何の予定もないので近くの施設にいるSさんを訪ねようと思いついた。
 そうだ彼女は九月に八十八歳。米寿だ。
花店でお祝いの花籠を作ってもらった。
 独身で過ごし書道は県展の会員、川柳も名人クラス。それなのにお茶目で可愛い人。

 赤やピンクの薔薇に白や紫の桔梗、赤紫の竜胆も。ふわつとカスミソウを入れて、さすがプロ
私も満足、Sさんにお似合いの美しくて可愛いいプレゼントが出来た。

 突然行ったのでSさんの歓びようは大げさで、二人で涙を流して泣き笑い。
特にお花のことはきれい嬉しいと、子供のように喜んでくれた。
 彼女は末っ子なので八人の兄姉はもうだれもいない。私と同い年の姪が後見人のようなもの。
その彼女も病気がちで、前のように度々来てはくれないらしい。

 Sさんは特に病気もなく頭もしっかりしていて、話していても楽しい。
 ただ今回三か月ぶりだったのだが、あれっというほど部屋が乱雑で、花籠をどこに置くか
考えてしまった。
 病的なほどきれい好きで、銭湯に自分専用の椅子を持って行くのでみんなに笑われていた。
今度掃除しに来るね。怒るかと思いながら言ったらはっはっはと笑って、ずっと前姪が来た時
ここの職員さんと台車でごみを捨ててくれたのだと言う。
 
 そうよね。米寿だもの少しは年寄りらしいところがないとね。

 昔話をいっぱいして最後にSさんが
「ねえ昔、貴女と喧嘩して一か月も口きかなかったの覚えている?」
「覚えているよ。私が長いお詫びの手紙を書いて朝事務所の机の引き出しに入れておいたら
帰りにSさんからの手紙が私の引き出しに入っていたのよね。」
 そうそれで仲直り、喧嘩の原因は忘れたと言う。私は忘れていない。

 長い年月が過ぎてもさっと昔にかえって話せる友だちがいることは嬉しいこと。
 今度は本当に掃除しに来るからと約束して家路についた。

 楽しかったけれど少し切ない。

 それでも有意義な敬老の日だったと、Sさんのあどけない笑顔をもう一度思い出してほっこり。
 
 

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真夏の石和温泉へ [エッセイ]

 この暑さをどのように乗り切ろうか。
このところ自分なりに体調を考えながら、よく働いた気がする。
日常の家事もやっとこさのくせに、ひとたび何かの整理など始めると頑張ってしまう。
 特に机の抽斗や、古い書類などが入った缶などを何気なく見つけると始末が悪い。
懐かしさが先にたって、整理を忘れて読みふけったり、当時に帰ったり。
 ここで一人でこんなことしているより、あっちも暑そうだけどやっぱり行こう。

 そして上京した。息子たちも夏季休暇を取り早速温泉を予約して待っていてくれた。
 ところが予約した那須は台風進路にすっぽりとはいった。
さあどうする。中止は残念と意見が一致。あれこれ考えた末にぎりぎりで台風を避けて
石和温泉に決定した。

 いつものことながら私たちの旅は観光よりのんびりと温泉に入りご馳走を食べること。
それと往復の電車が楽しい。でもあまり遠いのは嫌。

 青い空と高い山、流れる大きな川があれば私は満足。
そしてもしかしておまけにいい短歌でも出来ればしめしめなのだ。

 私はこの高い山が連なって見え、ぶどうや梨畑しかない鄙びた石和温泉が好きだ。
今回三度目。
 初めては、三十年くらい前、石和で温泉が出た。と聞いて、甥の結婚式に上京した時
 夫と二人で行った。雪の降りしきる日。ここには本当に温泉しかなかった。
でも甲府で食べた熱々のほうとうの美味しかったこと。
 道路の突き当りにどーんと大きな富士山が普通にあることに感動して、寒さなど
吹き飛んで二人で長いこと眺めたこと。忘れられない。

 次は仲良し三人の旅で富士五湖に行った時二十年くらい前、一晩は石和に泊まろうと
私が勧めた。大分温泉町らしくなっていた。友もよかったと言ってくれた。

 そして今回三度目、子供たちにすっかりおばあさん扱いされて内心不満な私。
それでもどこまでも青い澄み切った空の色、二千メートル級の連山のそれぞれ違う
藍色の木々の色模様。自然は変わることなく人々の営みに寄り添っている。

 今年のように、全国いたるところで自然の怖さを思い知らされても人間は戦うしかない。
 頑張るしかない。

 手足を伸ばしてゆっくりと湯舟につかり、暑いけど温泉はいいと思う。
食べられそうもないくらい、次々出てくるお料理も本当に美味しい。
 命の洗濯も出来たし寿命も少し伸びた気もする。彼も勿論一緒。
子供たちも優しい。口にはださないけど有難う。元気でいなければとつくづく思う。

 台風のことも忘れて、涼しい旅館で時間延長してのんびりすごした。
 帰りに駅まで歩いた灼熱地獄の七、八分。暑い暑い甲府は三十六度だったそう。

 特急「かいじ」は快適で、陽の光いっぱいの夏連山と笛吹川。

 ふふ いい歌が出来そうな気がしてきた。


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