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突然の猛暑にがっくり そして danの繰り言 [日記]

 過ごしやすい梅雨、暑くもなくムシムシもしない。
青田を渡る風は心地よくて梅雨入りはしたものの、元気いっぱい快適な毎日でした。
 ところが大雨警報や雷注意報が毎日出るようになり、その割には当地は大したことなく
先日平年より大分遅れて梅雨明け宣言がありました。

 七月も半ば過ぎなのだから暑いのは覚悟していました。
でも26、7度だった気温が連日33度超え。「ひぇー」ジジ、ババの悲鳴です。

 午前十時を過ぎるとエアコン無しでは死んでしまいそうな暑さです。
家に篭り涼しい所で非生産的な怠け者の私はとろりんとしています。

 いつもの夏とどこが違うのか、そう確かにひとつ年はとりました。でも別に悪いところが
増えたわけでもないのに。
やっぱり突然の大きな気温の変化に体がついて行けなかったのでしょう。
 
 私はのらだけど、今日はこれをしょうと決めたら少々体調が悪くでも案外頑張るたちです。
というより何か用事があった方が、生きている実感があるから安堵するようです。
 
 毎日自分のことだけして、自分のことだけ考えていればいい。

 旦那様のお世話に明け暮れている同輩の方たちから見たら「いいなあ」と思うのでしょう。
 実際面と向かってはっきりそう言われたこともありました。

 私やっとこの頃そういう人たちににっこり笑って「本当に呑気でいいですよ」と言える
ようになりました。

 でも一人になると私の思い、愚痴やその人たちに対する悪口雑言は止まりません。

 「私はこんな生活を望んだことはありません。
予想だにしなかった老年期に入ってからの一人暮らし。最愛の人を亡くした悲しさ、辛さ
寂しさ。そういう最大の犠牲を払って、否応なく今の生活があるのです。

 台風や大雨、雷など怖い自然現象に一人で立ち向かわねばならない心細さ。
家庭に起こる日常生活の諸々の問題の解決。等々。考えたことありますか。」

 「なんなら代わってさしあげましょうか」

 嫌な人間になってしまった私。

 可愛らしい誰からも好かれるおばあちゃんになるのが私の夢だったはずなのに。

」 猛暑のせいで少しあたまの様子がおかしくなったdanでした。


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雨が降ります 寂しい雨です [日記]

 毎日が日曜日の私にとって三連休なんて関係ない。とひねくれて降り続く雨を眺めています。

出かける予定がない日の雨は好きです。しとどに優しく降る雨はでも少し寂しい。

 朝から予定の家事はさっさと片づけて、緑が一際美しい庭をぼんやりと見ていると

胸の底の奥の方がじんわりと痛くなって、心の中の涙を一粒そろりと吐き出してしまいます。

そして二階に駆け上がり馬鹿な私はやっぱり「宝物」を引っ張り出して一人でニヤリと

うつ向いて笑います。

 そう六十年も前の私と彼の青春がいっぱい溢れている往復書簡です。

  彼が逝ってもうすぐ十二年にもなるのに、彼は私から片時も忘れない。

おはよう、お休み、暑いね、寒いね。私から一方的に話しかける毎日です。

 まあ考えてみれば、そんなことだけ考えて過ごせる私は幸せなのかもしれません。

 私の親しい友人は皆さん旦那様が健在です。毎日のお世話も大変だと思うし、

私には分からない苦労もあるかも知れません。それでもとても羨ましく思ってしまいます。

 この気持ちは多分私が彼に逢えるその日まで続くのでしょう。

 
 「宝物」の最初の一ページ彼からの第一信。「ともだち」からの出発でした。

知り合って二か月で彼の転勤のために離れてしまった私たち。

 ただ寂しくて切なくて呆然としていた私に彼は

「汽車なら三時間で逢えるし、手紙だってあるのだから」と慰めてくれました。

 結婚までの三年間綴り続けた若いふたりの、思いが溢れています。

 
 彼を亡くしてからの私を支え続けて生きるための道しるべとなってくれた「宝物」です。

 
 続く雨音を聞きつつその時々の思い出に浸り切っています。

  寂しいけれど、自分なりに日一日を有意義に生きないと彼に逢った時叱られてしまいます。

 天気予報は一週間雨のマークが続いています。


 楽しい雨の日にしたいなあ。頑張ろう元気をだして。




 




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予定通りの二週間  [日記]

 平成から令和へ。
計画通りの二週間を終えて我が家に帰りました。
子供世代と行動を共にしたら、さすがに疲労困憊。
 今日はごろ寝を決め込んでいます。
 平成最後の日は娘と銀座の空気を胸いっぱい吸い込んで深呼吸。いい時代でしたと。

 令和の幕開けは皇居前広場をゆっくり歩いて二重橋まで。新天皇、皇后さまに最敬礼。
 午後からは、一別以来の親友に逢いに娘さんの案内でお墓参りに行きました。
お花をあげてお線香をたいて手を合わせると涙が溢れました。
美しくて賢くて元気な、私の自慢の彼女がすっきりとした立ち姿で目の前にいました。

 子供たちとの温泉行は甲府湯村温泉。新宿からスーパーあずさ号で二時間の快適な旅。
六十余年前、夫が出張で行って「とてもよかった新婚旅行ならよかったのに」と絵葉書をくれた
のを思い出して昇仙峡へも足を延ばしました。
甲府駅からタクシーで滝上まで、目も染まりそうな若葉の緑と青い空、奇岩清流ゆっくりと
四十分あまり歩きました。若い者に負けじと頑張りました。
 帰りもタクシーで。宿は白壁造りのちょっと風情のあるところ。
温泉も料理もよかった。親子水入らず。
 翌日は武田神社にお参りしてから帰りました。
 二日間好天の甲府でご機嫌ななめの富士山が恥ずかしがって目深にかぶった雲の帽子の恨めしかったこと。
 ある日は婿殿が近くの水元公園へ連れて行ってくれました。これがまた素晴らしくてよかった。
大木の並木、流れる水、緑 緑大勢の人と同じ数くらいのワンちゃんたち。
 しぜな満喫。人がいても広いから自然いっぱいの感じです。

 娘もよく泊まりに来てほとんど一緒にいてくれました。
 親友がいないからつまらんと嘆くと「私がいるから」と言ってくれてはいました。
 息子もうるさいと言いながらも優しくしてくれました。

 こうして私の平成から令和への旅も無事に終わり、大満足の私はにこにこと我が家へ。

 昨夜古い手紙を出してきて調べました。昭和三十三年七月二十七日
出張中の夫が昇仙峡を歩いた日です。私へのお土産は「水晶のお人形」でした。

 楽しかった二週間を振り返りつつ今は足も立たないくらい疲れています。

また明日からは元気をだして一人で頑張ってみようと思っています。
 
  


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飛んで東京 [日記]

 爽やかな風とまぶしい陽の光。
やっと相応の季節の中に落ち着いた日々が過ぎて行きます。

 ゴールデンウイークを東京で! 例年のことなのに今年は一つの感慨があります。
 だって、私平成に発って帰ってくるのは元号が改まって令和なのですから。
ちょっと自慢に思う自分がいて、いつもより少し浮き浮きしています。

 一人で過ごす長い休みが切なくて、ゴールデンウィークと年末年始は半ば習慣のように
子供たちと過ごすため上京するようになって、早十二年になります。
 ご近所の皆さんからも、もうそろそろ行くのではと声をかけて下さったり羨ましがられたり。
でも人様が思うほど楽しみなわけでもなく、へそ曲がりの私は素直ではありませんでした。
 でも行ってみると結構楽しくて、年を経るほど前よりは嬉しがってる私がいます。
ただ今年は「いつ来るの。待っているからね。」と言い続けてくれて彼女がもういません。
先日もそのことを息子に愚痴った時「それは言わない約束でしよう」と一言。
ああ昭和、平成と手をつないできた彼女と令和をゆっくり歩きたかったです。
 今日は少しづつ準備に入りました。持って行く洋服など出してきても、また「つまらん」と
呟いてしまいます。

 椿が散った庭はピンクのつつじが満開になり、白い山吹やアイリスも風に揺れています。
朝夕の寒暖の差も少なくなり本当に最高の季節になりました。

  やっぱりいつもとは違う、浮き浮きした私のゴールデンウィークになりそうです。
 
 












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逢いたい人たちに [日記]

 濃い紅色と、白とピンクのツートンカラーの花が満開になった我が家の椿。
連日の雨にポロリポロリと散っていきます。
 そしてこの花たちも私の逢いたい人たちのいるあちらへ行くのでしょう。

 あちらではお彼岸には皆で集まって色々な話に花が咲くのでしょうか。
懐かしい顔が次々と浮かんできます。

 私は長女なので弟たちは健在、遠くに住む私に月に一回くらいは「元気か」と声をかけてくれます。跡継ぎの弟は近くにいて何かと気を配ってくれるのが、何よりの私の心のよりどころです。
 
 夫の兄姉たちはすでにあちらへ。残るは末っ子の妹一人となりました。
ただ夫以外はみんな85歳を過ぎていたし、父は94歳母は106歳みなさん長寿を全うしたと私は
思っています。

 それに比べれば私の両親は早めに、特に父は59歳その悔しさは半世紀経た今も私の脳裏から
消えていません。私お父さんっ子でしたから。ふふふ。

 そしてその父を思うたびに、もしかしてみんなで私のこと待っているのではと思ったり。
若いつもりでいても、こんなことを考えるようになった私はやっぱり.....。仲間入りしたい
気もするし、もう少し待ってという気も見え隠れします。
 このところ体調もよくて
「おかしいのよ、ろうそくの灯が消える前にさっと明るくなる言うでしょう。私あれかも」
先夜電話の時娘に言いました。
「またそんなこと言って、いつかも同じこと言ってたよ。もっと前向きに考え方変えたら?」
笑っていました。世間の年寄りなみに愚痴ってるな、と思われたと思うとああ悔しい。

 今のところ元気なのだからグチグチ言うのは止めて頑張りましょう。

 ここにいれば古い友だちとも会えるし、ご近所の人たちも優しくして下さる。
今日は朝から春の陽が降りそそぎ、昨日の雨が嘘のよう。
 もうすぐ桜の花も満開になるでしょう。来週若い友人とお花見の約束しています。

 逢いたい人たちに逢うのはもう少し先にしましょうか。 


 

 
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雨水 春へ一足づつ [日記]

 久し振りの雨。それも終日降り続くという。
別に出かける予定もないので、気持ちもゆったりして自由だ。(いつも自由ではありませんか)

 庭の白梅が小さい花を開き始めた。お隣の白梅はもうとっくに咲いてとてもきれい。
種類が違うのだろう。我が家のはいかにも小ぶりで五つ六つなる梅の実も可愛らしい。

 さくらんぼの花も少し膨らんで春を待っているようだ。水仙はまだまだしっかり咲いているし
嬉しいことに今年も早々とエヒメアヤメの紫が優しい。

 夕方の一人歩きの時は道の端の草花たちと話をしながら一人笑い。
一日中口をきかない日の方が多いのだから、慣れたと言っても侘しい一人住いではある。  

 当市には独居老人で、福祉の恩恵に(例えば緊急時電話など)預かっていない人で希望すれば
週二回ヤクルトが頂ける。生存確認も兼ねていて「こんにちわ!お元気ですか」とヤクルトを
手渡してくださるのだ。
民生委員さんから進められ半年ほど前から私もその恩恵によくしている。

 私の担当の方はいつもにこにこと大きな声で「お元気ですか」ととても気持ちがいい。
大体約束のお昼頃。私も元気が出て玄関で少し立ち話をすることもあった。
小学生と保育所、二人も子供さんがいると聞いて若いの頑張っているなあと感心していた。
 ところが二月になって突然辞めることになりましたと、ご挨拶に見えた。
「ええ、残念ね、暇なときコーヒーでもと言っていたのに、また急にどうして?」
彼女はにこにこと
「三人目出来ちゃったのがわかって」
「素晴らしい。それならおめでとうと言うしかないね。」

 突然のことでお礼の何かと思っても.....小さなチョコレートのひと包みしかない。
それでも彼女は嬉しいととても喜んでくれた。私も
「有難う。元気でいい赤ちゃんが生まれますように」
短い間だったけれどこういう人たちが、訪ねてくれたら独居老人もきっと嬉しいと思う。

 その時次に来て下さる人も一緒で、これからは午前中に来て下さるという。

時間は特に気になる私だから気を付けているのだけどその時以来私は一度も彼女に会っていない。
「あれえ遅いなあもう十一時半だよ」と牛乳箱開けてみたらヤクルトが入っている。
一度だけ仕方なく留守にしたら手書きのメモは入っていた。
 
 昨日「みなさんお元気ですか」という福祉協議会とヤクルト販売が作ったらしい葉書くらいの
メモ用紙が入っていた。
これは月に一回配達証明のようなもので印鑑を押していた用紙だ。

 私は年甲斐もなく腹が立って来た。前の彼女とは話しながら感謝の気持ちをこめて印鑑を押していたのに。
これでは生存確認どころか顔もみたことがない。これでいいのだろうか。
配達する人によってこんなに違っていいのだろうか。
社会福祉協議会やヤクルト販売会社の真意は届いているのだろうか。

「ヤクルト貰っているのだから文句言わないでください」
悩ましい私がいる。

 雨は降り続いている。嫌なバアサン。こんなこと書くつもりなかったのに。
  
 雨音は春が来るよとささやいているように聞こえて嬉しいはずの私なのに。





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切ないよろよろ新年 [日記]

 2019年も早くも六日となりました。

 遅ればせながら明けましておめでとうございます。

 こんなにも穏やかな新年、毎朝光輝く太陽を感謝の気持ちで眺めています。
それなのに上京して以来、一日として元気いっぱいの日がなくて、娘が来て
何もかもやってくれるのをいいことにマンションに籠っています。

 心配してくれる子供たちには悪いけど、寝込んでいるわけでもありません。
ただ前に帯状疱疹のあと貧血になったことがあったのでそうかも知れないと
少し風邪気味でもあったので病院へ行きました。
二時間半待って貧血の検査をしましたが先生曰く「ヘモグロビン13もありますし
貧血ではありません」

 途端に元気になって帰ってきて「明日は豪華な食事に行こう」と張り切っていました。
ところが夜になって風邪の症状が少しづつひどくなって微熱も出てきました。

 そして今日で三日目少しよくなりつつあります。

 横浜の弟が来てくれるというのも断りました。
 温泉もキャンセルしました。
 親友とのデイトもまだ一回。

 ああなんと切ないよろよろの新年なのでしょう。

 後四日で又一つ齢を重ねるdanの寂しい2019年の始まりです。

 それでももう一回元気を出して行ましょう。頑張れ!

 皆様今年もよろしくお願いします。

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平成三十年も後二日 [日記]

  穏やかに明けた平成三十年でしたが、様々な自然の力に脅威を感じた一年でもありました。

 それでも何とか細々と「さくらんぼ日記」を続けられたことを嬉しく思っています。

  子供たちと迎える新年を昨年より、ちょっと喜んでいるのも年のせいでしょうか。

 上京して十日、体調イマイチで折角の温泉行もキャンセルしました。

 でも今日のように澄み渡った空、冷気のピンとしたベランダに出ると、元気がでます。

  来年の夫の十三回忌の法要を終えるまでは頑張らなくてはなりません。

  明日はみんなで賑やかに楽しく年越しそばを食べて、お正月には初詣に行きます。

 
 一年間本当に有難うございました。

 新しい希望に燃えた時代が始まります。

 みなさん良いお年をお迎えください。

 

 
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一人ではない [日記]

 風はあるようでベランダに干したバスタオルが飛び跳ねています。
ガラス戸越しにみる空は澄み切った空色、とても師走とは思えぬ穏やかな風情です。
残念ながら今日は富士山は真っ白い雲に隠れて見えません。
 
上京四日目の昼下がり昨夜娘と婿殿が帰ったので、久しぶりにパソコンに向かっています。
 
 先日の飛行機は割合よく利用する私が、もしかして今までで最高?と思うくらい素敵なフライト。
いつも通路側の座席を取るのですが、ほとんど満席状態なのに、三人掛けの真ん中は空席。
 静かで離陸の時一瞬ガタガタ揺れた気はしたかなあ。とにかく着陸までまったく揺れません。
大体イヤホーンで音楽を聴くのがいつものパターンですが、今回は体調イマイチということもあり
備え付けの雑誌をなんとなく読んでいました。
 
 そして聞くともなく斜め後ろの座席の二人の話が耳に入ってきました。
 どうも今回席が隣り合わせになっただけの人のようなのに、乗って来た時から到着するまで
ずっと話し込んでいました。

 お喋りのくせに知らない人には、話しかけることのできない私にとっては気になる事態?
それとなくちらっと振り返り二人の人物を確認しました。
 話の内容から想像していた通り年配の男女でした。

 彼は退職後奥様の故郷の私の住む街に住みつつ東京にも自宅があるようで、時々上京するらしい。上品ないいとこの旦那様風でした。

 「いいなあ。羨ましい理想の老後ではありませんか。」.....私の影の声

 女性の方は彼より五、六歳は若い感じでちょっとふっくらした優しそうな人。
彼女は今日東京である「第九を演奏する」コンサートに行くとのこと。

 実はこの話が聞こえてきた時、それまでなんとなく聞いていた彼らの話に俄然私は興味を覚え、かなり熱心に聴き耳を立てる結果となったのであります。

 だって師走の忙しい時期、わざわざ普通の人が東京までコンサートに行きますか。
私頭古いかのもね。それとも非常識?

 「理解のあるお金持ちの旦那様のいる奥様?いや独身の優雅な老後を送っている人」....私の影の声

 「今夜はお友だちの家えでもお泊りですか」
 「いいえホテルとっていますので」
 「それでは、お気を付けてコンサート楽しんできて下さい」


 一時間十五分ずっと話し続けていた二人、今日初めて会った二人、年配の男女の二人。

 私は年のわりには一応進歩的な考え方をする方だと思っています。
でもこの位のことに、異常に反応するっておかしいでしょう。
 人間、生まれ持った性格や長い間に培われた価値判断がそう簡単に変わるものではないのかなあ。


 私は一人です。一人が好きです。
 本当は寂しがり屋のくせに強がりの衣をいっぱい纏って、そっくり反っている私?
若い時は一人が本当に好きだったのになあ。何故


ああそうでした。年のせいにしよう。

 帯状疱疹になった時、原因は疲労やストレス、加齢などとネットで見て
「私ストレスなんかないのになあ」

「一人でいることがストレスなんだよ」娘が言いました。

「東京にでておいで」
「絶対に嫌」
子供たちが諦めてなにも言わなくなって十二年過ぎました。

 一人ではない....そうですね。.考え方や行動ひとつでそう出来るのかもしれません。

 また一つ年を重ねてわが行く末をどう想像できるか。楽天家のdanさんはさて?






 

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招からざる客 [日記]

 師走も早半分終って、垣根の南天の赤い実が北風にゆれています。
「ああ」ついため息が出てしまいます。
今日で十一日何と年末の忙しい私の体によもやの珍客。「帯状疱疹」が取りついてしまいました。
 それも二度目の。それも今回は三叉神経に取りついた?「顔と頭右半分」

 初回は十一年前の三月末、これは文字通り袈裟がけにびっしり出ましたね。
38度の熱も出たし、食欲もなくもう起きてなど居られなくてどっぷり床に着いたまま。
 桜の花が咲いても花見どころではありませんでした。

 でもあの時は強い味方の彼がいました。

 絶対に欲しくないと我儘を言う私に、三度三度食事を作り「食べないと元気にならないから」と
怒ることもなく、本当に優しい彼でした。
 内心どんなに感謝をしていても「有難う」とぶっきら棒にしか言えない素直でない私でした。
 結局貧血も引き起こし、体がしゃんとしたのはゴールデンウイークも終わりの頃でした。

 そのころから今度は彼が体調を崩しました。ガレージの波板を張り替えたり、濡れ縁を作ったり、庭の木に掛かりっきり、腰や背中が痛いとすぐ整形病院に行き、慣れない仕事のやり過ぎです
よと言われ、毎日電気を掛けに熱心に通っていました。

 私は帯状疱疹の時の恩返しとばかりに、せっせと食事を作りました。食欲旺盛でにこにこと
彼は「どれもおいしいよ。」と沢山食べてくれました。

 この時彼の体に恐ろしい病気が巣食っていることを、誰も気がついてはいなかったのです。

 そして四か月そのことを皆が知った時は、既になす術もなく、その代わり辛い治療も一切ないまま彼は安らかに旅立ってしまいました。

 今回先生に帯状疱疹と言われたとき、私の脳裏に真っ先に彼の顔が浮かんで「ああ今度は一人で頑張らなければ....」と思ったのがおかしくて思わず笑ってしまいました。

 今は先生のおっしゃる顔の右の目から下顎から頬にかけて耳の中「先生は中ではない縁」とおっしゃるけど「お岩さん」状態。頭にも五、六個はあるけど先生は触りもしないし見もしません。

 私はこの先生を信じているけど、ちょっと十年前とは対応が違うと感じています。
 今やベテランになられた先生にとって「帯状疱疹」なんてチチンプイ!!なのでは。

 とにかくもう全治は目にみえています。

 それに一番しんどかった時、突然娘が帰って来て驚きました。「帰らなくていいと言ったのに」と言いつつ本当に心強く嬉しかった私でした。
 素直に「有難う。嬉しかったよ。」と言えたのは年の功かなあ。
 
 後一週間 お岩さん上京す!

  


 
 

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